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ケータイ国盗り合戦 コンプリートを目指して
ケータイ国盗り合戦は位置ゲームの代表格である。日本全国を600の「国」に分け、旅行などでそのエリアに行ったらスマホアプリを操作してその国を盗る。こうやって600国を盗るゲームだ。
2008年からやっており、ときおりこのブログにも結果を書いているが、あれだけ旅行をして10年でまだ541か国にしかなっていない。

国盗り全国-3.jpg

理由は、北海道など同じところを何度も行っているから。
日本全国を旅したけれども、まだケータイがない時代からだし、国盗り合戦が始まってから訪れていない土地もあれば、行ったけれどもスマホを操作し忘れて盗っていない国もある。

もうすることがなくなって、目標も野望もついえた今、ケータイ国盗り合戦くらいしかすることやることは思いつかなくなった。そこでこれまでどこに行って、どこに行っていないかを調べてみた。

国盗り合戦の地図は盗ったところを色分けできる。すると西日本に空白地帯が多数あった。

国盗り合戦残り地図20171123.jpg

1)紀伊半島から関西にかけて
2)山陰、隠岐
3)九州の離島(対馬、壱岐、奄美大島)

この3エリアで集中的に国盗りをすれば599国盗れる。なので、計画的に国盗りの旅にでることにした。

ところが、600国盗った人がかなりの数になって、2013年から全国を6000の10倍にした「空」という位置ゲームが付加された。

操作もアプリも同じである。やってみたが都心部はかなり盗れるものの鉄道や高速道路を延々と走っても盗れない「空」があり、事務局も一生かかるのではないかとタカをくくっていたようだ。
しかしわずか1年後の2014年3月に早くも6000空を制覇した人が現れた。

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さきほど見たら、6000空を制覇している人は78人もいた。

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旅行が好きで旅程作成に長けているつもりの私でさえ600国がまだなのに、6000空を78人もが制覇するとは。金と暇とよほどの計画性がないと無理である。小笠原含めて離島も対象なのだ。

私が得意とする北海道や、お遍路で一周した四国でさえ、この程度しか空は盗れていない。
盗れていない最大の理由は、行っても国盗りをするのを忘れてしまうから

6月に行った道北地方もこのとおりまだらである。



けれども、鉄道に乗り続けても盗れないところがあり、何度も行ったり来たりをしなければならず、車でも下道を走らなければならず、6000空は無理だと思っていたけれども、こんなにも多く制覇者がいるとは。

では、600国を盗りに行くときに、離島などの二度と行かないだろうエリアは全部制覇すればいいではないかと思う。しかし奄美大島などは何カ所も空があって、最低でも1泊してレンタカーを借りないとムリ。隠岐も壱岐も対馬も最低1泊しないとムリ。

制覇者たちはどうやって計画し実行したのか、私ですらわからない。
エライ、尊敬します。
| 日記・つぶやき | 20:55 | comments(0) | - |


皇居乾通り一般公開 紅葉狩り
2年ぶりに皇居の乾(いぬい)通りが一般公開され、紅葉狩りをしてきた。
2014年の様子はこちら

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12月2日から10日までと、東京の紅葉の盛りを過ぎてからの公開に、ハハン、12月1日の退位を巡る皇室会議の後にしたな、と思ったが、これまでも12月の公開で、逆に2日スタートは早かった。

坂下門までわざと遠回りさせて混雑による集中を避ける作戦みたいだが、平日は空いており、無駄に歩かされただけ。しかも「通行止め」の看板はあちこちにあるが、「あっちから回れ」の看板はなく、だれも警官に聞いていた。

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宮内庁庁舎を観て、

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やっぱり、木の上のほうは枯れてきているなぁとがっかり。

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しかし、狙えばこんなに見事に低い太陽に輝く紅葉が見られる。

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クラシックな門との対比。大勢が写真を撮っていた。年寄りが多いのでどれだけインスタにアップされているかわからないが。

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いかにもの、石垣との対比。

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道灌濠ではコントラストをあげて撮影してみた。
今日、来るつもりはなかったのだが、あれば一眼レフを持ってくるのだった。

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にはサギらしき白い鳥が見えたのだが、あれはなんだったんだろう。
レトロな堀と近代的なビルの対比。

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東御苑方面に曲がると、石垣の脇に立つ1本の紅葉が鮮やかだ。

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天守台は天守閣が焼けてしまって再建しようとしたが辞めた石垣のあと。江戸城に天守閣があったのは300年のうち50年しかなかったらしい。

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1本だけの紅葉にスポットライトが当たる。ここだけ、燃えているようだ。

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百人番所の瓦屋根から頭だけ覗く、近代的なビル。

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桔梗門から外に出て、蛤濠を観る。二重橋と並んで典型的な皇居の写真だ。

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丸の内のオフィスビルに黄色いイチョウの葉がフットライトとして輝いていた。

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そして東京駅丸の内駅舎前の整備が終わり、きれいになっていた。

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やっぱり東京観光は日本のキラーコンテンツ。
今回、運よく一般公開に遭遇できた外国人旅行者はラッキーだったと思う。
| 日記・つぶやき | 18:29 | comments(0) | - |


ANA株主カレンダー2018が届く
ANAの株主用のカレンダーが届いた。

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ANA VISIONという四半期ごとの報告書もついていた。
ANA株は売ってしまったが、9月時点の株主名簿で送ってくれているとのこと。ありがとうございます。最後のANA株主カレンダーだな。

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1月は定番の富士山だ。
羽田空港か富士山静岡空港が最寄と案内が付いている。

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8月は海。ハワイのカウアイ島だ。
早くANAの新型機でハワイに行きたいな。2019年になるらしい。

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ANAカレンダーには仕掛けがあって、スマホにAUG!(オーグ)というアプリをインストールすると、カレンダーの画像を識別して、それに合った動画が再生される。
JALカレンダーにも同様の仕掛けがあるが、別のアプリを使っている。

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画像認識技術で、あらかじめ登録している動画がARで再生される。

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スマホをカレンダーから離しても、富士山の脇にCAが貼りついている。

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ANAスーパーフライヤーズ会員としては手帳と卓上カレンダーをいただいているが、今度から壁掛けカレンダーにしていただこう。
買えば2400円程度するようだ。

  
| 日記・つぶやき | 22:44 | comments(0) | - |


馬場浩士クンの一年祭
昨年12月21日に急逝した元同僚Bクンこと馬場浩士クンの一年祭(仏教の一周忌にあたる)が千葉県のご実家で執り行われた。
昔の仲間と参加した。どうもありがとうございました。

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4年前の12月に急逝した父上の5年祭も繰り上げで行われた。遠くから毎年のようにご親戚が集まるのは難儀だからだ。

ご自宅で執り行われた神式の法事は、玉串奉奠で焼香はなく戸惑った。それ以上に正座をしていたため足のしびれが極限に達し、立てないかと思ったが、なんとか立って歩いて神前に行けた。これは皆同様だった。
神道では亡くなった人は1年で神になり、その家を守ると言われているそうだ。



馬場家は神道の中でも出雲式で、二礼四拍手一礼だ。しかもその拍手は手を合わせないで寸止めする偲び手だと聞かされていたが、神主さんも皆も手を合わせてパンパンパンパンと音を立てるので、それに従った。

その後、近くの墓地に赴き、ここでも神主さんの祝詞のあとに玉串奉奠。

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さらにバスで白子のホテルに行き、会食となった。25人以上が集まって、故人の人徳が偲ばれる。

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ここであいさつをさせていただいたが、法要のあいさつなど夢にも思っておらず、結婚式の仲人として挨拶をしたかった。「仲人をしたいから結婚しろ」と生前の馬場君に言ったら、「エヘヘ」と笑ってごまかしていたが、奥さんかお子さんと一緒ならば、急変に気が付いて救急車を呼んで、死ぬことはなかったと思う。

さらに私が撮影・編集した馬場君との仕事や旅行やランチの写真をビデオにして上映し、元気なころの馬場君を思い出して参列者の涙を誘った。



馬場君は4月から松戸市観光協会の職員になるのが内定しており、DMOで旅行商品を造成販売するために国内旅行業務取扱管理者の資格を取っていた。

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こんなに慕われて努力をしていた人なのに、馬場君の夢は叶わなかった。
世の無常を感じられずにいられない。

母上と妹さんはこの一年祭のためにかなり前から気を使って準備をしていたのだが、終わってホッとしているのと同時に気が抜けてしまうのではないかと心配している。
大変お世話になりました。
どうかお元気にお過ごしください。

馬場君は神様となり、空の上から下界を見守ってくれている。明るいところから暗いところは良く見えないのだが、暗いところから明るいところは良く見えると、神主さんが言っていた。観ているのだ。

馬場君と父上は、これから母上と妹さんを見守り、ついでに我々も見守り、幸せに導いてほしい。
久々に旧知と逢えて、昔のように何ら変わらぬ会話ができたのも馬場君のお導きである。

馬場君、これからもよろしくね。

  
| 日記・つぶやき | 19:45 | comments(0) | - |


都内ロケ あの国の超一流俳優と歩く
朝の8時に「君の名は。」で一躍有名になった、新宿区四谷の須賀神社で待ち合わせ。
某国から超一流俳優とロケ隊が来ており、今日が最終日。私が立ち合い担当になった。

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この階段はあのシーンです。ほかにも都内にはいろいろ聖地があるけど、どうやら撮影はここだけみたい。



酉の市(今日が三の酉)で装飾がしてある。店も出ている。

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しかし、待てど暮らせどロケ隊は来ない。

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1時間待っても来ない…、多少の前後はあるが騙されたか…。悪いことばかり頭をよぎる。
例の階段では入れ替わり、いろいろな国の観光客が来て写真を撮っている。パンフレットを持参の人もいる…。

そこへにぎやかな一団が。やっと来た!

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ひとしきり撮影をして、合流。
よかったです。なんと8日間も北関東を行脚してきたとは思えない元気さで、テンションバリマックスです。さすが一流俳優でインスタグラムのフォロワー数100万以上あるのは無理からぬことだ。

続いてロケバスで渋谷区大山町の東京ジャーミイに。我が国最大規模のモスクです。ここを取材するってことは、国がだいたいわかるというもの。

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長々と説明を聞く。

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礼拝所に入ってからも長々と説明を聞く。

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明日、金曜日は金曜礼拝だからこの広いモスクは満室になる。東京オリンピックでは元首クラスも礼拝にくるはずで、今からどうすればいいんだと考え中だ。

ところで、一流俳優と私の靴は、先日買ったナイキのシューズの色違いだった。オレンジが僕だよ。日本人の足型。

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一流俳優からランニングをしているのかと聞かれたが、ウォーキング(散歩)をしていると答えました。一流俳優は体を作るために訪日中もランニングをしているらしい。さすがだ。

そして首都高を通って秋葉原に。

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ふとん乾燥機なんて日本ならではのモノではないか。これは放送するかな。

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そして歩いてCoCo壱番屋ハラール秋葉原に。ここは10月にロケハンしている。

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店内が狭いのでロケバスでお留守番。実際に食事をしたのでかなり時間を費やし、しかもブツ撮りを1品ずつしたのでこれまた時間がかかった。お客さんも次々と入り、申し訳ありませんでした。

この番組は来年放送になるが、残念ながら日本では放送されません。
| 日記・つぶやき | 20:28 | comments(0) | - |


コドモアサヒ 大正14年8月号 全86冊揃い
2006年9月7日の記事をベースに加筆しています。

我が家の仏壇には、祖父の遺影と共に幼い男児の遺影が飾られている。男児は父の兄(つまり私の伯父)で3歳にならずして亡くなったことをのちのち知った。
その男児、明夫さんは大正12年9月1日の関東大震災の前日(8/31)が1歳の誕生日だった。

大正14年5月、一家4人は東京を離れ祖父の新任地である朝鮮・鎮海へ赴任する。鎮海は釜山の西60kmにある軍港の街だ。海軍の司令部が置かれていた。
初めての外地であったが、若い一家は楽しく過ごしていた。物心がついてきたかわいい盛りの長男明夫、3月に生まれたばかりの次男である私の父。
しかし一家を悲劇が襲う。3歳の誕生日を迎える直前の8月末、明夫は疫痢に罹り、苦悶の末亡くなったのである。外地の、それも田舎のため、遅れた衛生事情に貧しい医療体制で、当時といえども内地であれば助かったかも知れぬと、母親であった祖母は終生歎いていた。

祖父は慟哭の中、明夫の供養とあの世での幸せ、そしていずれの再開を願い、息子の短い一生をガリ版刷りの「おもかげ」と題した手記にまとめ、関係先に配布した。



2006年に祖父の没後50周年を迎え、祖父の遺したものを整理した中で「おもかげ」を見つけ、パソコンに打ち込んだ。
小さな亡骸と共に棺に納められた品が記録されている。

納棺の際、生前喜んで遊び最も縁故の深かった左記の玩具を入れてやりました。

1、木の舟 この舟は去年の8月、浜名湖で遊んだとき、打田の伯母さんよりいただきました。外が赤、中が黄色に塗ってありましたが、爾来これを放さず、目白の銭湯に行くときなどは必ずこれを携行したものであります。
2、電車 去年の正月か2月頃かに、恂伯父さん(明夫はこれを今晩さんの伯父さんと言っていました)から戴いたもので、決して人に貸さず、発病前まで引っ張って遊んでいました。最近壊れたので大修理をしてやりましたが、車の一部は「また直す」と言い、面倒かったので延ばしていました。
3、汽車 [大正]12年の暮れごろ、明夫を連れ新宿で遊びしとき買ってやった簡単な汽車ですが、先般に至り継ぎ合わせの布が切れたので家内に修理してもらい、紐で連結してありました。
4、絵本 こども朝日の8月号で、廻り行燈のついている分です。


木の舟などはもはやどんなものかわからない。しかし4番目の「こども朝日8月号 廻り行燈」は具体的であり、もしかしたら現存するかもしれない。もう本人を知る人もいない祖父や明夫さんの、ないものねだりの面影探しであった
だが国会図書館や古書店のサイトを見ても見つからなかった。そこで発行元の朝日新聞社のライブラリにあるかもしれないと、同社のY君に問い合わせたら、見事に残っていた。それがこれである(大感謝!!)。
大阪本社から取り寄せてもらった。

コドモアサヒ
コドモアサヒ

廻り行燈は走馬燈だった(同じ意味です)。
物資の乏しい外地にも、コドモアサヒは流通していたと見える。祖父は幼子のためにこの本を25銭で買ってきて毎晩読んで聞かせ、あるいはせがまれて読んでやっていたのだろう。苦悶して死んだわが子のせめてもの慰めに、愛玩していた玩具と共にこの本を棺に納めたのである。そして大正14年(1925)の夏、朝鮮の空へ小さな亡骸と共に灰燼となって昇っていったのだ。

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走馬燈左.jpg

走馬燈
生品新太郎
本田庄太郎 絵

まはれまはれよ
走馬燈
人も子犬も
自転車も
はやく帰らにゃ
日がくれて
山の麓に灯がともる

はしれはしれよ
走馬燈
馬も車も
自転車も
はやくはしらにゃ
日がくれて
街の四ツ辻夜がふける


納棺されたコドモアサヒの同じ号を手にして、喜んで読んでもらう明夫さんのうれしげな表情と、これを棺に納めたときの祖父母の悲嘆を想像し、1世紀近い空白が少し埋められた気になったのである。

この時(2006年)は朝日新聞のライブラリーから借りたが、今回(2017年)、それとなくネット検索していたら、なんと全86冊がそろっている古書店が名古屋に遭った。



セットで160万円。それだけの価値はあるだろう。名残惜しい1冊だけ見せてくれとは言えない。
| 日記・つぶやき | 22:57 | comments(0) | - |


ご町内紅葉散歩
昨日よりも雲はあるものの、太陽の光が降り注いでいるのでご町内に散歩に出かけた。
豪徳寺ではないお寺だ。
そもそもが運動をするように言われているのだが、ゴルフもサイクリングもする気が起きず、ランニングをしたら死んでしまいそうなので、散歩にしている。
大した距離や時間を費やしているわけではないが、意外にも体調がよくなっている。

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こちらはこじんまりとした、それでいて木造の本堂が大きい、昔ながらの寺である。

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坊さんらしき人が庭を掃き清めていた。しかし最近は寺の掃除や仏事全般を請け負う会社があるらしい。その会社は事務所に朝7時に出勤とのことだ。

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小ぶりな庭だがもみじをはじめとして赤く色づいている木は多い。

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雲はかなりの速度で流れており、淡い青がこれまたよい風情だ。

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鐘楼も紅葉が降りかかっていい雰囲気だった。

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今日のカメラもコンデジのCANON IXY640で、ニコンD5300なら紅葉モードがあるのだが、おうちで留守番だ。

富士山が丹沢の山並みから頭を出して、きれいに見えた。近くのビルの三階からの撮影だ。

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いよいよ今週末から師走になる。
| 日記・つぶやき | 11:23 | comments(0) | - |


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