CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  
<< February 2019 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
Twitter




Amazon左
MOBILE
qrcode
葛飾区郷土と天文の博物館に行く
東京23区の全部とは言わないけれど、各区にプラネタリウムがあるんですね。郷土資料館は全部にあるかもしれない。

葛飾区郷土と天文の博物館は京成電鉄お花茶屋駅から北に歩いて7分くらいのところにある。

お花茶屋(葛飾区白鳥)にはかつて友人が住んでいるマンションがあり、一度訪ねたがそれ以来だ。成田空港に行く京成本線なので、何度か"通過"しているはずだ。

IMG_9106.jpg

郷土+天文なのは、プラネタリウムに郷土資料館をくっつけたのか、はたまたその逆かわからないが、区立小学校中学校の教育の場になっているのは間違いなく、いい環境だ。

二階が郷土資料館で、入り口ではマルチスクリーンの動画が流れる。原始人が出てきたりして、なかなかお金をかけている。

IMG_9107.jpg

大きな船が展示してあるが、これは大正時代まで「あるもの」を運搬していた船だ。

IMG_9108.jpg

葛飾区はいくつもの川にはさまれて、水田が広がっていた。稲作、農業に肥料が必要だが、当時は人糞を使っていた。しかし周囲は農村で人がいない、つまりうんこがない。そこで都心の日本橋などから肥料にする人糞を船で運んだのだ。陸路で運搬するには交通機関がない時代だった。
この船は下肥(しもごえ)、つまり肥料にするうんこを運んだ船の1/2模型で、漁業の船でも渡し舟でもない、うんこを運んだ船を博物館に展示しているのはここしかないのではないか。

IMG_9122.jpg

これが模型でなくて本物だったら臭くてたまらないだろうが、こうして人糞を運搬し肥料として撒いて食物を育てて葛飾区が発展したのだから、ありがたいものである。

昭和30年代までどこにでもあった木造家屋の模型も展示してある。

IMG_9110.jpg

内部は町工場になっており、工作機械が置かれていた。

IMG_9111.jpg

戦争末期、アメリカが日本全土に空襲をして非戦闘員である一般市民の多数を殺したが、そのときの司令官、カーチス・ルメイは「日本には住宅地に工場があり兵器を作っている。兵器工場を破壊する作戦だ」との大義名分を掲げて空襲をしたのもうなづける。

IMG_9112.jpg

木と紙と土と藁で出来ている昔の家。

IMG_9114.jpg

葛飾区はそれほどひどい空襲の被害はなかったらしい。

ビデオで戦前戦中の暮らしぶりも見られるし、戦後は台風で川が氾濫した様子を放映していた。このあたり、葛飾区の黒歴史で、たいへんな苦労があったのだ。

あとは掘れば出てくる土器類。

IMG_9123.jpg

打ち首になった人骨も出土したらしく、小柄な女性で二度斬られて二回目に首が切断されたと医学的にわかっている。

IMG_9124.jpg

複顔された顔はほっそりとしたお姫様で、敵の大将の妾でお世継ぎを孕んでいたのかもしれない。気の毒である。せめて一太刀で首を斬れよ。

IMG_9125.jpg

博物館の前は暗渠になった川があり、人足の像が立っていた。

IMG_9126.jpg

曳舟という駅(地名)があるが、狭い川(運河)に船を浮かべて荷物を載せ、左右の岸から人足が紐で船を引っ張って運送したらしい。まさに肉体労働である。馬や牛ではなくて人が船を曳いたのだ。

うんこを運ぶ帆船や人が船を曳くといった、まったく知らなかった交通史に触れられて、とてもよかった。
がんばれ葛飾区。寅さんだけじゃない魅力がある。
| 日記・つぶやき | 18:36 | comments(0) | - |


2006年のインバウンドセミナー 三重県に外国人を呼ぶには
むかしのビデオテープをHDDにダビングしています。
子どもたちのテープはおおむねダビングが完了し、私の仕事関係のビデオテープを見返しています。

現在、広告業務の中でもインバウンドビジネスに軸足を置いているが、そのスタートとも言うべき、2006年7月に三重県外国人観光客誘致促進協議会よりお招きいただき、県内の観光業者(旅館・ホテル、土産屋など)の前でインバウンド事例の講演をさせていただいた。それを録画したビデオテープが出てきた。
今から一回り以上むかしのインバウンド事例を振り返ってみると、今が未来であり私は当時から未来を見据えていたのだなと自賛する。



2005年に政府の訪日外国人誘客策のビジットジャパンキャンペーン(VJC)が始まった翌年で、まだインバウンドという呼称はなかった。

演題は「最近の外客対応事例」である。

PDVD_192.jpg

当時の勤務先の東海支店経由で、三重県の観光業者に対して他社(他自治体)のインバウンド事例を紹介して欲しいとのご依頼であり、東京本社でそれなりの仕事をしていた私が指名された。まだインバウンドビジネスが始まったばかりで事例そのものが少なかったのだが、三重県も海外の観光展に出展しはじめたころで、今後増えるであろう、そして増えていただかないと困る外国人観光客をどういうプロモーションで招けばいいのかと、模索していた時代だった。

ここで事例としてあげたのは3つで、
商業施設もVJC
逆の発想でVJC
インターネットでVJC

である。VJCはビジットジャパンキャンペーンの略で今でもVJとかVJCの略称は専門家の中で用いている。

商業施設もVJC」は、当時は(今も)自治体が主体となって外国人を誘客している中で、北海道の商業施設が自ら台湾に乗り出して台湾人観光客の誘客を始めた先行事例である。私も台湾の旅行会社に同行してセールスのお手伝いをした。鼎泰豐で食べた飲茶はおいしく、以後愛用する。

逆の発想でVJC」は、通常は日本人の感覚で外国人を呼び込もうとするが、北海道のニセコエリアの事例として外国人(オーストラリア人)が中心となって、ガイジン感覚で外国人誘客に勤めている事例の紹介だ。日本人目線では他愛もないものが外国人目線ではきわめて魅力的に映る観光資源の掘り起こしなどを紹介した。いまや「ニセコは外国」とみまごうばかりの外国人だらけで、よいのか悪いのか。

インターネットでVJC」は新潟県弥彦村の事例で、多言語ホームページで誘客する視点ではなく、フリーWi-Fiを村内各所に設置して、日本に来ても観光情報を得たり家族や地元の友人にメールできる(SNSはまだない)環境を作っている紹介だった。

PDVD_195.jpg

このいずれも現在では当たり前のことになっている。商業施設は免税制度が導入されたし、観光自治体では外国人の嘱託を雇っているし、フリーWi-Fiの不足はいまだに外国人観光客から指摘されているし、私が演題で選んだ項目はいいセンだったと思っている。

そして三重県には現状の強みとして、
・セントレア、関空からのアクセスのよさ。
・伊勢志摩国立公園、吉野熊野国立公園をはじめ、鈴鹿国定公園、室生赤目青山国定公園と、外客受けする歴史と風光明媚な観光リソース。
・江戸時代からの観光客(参詣客)受け入れと、戦前からの外客受入ノウハウ。
・世界遺産はじめ、周辺には名古屋、京都・奈良、白浜などの外客受けする観光地があり、周遊型ツアーの造成のしやすさ。
・真珠や松阪牛、テーマパークなどの観光客受けする全国的なブランド。

を挙げ、

観光資源を見直し、時代と外客のニーズに適したアプローチと受け入れ体制が成功の素。

とエラソーで具体性のない結論を導いていた。

要するに過去を振り返って「むかしのオレは偉かった」と感じ入ってるのである。

| 日記・つぶやき | 18:04 | comments(0) | - |


8ミリビデオテープのダビングが終わる まるでタイムトラベルだった
テープメディアが使えなくなる日はまもなくだろうと、子どもたちが生まれる前から撮影していた8ミリビデオテープを、HDDレコーダーに1月16日から録画を始めた。今日、55本あった8ミリビデオテープを全部ダビングし終えた。
生まれる前からこんにちまで、動く映像が残っているのは皇太子殿下とうちの子くらいじゃないか、と思っています。



8ミリビデオデッキ(VHSも使えるダブルデッキ)を2台残しており、テープとの相性で画像がきれいなほうを使ってダビングした。つまり、あるテープはビロビロでもあるテープならきれいに写るという現象が発生し、テープクリーニングをしながらきれいに写るほうのデッキで再生〜録画をした。

IMG_8944.jpg

スチール写真は私が生まれてから現在手に入るネガや紙焼きをすべてデジタル化してある。
だがビデオをまとめてみる機会は今回が最初で、やはり動きや音がある臨場感は素晴らしい。8ミリビデオはアナログだし縦横比も3:4だけれどもカラーだし、静止画とは迫力が違う。

こうして子どもが生まれてから中学校に入るまでの13年ばかりを見てきた。日本はバブル経済からその破綻の冬の時代を迎えていたが、毎年夏は北海道、冬は志賀高原か北海道にスキーに行っており、バブル崩壊をものともしなかった。

はじめはバギーにつかまってヨチヨチ歩いていた子ども。



下の子が生まれて一緒に近所の公園に遊びに行く。公園で遊んでいる映像は多数残っており、滑り台やジャングルジムの他愛ない公園だけれども、楽しさは伝わってくる。上の子は下の子の面倒を見ながら、遊んでくれていたし、下の子は上の子のマネをしつつ遊んでいた。

PDVD_197.jpg

ときどきお父さんの趣味の映像があり、高架になる前の小田急線が地上ホームに入ってくる。

PDVD_198.jpg

多摩川の世田谷通りの橋が架け替えるときだった。下の子が歩けるようになったので、まだおむつをつけていると思うが、ボートに乗せた。

PDVD_200.jpg

おもちゃもたくさん買ってあげた/買ってもらっていた。
自分の時はこんなにおもちゃはなかったと思う。

PDVD_203.jpg

学校の学芸会や本読みで「すーっとずっとだいすきだよ(犬のエルフ)」「スーホの白い馬(モンゴル民話)」「たぬきの糸車」などを上手に読んでいて、泣いてしまいそうである。

学芸会も上手だった。

PDVD_188.jpg

富良野でのスキー。ホームゲレンデは会社の寮があった志賀高原で、子どもたちはスキー教室に通って上達した。夏は家から車で走ってフェリーに乗って北海道へ、冬は飛行機で北海道へ。
子どもに「(北海道の)どこが面白かった?」と聞いても観光名所全部が同じに見えてしまってどこがなんだかわからないそうだ。

PDVD_207.jpg

子どもたちがかわいくてかわいくてしょうがないのは当然だけれど、妻は日々の食事のほか、お弁当やクリスマスケーキを作り、下の子をかかえて上の子の学校へ行って、それでも疲れを見せずセレブできれいな奥様だ。

自転車の乗り方をお寺の境内で教えた。今では自動車運転免許証を持っている。大学に入ったとき、お金は出すから免許を取るように勧め、あまり気乗りはしなかったみたいだが免許を取得して、今では運転をしてくれるのでだいぶ楽になった。

PDVD_209.jpg

うちのビデオが見やすくて内容の理解が早いのは、映像があまりぶれないできれいなカメラワークだから。学芸会や卒業式はずっと持っていると疲れるから三脚を立てており、カメラ酔いしないで見られる。

そして、今では疲れてしまうからとてもこんなに子どもの相手はできないなと思う反面、今40歳前後のお父さんお母さんはまさにこういう子育てをしているんだよな、学校に連れて行ったり勉強の面倒を見たり、学校行事に引っ張り出されたり、もちろんその間に仕事や自分の趣味、友達付き合いをしなければならないんだ。

会社の社員旅行も写っており、そうやってあれもこれも積み重ねて過ごしてきた。子どもたちの記録ではあるけれど、自分の記録でもあり、よくやってきたと思いつつ、今のお父さんお母さんはタイヘンだなぁと思う。

人生には親の病気・介護、自分の病気、会社の倒産、子どもの非行、夫婦の不仲、自然災害、火事盗難など、不幸のタネはいくらでもある。それらをクリアしてここまでやってきた。このビデオテープの時代にも、撮影どころでないできごとはいくつか合った。
しかし、かわいい子どもたち、美しい妻、仕事のできる夫、世田谷の一軒家、マイカーによるドライブ、最新型のビデオデッキやカメラ…、振り返ればそれらが手にあった幸せな人生だったと思う。ビデオをまとめて見返すのはタイムトラベルをしてきたようだった。
みなさん、ありがとうございました。


さて、8ミリビデオのHDDビデオデッキへのダビングが終わったけれども、これからミニDVカセットが30本以上のこっており、こちらをダビングしなければならないのと、ダビングした8ミリビデオをBlu-Rayディスクに焼いたり、パソコンのHDDにバックアップとして焼いておかなければならない。
その後は動画ファイルの整理になる。

まだこの作業は続く。決して楽な道ではない。

子どもたちはこの映像を見て楽しいと思うのだろうか、それともウザイ、撮るなよと思うだろうか。
先日、お坊ちゃまとして過ごしてきた人が小さいころのに8ミリフィルムに写っている話を聞かされたので、それを見てどう思うか聞いたら、動く幼い自分の姿が残っているのはありがたいと思っているそうだ。それを聞いて安心した。
| 日記・つぶやき | 23:24 | comments(0) | - |


東京スカイツリータウン プラネタリウム"天空"に行く
東京スカイツリーの足元、東京スカイツリータウンにはいくつもの商業施設、エンターテインメント施設があり、その一つがコニカミノルタプラネタリウム「天空」だ。

IMG_9164.jpg

世田谷区をはじめ、各区にプラネタリウムがあるがそれらは教育施設である。しかし東京スカイツリーにあるのだから、エンターテインメント施設としてのプラネタリウムだろう。
かつて渋谷にあった東急文化会館のプラネタリウムのように、学芸員が星空を示しながら解説をしてくれる場と思っていた。だが、一口で言うなら東京ディズニーランドの映像アトラクションのような施設だった。

IMG_9138.jpg

入った時間は「星の旅 -世界編-“天空” 特別ロングバージョン」をやっていた。このほか、毎時の上映時間にはオーロラだったりスターサファリだったり、かなりのお金をかけた映像エンターテインメントに仕上がっている。ディレクターも天文に詳しくなければ、あのようなCGは作れないだろう。
映画と同じく、ナレーションや音楽も入っている。ナレは日本語はもちろん、英語、中国語、韓国語でも行われているようだ。

観客は、時間帯も夕方だったからか、カップルが多かった。しかも「三日月シート」という、二人で寝っころがってドームを見られるシートというかベッドもあった。

IMG_9135.jpg

映像には、私が大好きなアメリカ西部のグランドキャニオン、ブライスキャニオン、モニュメントバレー、ホースシューベント、バーミリオンクリフなどから見られる星空もあって、いずれも行った時は夜はホテルで寝ていたけれども、起きて星空を眺めればよかったと思った。オーストラリアに行った時は南十字星が見えたはずだが、ガイドさんは天文に興味がないらしく、どこに南十字星が出ているかはっきりしなかった。スマホアプリの星座表を使えばよかったと、今になって悔やまれる。

「プラネタリウムでこう来たか」と感心した。

教育とエンターテインメントは、実は重要な補完関係にある。興味を持たせるためにはエンターテインメントが必要なのだ。「天空」で星空に興味を持ち、さらに学ぶ構図は大切だ。
だから区のプラネタリウムも、観光施設のプラネタリウムもそれぞれ利用したい。

| 日記・つぶやき | 23:07 | comments(0) | - |


胃がん検診・大腸がん検診を受ける
胃がん検診でバリウムを飲んでレントゲン検査を受けてきた。

IMG_8985.jpg

ついでに大腸がん検診も受けた。こちらは事前に配布された検査キットで2日に分けて大便を採集し提出する。普段、うんこはいくらでも出るが、いざとなったら出なくて1回目は昼になってようやく採集できた。2回目は午前中に胃がん検診に行くので、朝はなさけないうんこだったが無理やり採集した。
便に潜血がないかを調べる。調べる人はいろんなうんこを何百と診て、イヤだろう。潜血があったら「当たり」が出たようで、きっとうれしいに違いない。

その検査キットを持って検診に行く。
あらかじめ書いておいた問診票と大腸がん検査キットを係の人に渡してレントゲン車に乗り込む。

IMG_8986.jpg

検査着に着替えて、発泡剤とバリウムを飲まされた。
バリウムは牛乳瓶半分くらい入っていた。ガブガブ飲むとむせるから少しずつ飲むように係のおばさんに言われた。言われなくてもガブガブなんて飲めない。少し余っていたけれどもコレでいいと言われたので、機械の部屋に入って半円筒のベッドに立つ。バリウムを胃壁になじますため、右三回転させられた。あんな狭いところでグルグル回れない。体が固いから回るのも一苦労だ。美女の上なら回れるかもしれない。
でも浅田真央ちゃんならあっという間に四回くらい回るだろう。彼女の年齢ならまだ胃がん検査は受けていないはずだ。

横になったりひっくり返ったり(ウソ)で撮影され、5分くらいかかった。

ちなみに渡された用紙には精密検査が必要だった915人のうち「がん」と診断されたのは13人に過ぎなかったそうだ。もし異常が指摘されても心配しないで精密検査を受けてくださいとのことだ。

精密検査は胃カメラを飲むのだろう。何回か胃内視鏡検査を受けたことがあるが、胃カメラが喉から入っていかなくて苦しい思いをした。結局、異常はなかった。
胃カメラが飲み込めずに全身麻酔をする人や、最近は機械の性能があがって鼻から入れる胃カメラもあるらしい。精密検査にならないように祈るや切。

大腸がん検査も潜血があったら精密検査になる。こちらは肛門からの大腸内視鏡検査になる。これも何回かやったことがある。1994年5月に受けていた。近所の今はなき胃腸科で大腸内視鏡検査を受けたのだ。



事前に2リットルの下剤を飲んで大腸内をカラにする。家で2リットルの下剤を飲んでから医院に行った。
2リットルも下剤を飲めなかった。苦しかった。そして内視鏡検査は屈辱的であった。膀胱内視鏡よりはマシだったが。
結局、異常はなかった。先生がもともと深刻な顔の人だったから余計に心配だった。

2016年3月3日にも胃部レントゲンで異常があったようで胃カメラを受けている。このときは専門のクリニックで下剤と胃カメラを飲んだ。トイレが5つくらいある医院だった。



22年経って、下剤が飲みやすくなっていた。内視鏡も進化していたが。部分麻酔が効いて終わってからふらついてしまい、しばらく寝ていた。結局、異常はなかった。

胃カメラも大腸内視鏡もしたくない。したい人はいないだろう。

それにしても私の健康診断はいつもにある。服を着込んでいるから脱ぐのが面倒だし、寒い。これまでいくつかの健保組合のお世話になったがどの健保組合も冬に健康診断があった。
だから胃レントゲンのおばさんに「夏も検査をやっているんですか」と聞いたら「やってますよ」とのことだった。コンビニのおでんやカキ氷じゃあるまいし、冬だけ夏だけのワケがないだろう。たまたま私がこの時期なのだ。

年に1回なら今度はちょっと飛ばして2020年の夏に受けようかな。オリンピックでそれどころじゃないかもしれないが、頼んでみよう。

| 日記・つぶやき | 21:36 | comments(0) | - |


世田谷区立教育センター プラネタリウムに行く
プラネタリウムはドーム状の天井に星空を映し出す施設で、私の中では渋谷の東急文化会館上にあった五島プラネタリウムである。幼いころ、父に何度か連れて行ってもらった。ビルの開発で東急文化会館は建て替えられてヒカリエになり、渋谷のプラネタリウムは道玄坂を上がった裏道に「コスモプラネタリウム渋谷」が出来た。
二階のロビーにかつて五島プラネタリウムで使われていた機械が展示されている。



しかし調べてみると、ほぼ東京の各区にプラネタリウムってあるんですね。
世田谷区弦巻の世田谷区教育センター内にプラネタリウムがあり、自転車で行ってきた。

IMG_9063.jpg

中央図書館と同じ建物で、図書館は何度も利用したことがある。
前に駐車場があったのだがマンション建設中。ローソンに止めるわけにもいかないしな。

IMG_9065.jpg

プラネタリウムのドームが外から見える。ドームって、教会やイスラム寺院にもあるけれど、建築物として素晴らしいデザインだと思う。

IMG_9064.jpg

上映は土日祝日で午前は子供向け、午後の2回が一般対象とのこと。大人400円。

IMG_9072.jpg

プラネタリウムの投影機械は1億個以上の星を投影できる最新型にリプレースされているようで、映像技術の進化は素晴らしい。

IMG_9071.jpg

まず、今夜9時の星空の解説。冬の第三角形って、シリウス、ペテルギウス、プロキオン。もう早押しクイズでも押し負けしてしまう。冬のダイヤモンドという6つの星もあるそうな。

IMG_9067.jpg

そして後半の今月の特集はアラスカから手紙が来たという演出で、「オーロラの不思議〜アラスカの星空とともに〜」。

IMG_9066.jpg

解説の学芸員さんもオーロラを見に行ったそうで、ぜひ行ってくださいといわれた。カメラの性能が上がっているけれど、やはり肉眼が勝るらしい。そうだろう。

開設30周年とは知らなかった。うちの子供たちは小学校の移動教室で行ったらしい。うらやましい。

IMG_9068.jpg

五島プラネタリウムで受けた感動がよみがえった。天文学者になり損ねた。
しかし今はパソコン用の星座早見表のソフトや、スマホのアプリはAR技術で昼でもそこに見えるべき星を見せてくれる。

IMG_9086.jpg

家庭用に天井に映す機械もある。
プラネタリウムはあちこちにあるけれど、それぞれ生き残りを探らないといけないようだ。
世田谷区では「冬の星空に響くチェロの音色」と題して、事前予約制でコンサートを開くらしい。これもいいな。

  
| 日記・つぶやき | 16:34 | comments(0) | - |


1995年の学芸会「半日村」斎藤隆介作・滝平二郎絵 歌唱劇
昔に撮影した8ミリビデオテープをHDDレコーダーにダビングしています。テープメディアが見られなくなるのもまもなくでしょう。

1995年の学芸会で、小学三年生の出し物に「半日村」があった。

PDVD_179.jpg

歌劇のしつらえで、唄と芝居、踊りがある非常に優れた演目で、お父さんはけなげな子供たちの演技を20年ぶりに見て、感動して泣きそうになった。

半日村劇-1.jpg

そこで「半日村」を調べてみるともともとは絵本のようだ。作家の斎藤隆介氏による「半日村」の初出は新日本出版社から1969年、現在入手できる岩崎書店の絵本は1980年刊行だ。

IMG_8995.jpg

東京都世田谷区の12の図書館で、いまだ大部分が貸し出し中になっているすごい本だ。1冊だけ在庫がある図書館で読んできた。

半日村-1.jpg

「半日村」とは山に囲まれて半日しか陽が当たらず、作物は育たない貧村だ。
あるとき村の少年一平が両親のぼやきを聞いて、山を削りだす。最初は冷ややかな目で見ていた大人たちも協力しだし、一平たちが大人になってもその子供たちが山を削り湖を埋めて、ついに一日中 太陽が照り続ける豊かな村にするという物語だ。



かつて伊那谷を自転車で走ったとき、山が迫っていて四時半で陽が翳ってきたので、今になって思うと、半日村だったのだろう。

コツコツものごとを進める努力と継続のメリットを訴える童話で、滝平二郎氏の切り絵がまた素晴らしい。

IMG_9028.jpg

ちなみに滝平二郎の読み方は「たきだいら・じろう」である。「たき・へいじろう」とか「たきひら・じろう」とか、どう読むのか疑問だった。

IMG_9015.jpg

滝平氏はJTBの旅の絵ごよみカレンダーの絵を書いていた時代もあり、380枚の切り絵を描くのは一年仕事だっただろう。

PDVD_185.jpg

合唱劇「半日村」は、村人たちの数え歌で始まる。

ひとつ、昔があったとさ。
ふたつ、二山(ふたやま)越えたらば、
みっつ、三山(みやま)のその奥に、
半日村があったとさ。

よっつ、夜なべに藁を打ち、
いつつ、いつもの繭作り、
むっつ、村人寄り合って、
半日村があったとさ。

ななつ、長坂(ながさか)草もなし、
やっつ、山には木も生えず、
ここのつ、米には実もならず、
半日村があったとさ。

とおでとんから機織(はたおり)に、
とんとんからりと空回り、
トンと昔の物語、
半日村があったとさ。


木や花、風の役まであり、

PDVD_183.jpg

大勢の子供たちがなんらかの役を演じられるようになっている。歌と芝居部分の融合もよいし、背景の大きな絵も子供たちが描いたのだろう。

PDVD_182.jpg

この脚本や楽譜がないか、ネットで調べても出てこない。クオリティからうちの小学校の先生方が作ったとは思えず、おそらく学校教育用の先生向けの種本があって、それに出ているのだろうと想像する。一般には流通していないと思う。この台本、どこかにないかな。
晩成書房から「小学校演劇脚本集」が出ていたので図書館で見たけれど「半日村」は掲載されていなかった。

IMG_9073.jpg

しかし、京都音楽センターの「うたはおはなし・うたはせかいへ こどものうたごえ歌集・総集編」に「半日村」の楽譜本があったので購入した。ちなみにアマゾンでは品切れだ。



ところがこの楽譜は子供たちが演じた半日村とは違っていた。よほどうちの劇のほうが素晴らしかった。脚本も載っているが、うちの子たちのほうが尺が長い。

半日村-2.jpg

岡崎市立藤川小学校の児童が2004年に演じた動画がネットにあった。こちらはうちの子たちとほぼ同じ内容だが歌のテンポが速く、これは先生の指導だろう。

PDVD_190.jpg

今の学芸会はどうなっているのだろう。どんな劇をしているのだろうか。「半日村」の絵本がいまだに貸出中とは、演目になっているのかもしれない。

   
| 日記・つぶやき | 18:35 | comments(0) | - |


| 1/116PAGES | >>