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Appleのニセメールにひっかかった人
毎週のようにAppleやAmazonからニセメールが来る。


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支払いの同期が失敗した」とか、「第三者の不正アクセスがあった」とか、「セキュリティ上の問題があった」とか、ようするにアカウントをロックしたので期限内に「支払いの同期」をするように求められる。
そうしないとサービスが使えなくなると脅す。

最近は巧妙になり、
「この手紙は信頼できる送信者から送信されたものです。
このメールアドレスはAppleアカウントとして登録されています。」


apple-2.jpg

と、わざわざ最初に表示される(赤枠)。あたかもメーラーがこのアラートを出したように見せかけているが、これもメール本文の一つだ。

それに「この手紙」とは書かないね。日本人なら「このメール」と書くものだ。

もう一つ、かつては「パスワードの変更を直ちにしてください」という、パスワード入力を促す文言があったが、そういうのはニセメールとの報道がされるようになり、かえって敬遠されるので、パスワードとは一切書かずに、「支払いの同期」のようなあいまいな表現を使っている。

そしてボタンがあるけれど、マウスを載せて下部のステータスバーを見ると(緑の枠)、まったく違うURLを示す。

ある人が「フィッシングされたかもしれない」と、慌ててクレジットカード会社に電話をしていた。Appleから誰かに使われているかもしれないとのメールが来たとのこと。

「どうせニセメールだろ、俺は毎週メールを受け取っているぞ」と言ったが、「本当かウソかわからないのでカードを止める」とのことで、以前、海外旅行で不正利用された経歴を持つ人だった。

カード会社によると、実際、この数日にカードを使った形跡は本人を含めてないとのことで無事だった。用心に越したことはないが、ニセメールにウブな情報弱者が過剰反応したわけだ。

一つ褒めたのは「ログインはメールのリンクボタンでなくTOPページから入った」とのこと。これがリンクボタンからならAppleIDやパスワード、カード番号などを入力してまるまる盗まれていたはずだ。
しかし銀行に連絡したりクレジットカードを止めて再発行の依頼をしていたから、かなり面倒な手続きになってしまったわけで、ご苦労なことである。
むしろ、ネットリテラシーが高いと言えるかもしれない。

私はこれに限らずメールのURLはかなり気を付けてクリックするかしないか考えるが、一番良いのはAppleやAmazonの本来のTOPページからログインすることだ。Yahoo!やGoogleで検索するか、あらかじめ正規のURLをブックマークをしておくか、そこから入る。

これ以外にもWi-Fiからカード情報が漏洩することもあり得る。
海外旅行に行ってホテルのWi-Fiから通販で買い物や次に泊まるホテルの予約をするなど、辞めておいたほうがいい。
あるいは、ホテルのベッドサイドにあるUSBメモリポートからスマホの充電をすると、まるまる情報が抜き取られることがあるから、充電は必ずコンセントからするようにしている。

| パソコン・インターネット | 21:45 | comments(0) | - |


Nikon F501 ニコン初のオートフォーカス機能付き一眼レフカメラ
カメラは好きで高校時代からニコンだ。
次々と買い替えて行ったが、最近は新機種が出るペースも早いので買い替えは失速している。

1986年、最初の子供が生まれた時に出たのがニコンF501
このカメラはニコン最初のオートフォーカス機能付き一眼レフカメラで、もちろんフィルムカメラだったが自動巻き上げ、自動巻き戻しで、使い勝手だけを言えば現在のデジタル一眼レフカメラに近いものがあった。

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軍艦部と言われているが、カメラ上部のレイアウトはいかにも機械式カメラを髣髴している。

DSC09455.jpg

オートフォーカス以前に自動露出カメラはあり、一眼レフカメラの多くは自動絞り、つまりシャッター速度をカメラマンの意志で決めて、絞りを明るさに合わせてカメラ側が自動で制御するタイプだった。

ニコンはカメラと絞りの制御をレンズ側の<爪>で行っており、F501はすでに電気的にやり取りしていたが、ニコンはレンズマウントを変えない意志を貫いていたので、かなりの制約の中で技術者は努力していたと思う。

DSC09451.jpg

レンズ側を最小絞りにしておき、開放から最小までを電気的に制御していたのだが、レンズマウントを変えてしまえば簡単だけれども、一眼レフの最大の特徴はレンズ交換ができることだから、古くからのレンズユーザーを裏切らずに古いレンズも新しいレンズも使えて、それでいてオートフォーカスや自動露出という制約は厳しかったはずだ。

現に、デジタル一眼レフカメラのニコンD810にもこのレンズは取り付けられて、D810がフルサイズ機なので問題なく写せる。

DSC09452.jpg

このレンズはまだ最小絞り側にして取り付けるタイプだが、ほどなく自動化がさらに進み、絞りそのものもカメラ側から制御できるタイプに変わった。ただし古いレンズは自動焦点はもちろん、自動露出なども犠牲になったが、それはやむを得ないことで、多くのユーザーは賛同した。

F501は幼い子供を何千枚と映してくれたはずだが、久しぶりに取り出すとウンともスンとも動かない。
もしやと電池ボックスを開けたら電池が入れっぱなしで液漏れしていた。

DSC09447.jpg.

単三電池4本を使うタイプだったのだ。
それに、フィルム装填部を開けようにも開かないのだけれど、どうすればいいのだろう?

この後の1990年に出たF601は絞りもカメラ側で制御できるようにさらに進化していたし、レンズも絞りリングのないニュータイプで、しかも子供も二人になっていたので買った。

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こちらの電池はCR-P2を使っており液漏れせず、今でもグィングィンとシャッター音とフィルム巻き上げ音をうならせる。

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フィルムカメラはこのほかにニコンF3も持っているのだが、すっかり出番が亡くなり、さらにはニコン一眼レフの出番も減って、もっぱらコンパクトデジカメのSONY CyverShot RX100M7を毎日利用している。

  
| 写真 | 21:53 | comments(0) | - |


ハーツレンタカー・タイ国際航空・水月ホテル鴎外荘
新型コロナウィルス感染予防のために東京都はいまだに緊急事態宣言が出ているけど、さきほどコンビニまで行ったら、普段と同じ人通りと車で、花壇のヘリに座って本を読んでいるおっさん、スマホをいじっているおねいさんともマスクをしていないで、解除したらまた第2波が来ると確信した。

新型コロナウィルスでほとんどの企業の経営が思わしくなくなり、大型倒産が相次いでいる。世界的な外出禁止、入国したら2週間隔離して様子見とのことで、旅行系の打撃が大きい。私は旅行が趣味なので、利用した企業がつぶれるのは忍びない。

レンタカー大手のハーツ(Hertz)。

DSC_3965.jpg

経営破綻した。債務はおよそ2兆円とのこと。
アメリカ旅行は秘境とも言われるような辺鄙な場所に好んで出かけていたので、この何年か、ハーツのお世話になっていた。
これはシアトル空港のハーツカウンターで順番待ちをしているときのもの。

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イエローストーン国立公園も、ヨセミテ国立公園もハーツレンタカーで巡った。

ANAの上級会員は10%の割引があったが、日本のレンタカーと比べて高いのでさほどの威力にはならなかった。

古くは、1983年に森田敬和とニューヨークからワシントンDCへハーツレンタカーで走った。



ところが途中のフィラデルフィアでエンコしてしまい、車に詳しくないのだけれど、エンジンオイルのフタが取れて、オーバーヒートしたのだとわかった。信じられない整備不良である。



携帯電話がない時代だし、そもそもが英語なのでたいへんな苦労をして代車を用意してもらった。数時間のロスタイムだったが返金はなかった。
本来は二度と使わないはずなのだけれど、申し込みのしやすさからその後も使っている。

経営破綻しても、営業は続けるのだと思う。
再び利用する日が来るのだろうか。

タイ国際航空
タイのナショナルフラッグだったが、コロナも影響があったのだろうが、どうやら経営的にも問題をずっと抱えていたようだ。

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2017年にビジネスクラスでバンコクに行った。



タイ料理の機内食が売り切れで日本食(松花堂弁当)になったけど、大したことなかった。

タイ国際航空は国内線国際線全便が欠航しているが、7月から東京便が再開されるらしい。だが、どうなるかわからないね。タイの仕事をしているのだけれど、不確実性が高いので広告出稿などは断念した。

水月ホテル鴎外荘
上野の老舗旅館で、森鴎外が舞姫を(旧館で)書いた旅館として名をはせていた。それにおごらずホスピタリティや経営努力を続けていたが、5月31日で閉館だ。
東京なので泊ったことがなかったが、御茶ノ水駅前で宴会用チラシを配ったりの活動をしていたので、食事だけでも行ってみたかったが、残念だ。

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建物そのものが文化財のような宿だけど、インバウンドはあと2年は浮かばれないと思うし、どうなるのだろう。

女将の挨拶が泣ける。

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ところで東洋経済に「2万人の就活生が選んだ「就職人気ランキング」が出ている。
ANAが1位、JALが3位、JTB8位と、おまいらバカじゃないかと思うような順位だ。おそらく2月ごろの調査だと思う。
今現在で調査をしたらどうなっているのだろう。



旅行系は平和産業。ひとたびコトが起こればまったく無能。なにもできないでなすがままになる。
弁当作ったりマスク作ったりするしかないのか。

| ニュース | 15:17 | comments(0) | - |


Nikon D50を再び使ってみた グリップのベタベタを取る方法
長らく放置していたニコンD50を棚から引っ張り出して充電し、使ってみた。
ちゃんと使えた。

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このカメラは2005年7月に買ったのでほぼ15年前のデジタル一眼レフカメラだ。箱ごと全部の付属品が残っていた。
15年前のブログ記事が読めるのもすごいですな。

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ニコンのDXフォーマット、つまりAPS-Cの撮像素子を使うデジタル一眼レフカメラで、レンズマウントはこれまでのものと共通だが、撮像素子がフルサイズのフィルムより小さいため、焦点距離は1.5倍するとフルサイズのものになる。

取り出してみるとグリップ部分がベタベタしている。
これは以前、別のカメラでもこうなったことがある。その富士フイルムのサービスセンターに電話をしたら既知の障害らしく、買って1年以上経っていたけれど無料で修理をしてくれた(25年前のことで今はどうだか知りません)。
ネット検索すると、ゴムが経年劣化で加水分解してベタベタ状態になるとのこと。中から化学変化で湧き出るようにこうなってしまうようだ。

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金属の錆のような不可避の障害かもしれない。
これまたネットで調べると、エタノールや消毒用アルコール、除光液などでベタベタが取れるらしく、除光液をコットンにしみこませて拭いてみたら、そのうちベタベタが取れた。

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電池は当然ながら放電していたので充電したが、どうもへたっているようですぐになくなる。新しい電池EN-EL3eを買ったほうがよい。

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レンズもボディも取り立てて問題はないようで、SDカードを入れて撮影してみた。

静止の風景。
DSC_0004.jpg

レンズを、あとになって買ったD5300で使っている望遠レンズに替えてみた。

動く被写体。
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静止の風景。
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ISO400のオートモードやプログラムモードで撮影して、特に問題がないようだ。

ヤフオク!を見ると、数千円から一万円程度で取引されているようだ。近所に買取屋が数軒あるのでそこでも買い取ってもらえるだろうが、しばらく手許に置いてみることにした。

  
| 写真 | 16:03 | comments(0) | - |


富士通、親指シフトキーボードやOASYSの販売とサポート終了へ
パソコンのキーボードはほぼすべての日本人がJISキーボードを使っている。
しかしごくわずかな人は「親指シフトキーボード」という"特殊な"キーボードを使っている。絶滅危惧種である。

親指シフトキーボードは富士通が開発した日本語ワープロ(パソコン)用のキーボードで、富士通OASYSで使われていた。

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残念ながら富士通は親指シフトキーボードやOASYSの販売とサポートの終了をアナウンスした。来年で販売が終了する。JISキーボードがデファクトスタンダードになり、シェアが著しく下がって事業継続が困難になったのだ。詳しくはリンク先を見てね。

1980年代、英文タイプライターに変わる日本語タイプライターとして電機メーカー各社が一斉に日本語ワードプロセッサーを発売したが、多くはJISキーボードを採用していた。しかし富士通は神田泰典氏らによって、親指シフトキーボードを開発し、ワープロOASYSやパソコンFMVなどでも採用したが、残念ながら異端児とされて普及しなかった。

親指シフトキーボードは、一つのキーに上下二つの文字が割り付けられており、その変更を中央下部にある親指シフトキーと同時打鍵することで上の文字が入力された。

例えば「は」と「み」が同じキーに割り付けられているが、「は」を打つときはそのまま、「み」を打つときは右側の親指シフトキーと同時打鍵した。

では「ば」を打つときはどうするか。それは左側の親指シフトキーと同時打鍵することで濁音が入力された。つまり下段の文字は濁音になる文字が割り振られていた。

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ゃ、っ、などの促音・拗音にもキーが割り当てられ日本語の特質を十分に研究してこのキーボードが出現し、JISキーボードと比較してとても入力しやすい優れたキーボードなので、私はOASYSを買った。MY OASYSはCRTディスプレイで75万円した。これは驚異的に安かった。なにしろワープロ第1号は630万円したのだ。

1984年のうちにあったMY OASYS。CMで高見山関が軽々持っていたのを思い出す。



一方で、パソコンのPC8801も持っており、こちらはNECなのでJISキーボードだ。



さらに、業務用のOASYS100Fを買った。これは100万円以上したが、このワープロを使って「TVクイズまる金必勝マニュアル」などを書いて、フロッピィ入稿をして悦に入っていた。
ワープロの価格が下がり、周囲の友人にも勧めたので、私の周りは親指シフターが多いはずだ。

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私は親指シフトキーボードでワープロ・キーボード入力を覚えたが、今ではJISキーボードでローマ字入力だ。でも使えと言われれば親指シフトキーボードを使える、バイリンガルだと思っている。

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このキーボードはパソコン用だが、日本語IMEソフトもJapanist 10という"特殊"なソフトを使わなければならない。だから押し入れにしまい込んでおり、今回撮影用に取り出したが、重たかった。幅は49cmある。

親指シフトキーボードがとても入力しやすいのに普及しなかったのは、ビデオデッキと同じ。ベータが高性能なのにVHSに駆逐されたと同じく、「仲間づくり」がうまくいかなかったのだ。
これには通産省の「いじわる」とも言うべき動きがある。小指でシフトする「新JISキーボード」を出したのだ。小指は力が入らず、まったく普及しないですぐに消えたが、親指シフトキーボードをJIS化したほうがよかったはずだ。ちなみに英字は親指シフトキーボードでも同じ配列になっている。なので親指シフトキーボードでローマ字入力の人が少なからず存在する。

富士通は2001年には日本語入力コンソーシアムを立ち上げて同社が保有する知的所有権の一部をキーボードメーカーに提供、「NICOLA規格」として標準化を提案していた。しかしJISキーボードがデファクトスタンダードとなったことで、今回の終焉を迎えたのである。
性能(能力)が良くても人あたりがよくないと孤立して消滅する、まるで私の人生のようなものである。

最近はスマホが台頭して、フリック入力になり、学生はこれで論文を書くらしいから、世の中はどんどん変わる。

| パソコン・インターネット | 18:35 | comments(0) | - |


路(ルウ)〜台湾エクスプレス〜 NHKドラマ 波瑠
NHK土曜ドラマ「路(ルウ)〜台湾エクスプレス〜」が始まっている。予告番宣から見たいと思っていた。今夜、再放送がある。
日本のNHKと台湾のPTSとの共同制作ドラマで、20世紀末から現在までの20年間の時の流れを追っており、両国のCGや古い小道具を駆使して力の入ったドラマだ。

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原作は吉田修一の「路」。台湾新幹線を作る日台の商社マンや技術者の物語だが、台湾新幹線は一つのキーであり主題ではない。主題は国境を越えた愛、あるいは人と人とのつながりの大切さだ。

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大手商社4年目の多田春香(波瑠)は学生時代の台湾一人旅で道に迷い、現地の青年エリック(アーロン)に親切にされた。しかし彼の連絡先の電話番号をなくしてしまい、帰国後は音信不通に。エリックを探しに6回も台湾に行ったが彼の消息は知れなかった。

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春香は台湾勤務の内示を戸惑うが、恋人の池上繁之(大東駿介)にも勧められ、台湾新幹線建設のために台北勤務となる。

いっぽうエリックは日本の建設会社で働いていた。まさにすれ違いだ。エリックが会った日本人技術者の葉山勝一郎(高橋長英)は台湾生まれで旧制台北高校出身で台湾時代に友達との苦い思い出を抱えていた。

台北では上司の安西(井浦新)の家庭の事情や、南部の高雄市の若い男女のエピソードなど、現段階ではまだ見えないサイドストーリーがいくつもあり、ともすれば余計に思えないこともない。しかし全3回のうちにそれらが収束して一つの輪になるのだろうと思う。

すごいと思ったのは20年前の小道具。
広いオフィスにならぶパソコンは液晶画面でなくてCRT(ブラウン管)だ。

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春香の家のパソコンは懐かしのiMac。

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メールソフトも当時のものだ。

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そして携帯電話はまだ出てこない。

音楽は清塚信也の美しいピアノがメインだが、主題歌がかつての沢口靖子主演の「エトロフ遥かなり」に似ていると思うのは私だけだろう。

  

| 映画・テレビ | 20:56 | comments(0) | - |


1970年大阪万博 ガイドブック&会場マップ 週刊朝日臨時増刊
今から50年前、1970年の日本万国博覧会、通称大阪万博は、1964年の東京オリンピックに次いで日本人の心をとらえ、6000万人が見物に行った。東海道新幹線はフル稼働し、農協ツアーは団体旅行の代名詞になり、日本中が移動した。これで日本人の国内旅行は変わったが、その後、団体から個人へ、日本人から外国人へとシフトしていった。客を十把一絡げ(じっぱひとからげ)にして部屋に詰め込んで、洗面は長い流し台で一斉に歯を磨くこのころの宿はほぼすべて淘汰されたと思う。

さて、1970年2月25日付けの「週刊朝日臨時増刊 ガイド日本万国博」が納戸の押し入れの奥の段ボール箱から出てきた。ドラえもんの四次元ポケットのような押入れである。ドラえもんは寝ていません。

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表紙はスイス館の前のエスコートガイドたち。先頭は週刊朝日のマスコットガール幸恵さんだ。生きていれば古希を迎えるころか。彼女は週刊朝日の表紙モデルに応募して当選し、何度も表紙を飾ったが自殺した。

ページを開くと太陽の塔だ。これは現存しており、最近は緑や黄色にライトアップされているらしい。

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天下の三菱グループの三菱未来館は「ここで、あなたは21世紀の日本人になる」とのコピーで「50年後の日本 三菱未来館」と結んでいる。つまりは2020年の日本の姿を見せてくれるつもりだったのだろうが、感染症が蔓延して外出もままならない世界になっているとは夢にも思わなかった。

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パビリオンは5つの部屋に分かれており、
第1室<日本の自然>
火山の大爆発、大自然の猛威。→起きていないのが幸い。大地震は何度かあったけど。

第2室<日本の空>
地球を回る大衛星の中。50年後(今年2020年だよ!)は人間が自然をコントールし、台風を制圧。→ぜんぜん制圧できずに大災害。

第3室<日本の海>
大陸棚の海洋開発基地。→海はまだまだ未知。

第4室<日本の陸>
各種電子機器がセットされた未来住宅。幾何学的に結合した超高層ビル群。→ま、当たっているかな。

第5室<あなたも参加する>
お楽しみの遊園地。

目次はご覧の通り。クリックで拡大します。



ちなみに私は高校生で、父と一緒に万博見物に行った。その時の記事はこちら



今でも時々話題になる人間洗濯機。ジェットモングラーみたいな乗り物もある。

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なぜかページが切り取られていた。エロ本じゃないだろう。何かの割引券でもついていたのかも。

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賢い観客になる方法。とにかく混んだ。三密なんてものともしなかった。
関西圏の子供たちは年パスを持って毎週通った子もいただろう。

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コース案内。まだ海外旅行が兼高かおるさんくらいしか行っていなかった時代なので、日本に世界がやってくるコンセプトは強烈に響いた。

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コンパニオンの制服集にボタン式電話。すっげー。

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そして別のところから、実際に使った会場地図が出てきた。これをもって父と巡ったのだ。

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どのパビリオンも混んでいたので、ウガンダとかタンザニアとかマイナー(失礼)なところしか行ってないですね。
オーストラリアの「東経135度上の隣人」は、小松左京の「日本沈没」にも出てきて、被災する日本人を受け入れてくれるよう、この言葉を引き合いにして救援を豪州政府に頼んでいました。

2025年には再び大阪万博が開催される予定ですが、実際はどうなるかわからないし、その前に2021年の東京オリンピックすら開催が危ぶまれている。
本当に世界はどうなるのだろう。50年前に見たのは本当に<夢>だった。

| 日記・つぶやき | 18:06 | comments(0) | - |


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