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靖国神社に参拝する 終戦記念日
台風10号が気になるが、午前中早めに靖国神社に参拝してきた。
このところ毎年8月15日に参拝している。
写真はモノクロモードで撮影しました。そういう気分。

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いつもは午後に行くのでそれなりの参拝客がいたが、正午の黙とう前なので比較的すいていた。

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世界の平和と、韓国(北朝鮮含む)、中国、ロシアの崩壊を祈ってきた。
例年は世界の平和と戦後日本の凋落を英霊に詫びるのだが、今年はアクティブな祈りにした。
崩壊しなくてもいいが、日本は毅然とした態度を貫くべきである。

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今が戦前だから。

参拝者はそこらの初もうでの人たちと変わらず、なんら特別なところはない。
九段下の駅から坂の途中はさまざまな団体がビラを配っている。宗教団体や大日本帝国憲法を復元・修正しろとか台湾は中国ではないとか、にぎやかであった。

午前10時に境内で白鳩が放たれた。
毎年行っているイベントらしい。

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日本武道館の戦没者追悼式はテレビ中継を見たが、(新)天皇陛下も安倍総理も世界の平和とわが国の発展を祈念されたが、アジア諸国への言及はなく、令和の新しい時代は朝日新聞が植え付けた自虐的歴史観から脱却してきたなと安堵した。

日本は朝鮮半島の発展に寄与した。道路、鉄道、通信などのインフラや帝国大学などの教育を普及させたのは日本である。というか、日韓併合をしたから、日本は自国として朝鮮半島の発展に寄与した。
台湾人はご理解いただいているようだが、韓国(北朝鮮含む)はバカだから死ななきゃ治らないので崩壊を祈ってきた。

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日本武道館には追悼式に並ぶ列が出来ていた。招待券がないと入れないそうで、雨にぬれずに帰宅した。
| 日記・つぶやき | 12:24 | comments(0) | - |


マンホールのふたが交換される
1週間前のハナシになるが、うちの通りのマンホールのふたが交換されることになった。

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工事の知らせを聞いてフタをしげしげと見たら、レリーフもだいぶ丸くなっており、中央に輝くのは昔の東京都のマークだ。

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これは<京>の字をデザイン化したものだが、ずいぶん前にいちょうの葉をデザインしたものに変わっている。
今度はいちょうの葉のふたになるのかと楽しみにした。

しかし工事で通行止めになるとはいかがなものか。同じ大きさで新しいエッジの利いた蓋に取り換えればすぐに終わるだろう。だがそうではなかった。

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まずマンホールの蓋の周りに丸く溝を掘る。専用の機械があるのだ。

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そしてドーナツ状に周りをくりぬく。

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一回り小さいドーナツ状のコンクリートの輪っかをはめる。

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くりぬいたドーナツをアスファルトで埋めるのだが、マンホールの穴の中に入らないように蓋をしてアスファルトを流し込む。

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職人の人数も多くてたいへんそうだ。
新しいフタをパッカーンとはめる。

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クソ暑いのに火まで使うのだ。

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フタを閉めてぴったりだった。お見事だ。


これで出来上がり。

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1日に2個しかできず、2時前には終わって帰っていったので、熱中症予防の働き方改革なのだろう。道路工事も昔と違って大変である。

それにしてもマンホールと言わず「人孔」と言うんですね。まんまの和訳なのか英訳なのか。

新しいフタはエッジが効いていたが、いちょうの東京都のマークはついておらず、なんだかがっかりした。
そして何のための交換工事だったのだろう。台風でもフタが飛ばないようにしてくれたのか。工事の理由がよくわからなかった。

ところでマンホールの蓋は鉄製で雨に濡れるのにさびないのはなぜでしょう?
頻繁に車が通って磨かれるから?だったら車両も入れない原発被災地のマンホールはさびているのか。
わからん。
| 日記・つぶやき | 20:11 | comments(0) | - |


庭の草むしりをする
猫の額ほどの庭がある。
5月ごろ、ガラにもなく草むしりをして雑草を取り除いてすっきりした。

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ところが、7月のカナダ・アメリカに行っているときから急に雑草が生えだした(らしい)。まるで植えたようだ。猛暑のせいだろう。

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そこで、蚊に刺されないように、長ズボン(タイで買った象柄のペラペラの生地)と長袖(バイク用の通気性のよいシャツ)、手袋(使い捨ての薄いゴム手袋)、帽子という熱いうえにも暑い服装で夏の草むしりに臨んだ。

比較的地盤の固い物置の前も背の低い草が生えていた。

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草の背が低いとむしりにくい。

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奥の、柔らかい土の、丸太を埋めた場所は植物園になっていた。2か月余りでこんなに大きく育つのか。誰が植えたのか、植えるわけがないので種がどこからか、飛んできたのだろうか。
茎も太く、握って抜いた。

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  ↓
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それにしても雑草魂とはよく言ったものである。むしってもむしっても、生えてくるのだろう。

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  ↓
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しかし草むしりが趣味と言うか家庭での仕事になってしまったとは情けなや。前期高齢者は草むしりくらいしか充足感を得るものがないのだろうか。

| 日記・つぶやき | 19:00 | comments(0) | - |


大丸の千疋屋であわただしい打ち合わせ
寒い南の国から訪れた人がいて、奇跡的に今日の午前中なら東京駅付近にいるとのことで、急遽打ち合わせをすることになった。

待ち合わせで待っている時間も「暑い」との配慮で、大丸三階の千疋屋を指定されたから、八重洲北口から大丸三階に直行。

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昔は大丸カードを持っていたけど、行くことはないとまでは言わないが、カードを使うほど利用しないし、ポイントがついたとしても、使えるほどたまらないだろう。
ニューヨークキャラメルサンドの行列は11時半ごろからできるようだ。

遠方の人は私を含めて三組の相手と対応。
私も資料をまとめておいたので、15分くらいで済み、あとは二組目のおねいさんと話をしていた。

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この人と会うのは初めてだったが、なかなか強力なパートナーになりえそうで、今後、矢が降っても鉄砲で撃たれても、なんとかなりそうだ。

三組目は別テーブルで打ち合わせをされていた。

昼時にアイスコーヒーだけでグタグタ話をしていて、千疋屋さんには申し訳なかった。

昼過ぎに東京駅を通ったら、本日分の切符を求める人の列がとぐろを巻いていた。

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明日は帰省のピークらしいが、台風が気になる。
13日火曜日から16日金曜日を休めば9連休で、現にそういう人が仕事の進捗を気にして昼にメールをしてきたが、私なんて7月に15日間も休んでいた時、ワシントンDCのホテルで写真を使った調査票を作り、日本に送ったんだから。
| 日記・つぶやき | 21:05 | comments(0) | - |


ナレーション録音を35年ぶりにディレクション
今から30〜40年前、私は〜広告会社のクリエイティブディレクターとして広告制作全般の進行管理に携わり、コピーライティングやラジオCMのディレクションをやっていた。
毎月、山田康雄さん(クリント・イーストウッド、ルパン三世)にナレーション録りをお願いし、時には黒沢良さん(ゲイリー・クーパー)、広川太一郎さん(バットマン)、増山江以子さん(峰不二子)、田中真弓さん(ルフィ)などの方々にもお願いしていた。今から考えると重鎮たちに30歳前後の若造がエラソーに「もっと強調して」とか、「もう一度」とか、よく言えたものである。
田中真弓さんは今や大ベテランだが、私と最初に会ったときは小さな駆け出しのおねいちゃんで、収録場所の西銀座スタジオ(なくなったようだ)に早く着きすぎて、まだ開いていない扉の前で待っていてくれた。

その後、私はマーケティングやWEB制作、インバウンドの担当になったため(なんでもできるんです)、ナレーション録りは35年以上もご無沙汰していたが、今回、プロモーションビデオの制作を承り、脚本、演出、ビデオ撮影、ビデオ編集、ナレーション録音などの一切合切を担当することになった。なんでもできるんです。

かつてのナレーション事務所はどうなっているのか、三代くらい代替わりをしたはずなので電話をしても私のことなどわからないだろう。そこでインターネットで検索してナレーターや録音スタジオを探したら、恵比寿の会社がよさげだったのでお願いした。

恵比寿は山田康雄さんが在籍したテアトルエコーがあり(会社は今もあるがスタジオはなくなったようだ)、毎月のように通っていた懐かしい街だったので、それもお願いするきっかけになった。

かつてはテープレコーダーやレバーが無数にある調整卓が録音スタジオだったが、今はパソコンで何でもできるので、実にシンプルである。

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昔は、テープを切ったり貼ったりして編集したのに、今はパソコン画面上でマウスを動かすだけで編集ができるので極めて便利だし短時間で済む。もちろんミキサーさんの腕にもよる。同じソフトを使っても習熟度が全く違うので、私が操作したらあのようにできない。

ナレーション原稿も紙にコピーしたものでなく、ナレーターもミキサーもiPad Airを使ってそれを見て読み上げる。アクセントや発音が怪しい時はネットにつなげて確認する。
世の中進んでいる。
iPad Airはペンが使えるようになったんですね。

ナレーターのいる、音が遮断された部屋に話をしようとしてCUE(キュー=きっかけ・指示)ボタンを押してしまったが、そこはTB(トークバック)ボタンだろう。

1時間抑えたが30分で済んだのはナレーターとミキサーさんの腕のおかげと言うべきだ。

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65歳前期高齢者が35年前の若かりし頃の仕事を再びできるのは喜びにたえないし、このような機会を与えてくれた代理店にも感謝しています。ありがとうございます。
まだやりますのでよろしくお願いします。
| 日記・つぶやき | 21:30 | comments(0) | - |


65歳になりました 前期高齢者
8月6日に誕生日を迎え、65歳になりました。前期高齢者です。

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自分でも、60歳を超えることや高齢者になることは想像もしていませんでした。多くの人がそうでしょうが、生きていれば65歳程度にはなります。しかし、自分でもこの年まで生きられるとは思えなかった。



会社にいれば60歳でいったん定年退職ののち再雇用で65歳までいられるでしょうが、それも定年になります。人生100年時代、老後の貯金2000万円、想像もつかない時の流れと金額に、どうやってこれからの人生を生きていこうか、やりたいこと・やれることの想像もつきません。

自分の姿をみると、かつての美少年の面影はなく、偏屈なオヤジでしかありません。ただ、自分のアタマの中では20歳前後の顔や姿が残っており、鏡や写真を見て愕然とする日々です。こんなはずじゃなかった、この人は誰なんだ、自分はどこに行った…。
まぎれもなく、ここにいるのです。
でも、先日カナダ・アメリカ北米大陸横断の旅に行ってきたためか、体重も体脂肪も血圧も下がりました。旅行の健康効果ですね。
もちろん女の子のことは毎日毎時間妄想しています。バカは死なないと治りません。

区役所から介護保険証が届きました。これを使う日もそう遠くないでしょう。

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JR東日本から大人の休日倶楽部ジパングの申込書が来ました。

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さっそく記入して、先ほどポストに投函しました。

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ジパング倶楽部会員、ずいぶんと先のことだと思っていました。父がジパング倶楽部に入っており、宇都宮にゴルフに行く際、新幹線に乗るのに愛用していました。30%引きでうらやましく思っていたので、やっとそれが手に入ります。

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東京ディズニーランドをはじめ多くの施設が65歳からシニア料金になるので、ジパング倶楽部と合わせてお楽しみです。しかし収入はかつての面影はありません。
バスの無料パスは70歳からで、もしそれが手に入ったら毎週、都バスの各路線に乗って徘徊するつもりですが、そこまで生きるのでしょうか。クイズ仲間の小室周也さんは67歳で亡くなったし、50代で死んだ仲間もいるし、先のことはわかりません。

物体でほしいものは、電動髭剃り、シェーバーです。2006年に購入したPanasonicラムダッシュを刃を変えて使っていますが、さすがに最近は剃り味が落ちてモーター音もヘンになってきた。

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高級コンパクトカメラ、Canon Powershot G5X Mark。一眼でもなく小型のコンパクトカメラでもなく、気軽に使えて高画質なカメラが欲しい。新発売の機種です。SONY RX100M5Aでもいいな。

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この年になってもが健在なのがなによりありがたいことです。生んでくれたので65年の歳月を生きてきました。

仕事はまだしばらく続けるつもりです。定年を迎えて仕事を失うと急に老け込むと言いますが、なんだかんだで仕事が舞い込み、これもありがたいことです。

65歳だから、65歳から、何かをしようなどと大それたことはまったく考えていません。
心穏やかに日々を過ごせればよいと思います。が、それが意外と難しいと思っています。
ありがとうございます。

  
| 日記・つぶやき | 19:14 | comments(0) | - |


静嘉堂文庫美術館と岡本公園民家園
東京都世田谷区南部の岡本(地名)は、多摩川の河岸段丘にあるお屋敷町で、交通不便で道は狭くて坂があり金持ちでないと暮らしにくいが、ちょっとした観光スポットがある。

静嘉堂文庫美術館は三菱の創始者である岩崎家ゆかりのコレクションを集めた施設で、国宝7点、重要文化財84点を含む、およそ20万冊の古典籍(漢籍12万冊・和書8万冊)と6,500点の東洋古美術品を収蔵している。金の使い方を知っている。

今日までだが「書物にみる、海外交流の歴史」展の割引券を三菱グループの人よりいただいたので行ってきた。車でないと行けない場所である。

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館内は撮影禁止なので入口の撮影スポットの写真しかないが、アメリカの博物館・美術館は基本的に撮影OKなので、日本も展示によっては考えてほしい。最近はOKの展覧会も増えている。

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1000年くらいの古書もあるので、フラッシュ撮影やライトを当てての撮影はご法度だろう。
かつて異国の地を知るには漂流した漁民などから話を聞くしかなかった時代だが、仮に今の時代に漁師がどこかの国に流れ着いて、日本のことを詳しく正確に(日本語でいいから)伝えられるのだろうか。浜辺の高校や水産高校は地理や歴史をしっかり教えてほしい。

石造りの立派な家があるが、こちらが静嘉堂文庫らしい。

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続いて、近くだけれど一方通行で車は大回りの岡本民家園に行く。昭和55年12月に開園した岡本公園民家園は区の有形文化財第1号に指定され、旧長崎家主屋と土蔵1棟、椀木門を復原し、江戸後期の典型的な農家の家屋を再現している。

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水道がなくカメに水をためて使い、ガスがないのでかまどで火を起こして飯を炊いた時代。
冷房はなかったが夏は障子を開ければ涼しく、冬はいろりに家族が集まった。

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茅葺きの屋根は分厚く、雨漏りはしないという。

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静嘉堂文庫美術館の次回の企画展は墨の美術らしいので、次回はパス。秋の企画を楽しみにします。

| 日記・つぶやき | 17:27 | comments(0) | - |


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