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豪徳寺 花盛り
世田谷区に「観光協会」と称する団体はないけれど、世田谷産業振興公社がそれを担っているようだ。ちょっと前までは世田谷区は住宅地であり、観光なんてまったく縁がなかった。

やはりインバウンド熱が動かしたのだろう、商店街や1964年と2020年のオリンピック会場、寺社仏閣などが観光施設として観光客らしき人を見かけるようになった。
世田谷区の豪徳寺は、井伊直弼の墓所であり、漫画の題名にも使われていた知名度の高い寺で知られる。



こんなところにも外国人観光客が来ている。私鉄を利用すれば、比較的来やすい観光スポットだ。

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サクラは終わったが、それ以外の花がきれいだ。
境内や沿道はまさに花盛りだ。安いデジカメを持って様子を見てきた。

境内はボタンの花が各所に咲いている。

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元祖招き猫も置き場所がないほど、置かれていて、外国人が写真を撮っていた。

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付近の道路もつつじをメインに花盛りだ。こうしてみると世田谷区は観光や環境に配慮していると思える。

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つつじにもいろいろな種類があるようで、花の色のみならず大きさも異なり、それぞれに名前がついているのだろうが、まったくわからない。

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どなたかのお宅に、すっくと伸びる八重桜だろうか、きれいな花の咲く木がそびえていた。

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世田谷区議選の開票が終わり、当落が確定した。最下位は3700票ないと当選しないことがわかり、けっこう厳しいと思った。人口や有権者が増えている、全国的には珍しい自治体だろう。

| 日記・つぶやき | 19:20 | comments(0) | - |


色とりどりの花の季節とザクロの幹
暖かい陽気が続いており、散歩をするとサクラは散ってしまったが、色とりどりのが目を楽しませてくれる。私は鼻が悪いので、花の香りには関心がない。

赤い葉の垣根。レッドロビンというらしく、四季を通じて赤いのではないか。
逆光に映えて美しく輝いている。

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老婆が済む家の鉢植えにも花が咲くようになった。冬場は花は咲かないので、老婆の身を案じていたが、春になって鉢植えの花が咲いているということは、まだ健在なのだろう。

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墓所のすっくと伸びる木。背後の幼稚園にはこいのぼりがたなびいている。

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お寺の新緑がまぶしい。

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先代のお坊さんなのだろうか、銅像とピンクの花。

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山門前にも八重桜が咲いていて、美しい。秋は山門は紅葉に囲まれ、屋根には葉が落ちているのだが、四季それぞれに風情がある。

別の場所の八重桜。
今はきれいに咲いているのでいいのだが、花弁が散ってくるとうちの周りも花弁だらけになり、掃除が大変だ。
新興地ではクレーム対象になるのではないか。

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古い家の生垣。花が咲くと印象がまったく違う。

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そして隣は更地になってしまったのだが、こちらはだれが植えたのではない雑草なのだろうが色とりどりの花が咲いて、目を和ませてくれる。どうせマンションが建つのだろうけど、ずっとこのままでいてほしいと思う。

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芸能人の子弟も通う私立小学校の周囲はチューリップが咲いており、これはかわいい。

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造園学科もある大学キャンパスの周囲。
意図してこのような花を植えているのだろうが、きれいだ。

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いよいよ明日に迫った選挙のポスターボード。区議候補でポスターを貼っていない人が何人かいる。おそらく供託金を没収されるのだろう。なんのために立候補するのだろう。

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サクラの花は散ってしまったが、かろうじて残っている枝もある。これからは東北や北海道がサクラの見ごろになり、10連休は混むのだろう。

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ところで、昨年12月8日、うちの猫の額ほどの庭の木を、植木屋のK君に手入れしてもらった。

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因縁深いザクロの木を切ってもらい、幹を細かくしてもらってガレージに放置しておいた。そうしたらヒビ割れてきた。
今日の燃えるゴミの日に3本単位で縛って出したら、粗大ごみのシールを貼られて回収されなかった。
あちゃー。区のホームページで確認したら30cm以内にしないと粗大ごみ扱いらしい。幹は40cmくらいある。これでも短くしてくれたのだ。

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回収費は1本400円で6本あるから2400円にもなる。これはもったいない。
幹をさらに半分に切ればよいのだろうけれど、人力で6本切るのはとても無理。電動のこぎりが欲しいが、回収費より高くつく。
K君に聞いたら、粗大ごみにしたくないなら庭に埋めるのがよいらしい。10年ほどで土に還るそうだ。
そこで庭に穴を掘った。

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土は柔らかかったが木の根が縦横に這っていて難儀した。
まずは3本を埋めた。幹が穴の大半を占めたのに土まんじゅうにはならないで、ほぼ平坦になった。

もう3本が入る穴は力尽きて掘れないであと2本だけ埋めて、残った1本はオブジェにした。ただ置いてあるだけだ。

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人間の死体が埋まるほどの穴を掘る自信がない。
ましてや、桜の木の下のような根があるところに掘れるわけがない。
埋めた幹が10年で土に還るか定かでないが、それを確認する前に私が土に埋まるほうが先の気がする。

  
| 日記・つぶやき | 15:38 | comments(0) | - |


春爛漫 花咲き、桜は散り始め
昨日今日と暖かな陽気だった。
午後からカメラをぶら下げて界隈を徘徊してみた。

さっそく路地にサギ草が咲いているのを見つけた。

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サギ草は世田谷区の花だ。鷺のような形をしており、区内あちこちに自生している。と思ったらシャガだとご指摘をいただいた。そんな花の品種があるのか。
世田谷区の図柄入りナンバープレートはサギ草のガラだが、人気がないらしい。



ここは豪邸の前の植え込みだ。
かつてはポリスボックスがあるほどの家だったが、当主が亡くなり別の名前の表札が出ている。娘婿なのかまったくの他人か、わからない。

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チューリップが咲いている。かわいい花で、幼稚園のころに描く花の絵はチューリップだった。タンポポなどは描いたのだろうか。

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別の豪邸前の植え込みは芝桜が咲いていた。

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毎年、4月末に埼玉県秩父市の羊山公園まで芝桜を見に行っている。去年はあしかがフラワーパークと栃木県片貝町の芝桜を見に行った。今年は見に行けるだろうか。

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そしてだ。十分花見に耐えられる。

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遊歩道(緑道)の桜並木は界隈の憩いの場だ。

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この遊歩道は私が子どものころは用水路だった。この用水路を渡って小学校に通っていた。もっと前は普通の川だったが、おそらく戦後、護岸工事がされて用水路になり、周囲にはまだ町工場が多かったので工場からの排水を捨てていた。
たぶん40年ほど前に暗渠になり、遊歩道として整備された。

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だが、桜の枝に緑の葉が目立つようになってきた。あれ、散り始めているんじゃないの。今週始めは「九分咲き」としていたけれども、満開ってあったのか。今年は満開の桜を体験していない。
おそらく昨日かおとといが満開で、昨日は風も強かったから散り始めたのだろう。

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桜の種類が違うのだろう、ひときわピンクが濃い。

そして遊歩道は商店街を越えて、さらに続く。
ここは子どもがよちよち歩きのころ、ベビーバギーを押して遊びに来た公園だ。

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公園には花壇が出来ており、滑り台はなくなっていた。
老朽化したのか、危ないと言う理不尽な声があって撤去されたのか。

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淡い青空と白い桜の花のコントラストは毎年の楽しみだ。なかなか思うような写真が撮れない。一生撮れないだろう。

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八重桜が咲き始めている。

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花はきれいなのだが、それが落ちるとその掃除は面倒だ。
きれいに咲いているときはチヤホヤされて、老いて花が落ちると疎んじられるのは、人間も同じではないか。

そうなりたくないな。
| 日記・つぶやき | 20:40 | comments(1) | - |


久々の新幹線出張
令和の発表とともに忙しくなって、久々に出張になった。
ネクタイを締めてスーツを着てお出かけだ。

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行きは時間の余裕があるので在来線に乗って車窓を楽しむ。線路が並行しているところは、となりの列車と抜きつ抜かれつになるのが面白い。ダイヤ(時刻表)どおり走っているのだろうが、運転士に抜かれまいとする闘争心がないといえばウソになるか。そこは冷静に走っている。
私の乗っている電車はいったん抜かれたが抜き返した。なんとなくうれしい。

駅を降りて迎えの車でレトロな橋を渡る。

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今日は全国的に暖かな日だったようで、お出かけ日和だった。しかし千葉では風が強かったそうだし、盛岡では黄砂が観測されたらしいが、コートが不要で助かった。

打ち合わせは楽しかったが追加でいろいろと頼まれてしまい、帰りはいよいよ時間も気持ちも余裕がなくなり、新幹線に乗った。
久しぶりの新幹線で、1月に関西に行って以来だ。

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は五分咲き程度か。東京の桜は今日の暖かさで満開になっただろうか。
これから北日本の美しい春が始まる。

1月に乗った東海道新幹線(JR東海)と違いJR東日本車輌だったので、車内誌「トランヴェール」を久しぶりに読めてよかった。
楽しみは巻頭の沢木耕太郎氏のエッセイ「旅のつばくろ」だ。

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今回の旅先は宮城県塩釜市で、講演の仕事で向かったそうだ。沢木先生は普段は講演を断るのだが、塩釜市は若いころ行きたかったが行けなかった町で、引き受けた由。講演を断るのは半年前から何月何日と指定されて動きにくいので、気ままな氏は講演の依頼をなるべく避けているのだが、塩釜市は前述の理由から引き受けたとのこと。取材対象だった将棋の中原誠名人の出身地だそうだ。
たしかに、私への講演依頼も2020年まで予定が入っている。カレンダーにメモしてずっと気にしている。

たまに違う土地を訪れていろいろな人と会うのは楽しい。けれども、ローカル私鉄に乗る余裕はなく、すぐに、それも新幹線で帰ったのはいかがなものかというべきだろう。
昔なら明日は土曜日だからそのまま居座ったはずだ。
| 日記・つぶやき | 20:21 | comments(0) | - |


大連・旅順の"思い出"
昭和13年刊行の「朝鮮満洲旅行案内」を読んで、私にも朝鮮や満洲にそれなりの思い出がある。
私の満洲についての“思い出話”を書こう。行ったことはないから「人」の思い出話だ。

35年前、お世話になった印刷会社の神田さんは満洲生まれで、原稿ができるのを待っている雑談のときに出身地の話になり「あの大地に沈む大きな真っ赤な夕日は雄大で、あれをもう一度みたいです」と言ってたのを今も思い出す。軍歌「戦友」にも「♪赤い夕日に照らされて〜」と歌われている。
神田さんは白髪の物静かな紳士で、今もご存命だろうか。満洲の夕日を再び見る機会はあったのだろうか。

私の父は祖父の仕事の関係で、幼いころ旅順に暮らしていたことがある。父は旅順中学に通っていた。だから私が子どものころ祖母や父の会話に「大連・旅順」という地名が頻繁に出てきた。大連は租借地で厳密には満洲国ではなかったが、満洲の政治システムに組まれていた。

「♪旅順開城 約なりて、
敵の将軍ステッセル、
乃木大将との会見に、
ところはいずこ水師営」


という「水師営の会見」は何度も聞かされ歌わされ、今でも歌詞を覚えている。この古い建物は、1993年に父が写した水師営。

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戦前の、旅順での寒い冬の父と弟たち。スケートで元気に遊ぶ父。ちょうど「少年満洲読本」の一郎二郎と同い年くらいだろう。

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父は旅順に住んでいたからか「旅順児童教育後援会」に属し、中国の子どもたちの日本語教育のための活動をしていた。私にはこのことを話さなかった。

後援会の初代会長は故川畑文憲氏で、氏が「旅順児童教育後援会」を作るに至った過程などはこちらで読める

川畑氏は二度の病気で医師から責任ある立場での仕事を止められた。会長職や相談役の閑職に付きながら、子供達の夢を実現する手助けをしようと決め、23年間過ごした中国との友好と子どもたちのためになろうと、NHK文化センターで中国語を学び、日中児童の友好交流活動を始めた。定年後の志として大いに学ぶべきだがまったくマネできない。

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父は1993年にこの会の行事で懐かしい旅順を訪れ、会の成果だと思うが、旅順教育委員会推薦の日本語学習重点校である旅順九三小学校の子どもたちが日本語でスピーチする様子を見ている。
父が撮影してきたビデオを再生すると、子どもたちが実に流暢な日本語でスピーチやロールプレイングをしている。

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21世紀に入って、中国政府はIT政策もあって英語教育にシフトしたので今は日本語教育に力を入れていないみたいだが、現在この子たちは36歳くらいの働き盛りであり、あのまま日本語を学び、使えるようになっているのなら、何をしているのだろうか。もし彼らが今、日中の架け橋になっているのなら、川畑氏も父も喜ぶはずだ。

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当時、日露戦争の戦蹟である白玉山塔などは外国人は入れなかったので、父は外から撮影するだけだったが、中国政府の方針が変わり2010年から見学できるようになった。

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私はそんな大連・旅順に一度行ってみたいと思い、2016年の暮れに馬場浩士君を誘った。彼は4月から松戸市観光協会に就職するので、その前に"卒業旅行"に行こうと誘ったのだ。冬場はツアーが安いのだが一人部屋だと倍以上するため、私にすれば二人で行く必要があった。

2016年12月14日(水) 9:58
先日は、大連へのお誘いありがとうございました。
よく考えたてみたのですが、今回はご遠慮したいと思います。

その理由は、あと三か月、日本で見ておきたい所がまだいくつもあることと、
大連はすでに一度、社員旅行で行っており、203高地なども見て来てしまったからです。
せっかくお誘い頂いたのに、本当にすみません。

年内も少しずつ押し迫って来ましたね。
また一度ランチでもご一緒しましょうね。
                     馬場浩士


そして馬場君はこのメールの1週間後の12月21日に急死して、私の大連行きは途絶えたどころか、ランチもできなかった。馬場君も「日本で見ておきたい所」を見ることなく亡くなった。

  
| 日記・つぶやき | 19:27 | comments(0) | - |


JCB ザ・クラス 会員特典からディズニーランドのクラブ33がなくなる
JCBのブラックカードであるザ・クラスを持っています。
自慢するためだけに加入したのではなく、メンバーズセレクションという会員向けの特典が魅力だったので無理をして会員になったのだ。
念のため、ブラックカードだからJCB側からの招待制なので、ザ・クラスを持ちたくても持てない人は多い。ちなみに普通のゴールドカードで毎年200万円以上の利用を3年以上続ければ招待されるとかされないとか言われているが、あくまでウワサにすぎない。

2019年度のメンバーズセレクションカタログが届いた。ザ・クラスを持っているだけで、毎年25000円相当程度のものがプレゼントされる特典だ。ちなみに年会費は54000円税込なので、実質25000円程度の年会費負担となる。

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中には、クレジットカードのポイントを集めてもらえる景品に毛の生えたような商品が並ぶ。食べ物や健康器具や…。

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しかしモノばかりでなく、コトもカタログに入っており、その一つが今年の1月に前年分で使った大阪のユニバーサルスタジオジャパンの入場券とエクスプレスパスのペアセット。

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そして東京ディズニーリゾートのおもちゃ付きペアチケットだ。

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しかし今年は様子が違った。一枚のチラシが入っており、
JCBザ・クラス会員の皆様へ
「東京ディズニーランド会員制レストラン」
予約プラン取扱終了のお知らせ

である。

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実は2週間ほど前にこのためだけの手紙をもらっており知っていたのだが、東京ディズニーランドにはクラブ33という"秘密の"会員制レストランがあり、"会員"はTDRを運営しているオリエンタルランドの株主、そしてTDRのスポンサー企業の、それも重役連中しか入れない"会"で、今では会員すら募集していないという。まるで都市伝説である。

だがザ・クラス会員は株主や重役でなくてもカードホルダーならクラブ33に入れて食事をいただけた。しかし私が入会した3年前からメンバーズセレクションでは抽選制になり、外れた。

昨年はメンバーズセレクションでは抽選制に加えて食事代一人1万円の負担をしなければならなくなった。それも抽選で外れた。

そしてついに、この"景品"自体がなくなってしまった。

お問い合わせのフリーダイヤルが書いてあるが、電話をかけるほどの物好きでないから推理する。
ザ・クラスのメンバーズセレクションの数あるメニューの中でも、飛び切り応募が多かったのだ。確かに牛肉や健康器具なんて金を出せば買える。しかしクラブ33は特別なステイタスだから金では買えず、そのため大人気だったのだ。ザ・クラスを申し込める程度の小金持ちはどこにでもいるが、オリエンタルランドやスポンサー企業の重役になれる人はそうそういない。

だから抽選にしたけれども応募が殺到。
次年度は食事代を払わせて多少ハードルを高くしたが、それでも応募が殺到。1万2万円の負担はどうにも思わない階層が保有しているカードだからだ。

そして断ってばかりで却ってイメージダウンやクレーム対象になっており、メニューからはずしたのだろう。
手紙には、「ザ・クラス会員の皆様にご満足いただける提供ができかねると判断し、本プランの取り扱いを終了することになりました。」とあるので、オリエンタルランドと人数を増やす交渉をしたけれど、ダメということになり、それではメニューからはずしてしまえとなったのだろう。個人の妄想だが、だいたい当たっていると思う。

だから、ザ・クラスを解約する人が増えると思う。私はANAJCBスーパーフライヤーズカードを持っているから、ANAマイルが貯まり易いし、空港ラウンジなどがエコノミークラスでも使えるので、ザ・クラスを持つ必然性がなくなった。

JCB THE CLASS(ザ・クラス)を持てた時は興奮したが、その瞬間芸のために持ったのだということだろう。

  
| 日記・つぶやき | 18:06 | comments(2) | - |


カップヌードルミュージアム 安藤百福発明記念館 に行く
昨日のパシフィコ横浜で開催されているCP+の続き

CP+にカップヌードルミュージアム横浜が協賛しており、入場券500円が無料になるので行ってきた。2015年に横浜市のムスリム対応の取材で、馬場浩士君とムスリムのインドネシア人女子とで行った以来だ。馬場君は翌年の2016年に亡くなり、ムスリム女子とは2018年のマレーシアで再会した。彼女は先日結婚したようだ。おめでとう。悲喜こもごも。

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今、日清食品創業者の安藤百福氏がモデルの朝ドラ「まんぷく」を放送しているせいもあって、かなり混んでいる。しかも「チキンラーメンの女房 安藤仁子(まさこ)展」を開催している。安藤仁子さんこそ、百福氏の妻で、朝ドラの福子(安藤サクラ)のモデルだ。

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NHK朝ドラのガイド本がおかれていたので、明日からの第23週以降のあらすじを読んでしまった。

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23週からはカップヌードル、じゃなくてまんぷくヌードルの開発物語になる。萬平や神部たちの活躍がメインになりがちだが、ドラマで妻の福子がどう絡んでくるのか、スタッフたちの腕の見せ所だろう。

外国人観光客もそこそこ来館していた。

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カップヌードルは容器ごと販売する画期的な商品だったが、価格も100円と高く、しかも座って食べる習慣の日本人には受け入れられがたかった。
そこでカップヌードルのCMは「常識編」として、これまでの食習慣の常識を打ち破る工夫がされた。
今でもCMソングを覚えている。

♪常識っていうやつと、
おさらばしたときに、
自由という名のきっぷが手に入る。
Oh!ハッピーじゃないか

作詞:阿久悠 作曲:小林亜星



そういえば、「日清オリンピックショウ 地上最大のクイズ」ってのもあった。スタジオ収録だが、ウルトラクイズの原型みたいなものだ。見た覚えがある。

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ちょうど朝ドラでやっているのは、特許を公開し、即席ラーメン協会を設立するあたり。

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百福氏は91歳で宇宙食ラーメンという新商品開発に着手する。
「人生に遅すぎるということはない」とのことだ。

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そして95歳で完成。96歳で世を去る。
あまりに波乱万丈な人生にうっとりしたりボーっとしたりだった。


ランチをまったく食べていないのでさすがにおなかが空いて、4階の世界の麺料理コーナー-ワールド麺ロード-でチキンラーメンミニを食べてしまった。

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150円で具を2種類選べる。ウインナーとフライドオニオンにした。ウインナーはこの時期の特別トッピングらしい。

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そしてマイカップヌードルの調理を予約した16時半まで、デッキに出て朝の「まんぷく」をスマホで視聴した。

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そうしていると予約時間になり、会場へ。かなり混んでいる。

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まずはカップを300円で買う。

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そしてカップを自分の好きなデザインにする。

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お子様たちに混じっておっさんは超久しぶりの工作の時間にチャレンジ。カップの底や上下の赤い線をはみ出してのデザイン(色塗り)は不可で、賞味期限は1ヶ月とのこと。

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そして麺をカップに詰める行程は、実際と同じく麺にカップをかぶせる方法をとる。カップに麺を入れると麺がどうしてもずれてしまい、萬平ならぬ百福氏はものすごく悩んだらしい。夢でめまいがして天井と床がひっくり返り、それで逆の方法を思いついたという伝説。

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麺をカップに入れたら、しょうゆ、シーフード、カレーの3種類から1つの味を選び、具のトッピングを4つ選ぶ。
シーフード味でポーク、かにかま、チーズ、なるとにした。

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蓋をする。この蓋はアメリカ旅行の帰りの飛行機で出たマカデミアナッツの容器がヒントになった由。
ビニール袋で包み、

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熱加工でシュリンクする。

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持ち帰りの袋に入れて空気を入れる。袋は二重になっていて、周りが膨らんでカップが固定されるのだった。最初は袋の口をシールしないで、どうやってくるむのかと思った。

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これで出来上がり。この包み自体もとてもユニークだ。

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帰りに売店でおみやげの明星中華三昧カップを買う。明星食品もいまや日清HD傘下なのだ。

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馬車道を通って帰った。

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桜木町駅の観光案内所には私が作った横浜ムスリムガイド第2版が置かれていた。第3版を秘密裏に作っている由。

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安藤百福氏の言葉はどれも印象に残ったが、中でも一番は
「時代の変化に対応するのではなく、変化を作り出せ」

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忘れないように、横浜の空に書いておこう。
| 日記・つぶやき | 16:21 | comments(0) | - |


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