CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
Twitter




Amazon左

















MOBILE
qrcode
後輩の仏前に手を合わせる
昨年5月1日に急死した、前の会社の後輩の旧姓:鎌田有希子さんのお宅にお邪魔をして、仏壇に手を合わせに行った。

IMG_4638.jpg

昨年のゴールデンウィーク、四国88カ所札所めぐりをしているときに訃報を聞いた。通夜葬式とも四国にいるので参列できず、家が近所のため線香をあげに行こうと思ったが旦那さんとの日程が合わなくて、今日になってしまった。なんとか一周忌に間に合った。

なによりショックなのは2016年12月21日に急死した馬場浩士クンと一緒に自転車部と称してあちこちにサイクリングに出かけた仲だったのだ。呪われた自転車部か。
ちなみに彼女の誕生日は12月21日で、奇しくも馬場ちゃんの命日と同じだ。

当時会社のあった神田多町に自転車屋ができて、4人で自転車を買った。私は学生時代に自転車部だったため、自転車に愛着があったし、またあのころのように走りたいと思ったのだ。そして彼女と家が同方向なので、靖国通り経由で40分ほど乗って帰った覚えがある。その自転車屋はとうにつぶれたが。
私もその時の自転車がいよいよギアが入らなくなって、今年2月、ほかの粗大ごみと一緒に処分した。



1997年、山梨県の勝沼ワインフェアで。

1997-09-11.jpg

彼女は小柄だががっしりしており、私がネを上げてしまう坂道も、ギリギリと登って行くパワーを持っていた。
馬場君もだ。がっしりした人ほどもろいのか。

1997-09-19.jpg

そんな自転車部は勝沼の他に館林や館山で「活動」をしたが、彼女は転職し、いつの間にか自然解散になった。

昇仙峡にて。

1997-09-24.jpg

家が近いのでうちに遊びにも来た。

07100233.jpg

フリーで仕事をしているため健康診断もロクに受けておらず、気づいたときは手遅れで、気を失うように自宅から救急搬送をされて、意識もないまま亡くなったという。
さぞ無念だっただろう。ご冥福を祈ります。

こうして仲の良かった後輩たちが次々に死んでいく。
私の葬式に来てくれるはずの人が次々といなくなる。

老後は馬場ちゃんと一緒にあちこちに写真を撮りに行って遊ぼうと思っていたのにそれも叶わず、どういう老後を過ごせばいいのか、ヒマな老後はもうすぐそこまで来ており、どういう老人になればいいのか、それがわからない。

| 日記・つぶやき | 20:50 | comments(0) | - |


種村直樹氏 墓参と花見
東京の桜は散り始めた。
毎年、小金井公園で開催していた花見を、今回は種村直樹氏の墓参をかねて、墓所で花見となった。花見が先か墓参が先か。

IMG_4340.jpg

十数人が集まり、それぞれが手を合わせる。

IMG_4315.jpg

墓所の桜は散り始めというもののまだまだ見ごろで見事だった。

IMG_4341.jpg

色の濃い桜も多くて、バランスがとれている。種村氏もさぞお喜びだっただろう。

IMG_4330.jpg

墓参後、居酒屋に場所を変えて、日のあるうちから飲む飲む。
それにしても、白髪巨腹の老人同士の、再雇用がどうたらこうたらの話題ばかりである。

フレンチフライは鰹節がかかっており、初めての味わい。

IMG_4355.jpg

料理はどれもおいしい上に、おねいさんがみな美人である。この店はエライ。

IMG_4357.jpg

卵黄つくね。黄味がとても濃厚だ。
黄味だけ食べた人とつくねだけ食べた人がいて、両方をミックスしてさらに食べた。

IMG_4361.jpg

「旅と鉄道」の芦原伸氏が、鐵道読み物アンソロジー「鉄道エッセイコレクション」を出版し、種村直樹氏の文章も乗っているとかで1冊いただいた。北川クン、活躍しています。



明るいうちからすっかり出来上がってしまい寝に帰った。
種村氏は死してなお弟子たちを走らす。それもさすがで見事だ。

  
| 日記・つぶやき | 20:49 | comments(0) | - |


私が祖父なら今日死んだ
祖父の生年月日と没年月日を私に当てはめると、私は今日死んだ。

祖父はかくも短い人生だったのだ。
しかしその人生はとてもマネのできない濃密で崇高なものだったと思う。
それに比べていかに自分が愚かしく、何もできない、成しえない人生だったのかと、忸怩たる思いと、これまでの取り返すことのできない時間への後悔ばかりが募る。

名称未設定-1.jpg

祖父の学歴も、職歴も、社会的地位も、いや、そんなものよりも人望も、どれ一つとっても超えるどころか近寄りがたく、祖父を思い起こせば、自分の情けなさだけが増幅される。

今から修行をしたところで、勉強をしたところで、祖父を超えられるものはない。もはや何もできないのはわかっている。だから悪あがきをしないで、粛々と生きるのみが祖父と並ぶことだと思う。

祖父は急死だった。
祖父の死の様子は、当時学生で同居していた叔父がしたためている。主語の「私」は叔父である。

私がただ一人、食事する部屋で勉強していたら、「どすん」という音がしてうめき声が聞こえてきた。すぐにトイレにかけつけると、父が後ろに倒れ大きな声を出している。隣の部屋で寝ていた兄も飛び起きて来て、私が頭、兄(私の父)が足の方を抱え、父を布団まで運んだ。トイレを出たときにがくっと力が抜けたので、そのときに心臓が止まったのではないかと思う。母もすぐに起きて、まずは医者をというので義姉(私の母)と私が未明の町に飛び出し近所の広島出身の年寄りのお医者さんを起こした。すぐに来てくれたが、「余程ひどい脳内出血でしたね」と言い、ご臨終であることを告げた。

私の母によれば、死の前日も私を連れて近所のパン屋、大英堂(現存しない)に行ってパンを求めていたそうだ。祖父は初孫の私を溺愛しており、私といるのが何よりも好きだった。大英堂に祖父が亡くなったことを告げたら「あら、先日も坊ちゃんといらしたのに」と驚いていたそうだが無理もなかろう。

名称未設定-2.jpg

私は祖父が死んだ歳になり、周囲では仲の良かった馬場浩士君が50歳で急死したし、兄貴として頼っていた小室周也さんも闘病生活の末亡くなった。一緒に遊んだり相談したりする人が続けざまに亡くなった。"老後"は彼らと旅行をして遊ぼうと思っていたのに、早くも叶わぬ夢となった。
なぜ彼らが死んで私が生きているのか、自問自答する。神が与えている私の愚かしい命は、何のためにあり、何をするべきか残すべきなのか、私にはわからない。
死が身近になったし、それよりも、自分も急死するのではないかと不安が募る。

私の命は、自分の好きなことをするためなのか、家族を守ることなのか、仕事や生活を通じて世のため人のために尽くすことなのか、何のために生きているのだろうか。
生の意味を反芻するが答えは見つからない。

D8C_4747.jpg

祖父がもう少し長生きしていればどんなことをしたのだろう。
物心の付く小学生のころまで祖父が生きていたなら、口うるさい祖母の盾になってくれたかもしれないし、逆に祖父から怒られたり老人特有の情けない姿を見せられたりで嫌悪したかもしれない。勉強を見てもらったり、プラモデルつくりを一緒にしてくれたかもしれない。
私にはまだ孫がいないし、いたら命の考えも変わるかもしれない。孫が生きがいになる日は来るのだろうか。

祖父の葬儀に使われた遺影で祖父はカメラを向いていない。
「おじいちゃんはおまえを見ているんだぞ」と、父が教えてくれた。

| 日記・つぶやき | 20:05 | comments(0) | - |


皇居乾通り一般公開 桜満開
東京の桜が早くも満開を迎え、皇居の乾通りが一般公開されている。秋の紅葉時期にも公開されることがあり、とてもきれいだったし普段は入れない場所なので、重たいニコンD810をかついで行ってきた。

IMG_4275.jpg

坂下門から入るが長蛇の列。外国人も多く、DJポリスは英語でも誘導している。
荷物検査とボディチェックをして中に入る。

D8C_4803.jpg

がきれいにみられる場所は都内でもほかにいくらでもあるが、皇居の中というのがユニークだ。

D8C_4810.jpg

石垣と桜のコントラスト。弘前城も金沢城も、地方の城でも桜がきれいなところはいくらでもある。しかしやはり石垣と桜の対比はぜひ写真に撮りたいものだ。

D8C_4811.jpg
D8C_4824.jpg

一本桜のように周囲から孤立している桜もある。

D8C_4812.jpg

長屋と桜。この長屋は下級武士の控えの間なのか住まいなのか。

D8C_4833.jpg

江戸城はわずか50年しか天守閣がなかったそうだ。でも白壁と石垣と桜はよく合う。

D8C_4840.jpg

全体的に白っぽい桜が多いが、一部、ピンクの花を咲かせている桜もあった。こちらのほうがきれいだ。

D8C_4852.jpg

道灌濠。池と桜もいい雰囲気だ。

D8C_4862.jpg

黄色い花と桜。

D8C_4873.jpg

しだれっぽい桜と石垣。

D8C_4882.jpg

白とピンクの桜が仲良く並んでいた。若干の逆光に映えて美しい。

D8C_4897.jpg

大きな枝ぶりの桜と石垣、そして背後の近代的なビル。

D8C_4900.jpg

乾門から出たが、最後にひときわピンクの桜が見送ってくれた。

D8C_4909.jpg

都内では新宿御苑や小石川後楽園など、桜が美しい庭園はまだまだある。ちまちま、行って写真を撮ろう。

| 日記・つぶやき | 20:41 | comments(0) | - |


東京の桜、満開
東京地方はようやく春らしい温かい天気になり、ニコンD810をぶら下げて近くの遊歩道まで散策に出かけた。が植樹されているのだ。満開と言っていいだろう。

この遊歩道は用水路が暗渠になっている。子供のころは用水で護岸がなされており、近くの工場から汚水が垂れ流されていた。もっと前は川だったようだ。暗渠になり、散策路として生まれ変わった。同級生の家もあった工場の大部分は移転か廃業した。

D8C_4766.jpg

左のマンションには有名人が住んでいる。

D8C_4767.jpg
D8C_4772.jpg

桜はピンクのイメージが強いが、ここの桜はかなり白い。ほとんど白と言ってよい。

植物の名前に疎くて恥ずかしいが、可憐な花が咲いている。

D8C_4768.jpg

考えることは皆同じでかなりの人出で、人が映りこまない写真はまず撮れない。

D8C_4774.jpg

幹から直接生えているように見える桜の花。
露出補正をしてアンダー気味にして、幹をもっと黒く表現するとよいと思う。

D8C_4786.jpg

近くの民家のピンク色の枝垂桜を交えての撮影。

D8C_4794.jpg

別の民家からは緑っぽい花を咲かす木が満開だ。

D8C_4796.jpg

まだ椿の花が落ちずに残っている。

D8C_4799.jpg

すっかり春めいたが、花粉がまだ飛んでおり目はしょぼしょぼでくしゃみ連発。
マレーシアでは花粉症は発症しなかったので、避暑ならぬ避粉に行くほどの金持ちになりたいが、今日も涙目の日々である。

| 日記・つぶやき | 12:23 | comments(0) | - |


MATTA Fair開催 マレーシア・クアラルンプール
毎年恒例のMATTA FAir(マッタフェア)が始まった。MATTAはマレーシアの旅行業界団体のことで、日本ならJATAと言ったところか。

IMG_3531.jpg

日本政府観光局JNTOが運営するジャパンゾーンは会場入り口から最も遠く、渡り廊下で川を渡った先で、入り口から地元旅行会社ブースをかき分けて到達まで10分はかかる。

IMG_3552.jpg

平日だけれど、午前中からかなりの人出。

長野県にはなんとマレー語のパンフレットが置いてあった。日本が作る海外向けパンフレットは通常は英語、または中国語なのだが、長野県はインドネシア人の訪県も多いらしい。通訳に聞くと、マレー語とインドネシア語は微妙に違うけれども、通じるらしい。

IMG_3562.jpg

沖縄県はイベントも実施しており、琉球衣装をまとったおねいさんもいた。

IMG_3581.jpg

たいていは単県事業なのだが、北陸新幹線ブースは沿線の埼玉県、群馬県、富山県、石川県の広域連携。関東から信越を飛ばして北陸と、キーは北陸新幹線である。

IMG_3615.jpg

東京観光財団TCVBはジャパンゾーンの近くだが独自展開で大きなブース。

IMG_3542.jpg

東武鉄道、東京タワー、イトーヨーカ堂などともコラボしている。イトーヨーカ堂は独自ブースも出展しており、インバウンドの訪日客を狙っているらしい。ドンキホーテも出展していた。

地元の旅行会社は販売に躍起になっている。かなり安いお得なツアーを特別に売り出しているらしい。JTBはムスリムツアーのコーナーもあった。

IMG_3603.jpg

先月のタイTITFは5日間でヘロヘロだったが、MATTAも夜9時まで3日間続くのだから、老体にはキツく、これが卒業旅行である。

| 日記・つぶやき | 22:37 | comments(0) | - |


SHIBUYA CAST おしゃれな多目的空間
小田急線の東北沢〜下北沢〜世田谷代田間の地下複々線化が完成し、17日から新ダイヤで運行を始める。下北沢は新宿と渋谷の交点であり、地下化で乗換が不便になり残念だ。

渋谷に行きづらくなったけれど渋谷に行く用事はある。
普段はめったに行かない、宮益坂方面に歩くと、ひときわ開けた空間に出た。

IMG_3123.jpg

看板はSHIBUYA CAST(渋谷キャスト)と読める。ホームページを確認したら、広場や多目的スペースがあって、イベントやシェアオフィス、賃貸オフィスなどがあるらしい。

IMG_3128.jpg

こんなものがあるなんて知らなかった。そもそも山手線電車からぼんやり眺めるだけで、この界隈を歩くことなどめったにない。

IMG_3125.jpg

渋谷キャストの前に1本の木があった。もしかしたら河津桜かもしれない。ピンク色の花を咲かせている。

IMG_3126.jpg

近代的なビル空間の植生にしては見事で華麗だ。

IMG_3127.jpg

渋谷キャストから明治通りを斜めに入る路地があり、そのコーナーに細いビルが建っている。

IMG_3124.jpg

右側の路地は旧渋谷川遊歩道とある。渋谷はその漢字の通り谷であり、だから地下鉄銀座線はビルの3階がホームだ。
旧渋谷川は、渋谷の谷を流れる川だったのだろう。

宮下公園はひところバスケットコートやスケボーの遊び場があったけれども、いつの間にか壊されて工事に入っていた。これもオリンピックのためなのだろうか。

IMG_3129.jpg

駅に戻る道すがら、ずいぶんと古ぼけたビルがあった。

IMG_3133.jpg

いまどき危ないと思う。おそらくは前のオリンピックのころに建ったのではないか。こうして見ると、木造建築は長持ちする。コンクリートは50年ほどでこんな具合だが、江戸時代から続く木造建築はまだまだ多く残っている。

しかしこの界隈には入ってみたくなる店がいくつかあったから、時間帯さえよければ食事をしたいと思った。
| 日記・つぶやき | 20:24 | comments(0) | - |


| 1/107PAGES | >>