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モノクロ写真をAIでカラー化する
NHK番組などで昔のモノクロ(白黒)写真やニュース映画をカラー化(カラーライズ)した映像を見ることがある。白黒だけの戦前の人々の様子がカラーになり、親近感や意外感を得て、とても興味深い。

フォトショップなどの画像加工ソフトで昔の白黒写真に色をつけてみようと思ったが、意外と難しくて辞めた。
そうしたら、ディープラーニングとAIで、簡単にカラー化できるサイトがあった。無料だが個人非営利利用だ。
ありがとうございます。

ディープネットワークを用いた白黒写真の自動色付け」で、早稲田大学の石川博教授、筑波大学の飯塚里志助教らが開発した手法で、画像の大域特徴と局所特徴を考慮した新たな畳込みネットワークモデルを用いることで、画像全体の構造を考慮した自然な色付けを行うことができる、とのこと。既存の大規模な画像データベースも参照して、自然な色付けがされるらしい。

早速試してみた。色付けしたい白黒写真はスキャンしてJPGにしておく。

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昭和31年(1956年)1月、温かい正月に縁側で撮影した家族写真だ。
左から母、祖父と私、父、祖母である。

この写真は瞬時にカラー化されたのだが、カラー化された写真を見てゾクゾクッとした。鳥肌ものである。小さいころから何度となく見ていた白黒写真が色が付いただけでこんなにも違うのか。
60年以上、白黒でしかなかった思い出の写真が、色が付いただけで非常な親近感と現実感に襲われた。

祖父はこの写真を撮影して四ヵ月後に亡くなったので、私は何の記憶も思い出もなく、当時はすでにカラーフィルムはこの世にあったものの、祖父のカラー写真は残っていない。かくいう私でさえ、現存する最古のカラー写真は1963年に撮影した小学3年生のときのものだ。

それが色が付くと、まさに現実に祖父がよみがえったようで、それは驚き衝撃と小さな興奮だった。

さらに試してみた。
siggraph2016_colorization」という別のサイトだ。@mecabさんが運営している。

こちらはモノクロ写真を一度グレースケール化してそれに着色する。

もとの画像はこちら。
同じ昭和31年(1956年)の正月に撮影したものだ。お気に入りのおもちゃを並べてごきげんな私である。古いアルバムをスキャンしたもので、写真はすでにセピア色に変色している。

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それを自動でいったんグレースケールにする(これはフォトショップでも簡単に出来るが)。

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それをもとにカラー化する。こちらは1工程増えるが、一連の作業は自動で、さほどの時間がかかるものでない。

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おもちゃに囲まれた幼い私。まるで現実だ。いや現実だったのだが、自分が生きてきたんだなとの実感が湧く写真だ。

別カットを石川教授のシステムでカラー化したのがこちら。
微妙に色合いが異なる。

1954-01-019color.jpg

こちらのほうが色が濃い。
中央の黒い屋根のブリキの自動車は覚えている。屋根は黒でボディは真っ赤だった。母によると保険屋さんからもらったのだという。
カラー化すると、赤とか青とか黄色とか、原色系はあまり鮮やかに再現されない傾向があるのはNHK番組でも感じていた。やはりどことなく黒くグレーに沈んだ色合いになる。右側の象のおもちゃはセルロイドでピンク色をしていて鼻が動いた。たしかに淡いピンク色になっている。

しかし、障子の下の板部分や、なにより縁側の茶色い木の色はまさにこの通りで、現代のカラー写真でもこの色になる。奥の畳の色も畳だ。これらや肌の色は画像データベースからAIが引っ張ってきたのかもしれない。

おもちゃの色を記憶をもとにフォトショップで着色してみた。
中央の黒い屋根に赤いボディの自動車は正確な色合い。右のピンクの象もこんな色合いだった。
ほかの車や左の機関車は想像だが、鮮やかさが増した。



そして生後100日に母と写真館で撮った写真の比較。

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色の鮮やかさはないが、白黒とカラーでは存在感が違う。

母にこれらの写真を見せたらやはり驚いて、いまだに記憶があるのか、着物の色もほとんど忠実だという。

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再掲するが、縁側の一家の写真を見た母が言うには、
母の着物はもっと鮮やかだった。この着物は今も捨てないでとってあるが60年出していないのでどんな色や柄か、細かいことは忘れた。
おじいちゃんの着物は茶色がかっていた。
私の服は母が縫ったもので茶色だった。
靴下は青と白のストライプで一番上のズボンに隠れているところは赤だった。
シャツは白と水色の縞模様だった。
おばあちゃんは大島絣で薄い茶色で模様があった。色は大体この写真の通りである。

と素晴らしい色再現、そして母の記憶である。
祖父の着物は濃紺と思っていたが茶色がかっていたのか。それがその通りに再現されている。

色が付くだけでこんなにも印象が違うとはそれも驚きだが、昭和の記憶が平成最後によみがえった。
| 写真 | 17:52 | comments(1) | - |


清川泰次記念ギャラリー「昭和の学生旅行」に行く 世田谷美術館分館
東京都世田谷区に都営の砧公園があり、私は「世田谷のセントラルパーク」と呼んでいる。
その砧公園の脇に世田谷美術館があり、私は「世田谷のメトロポリタン美術館」と呼んでいる。
地方から人が来たらぜひご案内したいと思っている。徳島県の大塚国際美術館ほどの規模ではないが。

世田谷美術館には区内に分館があるのは知っており、しかし世田谷区は道路が複雑なので有名で、弦巻の向井潤吉アトリエ館はバイクで近くまで行ったけれどもたどり着けなかった。そうしたら成城に清川泰次(きよかわ・たいじ)記念ギャラリーがあるのを知り、清川画伯の学生時代の旅行のスナップ写真展を開催しているので行ってきた。

清川泰次「昭和の学生旅行」。

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世田谷区には多くの芸術家が住んでおり、清川画伯も戦後まもなく二科展に入選してこの地にアトリエを構えた。2000年(平成12年)に亡くなったが、土地建物を区に寄贈して、こんにちに至る。

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清川泰次は1919年(大正8年)に浜松市に生まれ、1936年(昭和11年)に慶應義塾大学予科に入学し、1944年に経済学部を卒業した。学徒出陣にはひっかからなかったのか。
在学中の修学旅行などをライカで撮影しており、セレブなお坊ちゃまだったと伺わされる。

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写真部に所属していたとのことで、絵でなくても写真でも成功したのではないかと思うほどの、きれいな写真を撮っている。木村伊兵衛撮影といわれれば信じてしまう。しかもアルバムがまるで写真と旅行のガイドブックのように非常に丁寧に作られており、一部しか見られなかったが、このアルバムを復刻して欲しいくらいだった。
歩いている人がぶれて写っているので、おそらくシャッター速度は1/30秒以下だ。フィルムはさくらパンFとのことで、ISO感度は32くらいではなかったか(標準は100)。
写真に写っている人だけぶれているし、三脚は使っていないようだから、ライカをしっかり構えて撮影していたのだ。

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使った写真機材の写真もあり、ということは二台以上のカメラを持っていたか、友達のカメラで映したのか。

「何百という付属品を持つライカは、それだけでも趣味は尽きない。あらゆる方面に持ちうることができるのである」と冒頭に書いており、この一文を読んだだけで私もライカが欲しくなった。昔のライカは1台で家1軒というほどの高額だったが、今は車1台分の値段だ。

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鎌倉、奈良、日光の、変わっているようで変わっていない風景がよみがえっている。
| 写真 | 18:29 | comments(0) | - |


羽田空港撮影スポット:京浜島つばさ公園と城南島海浜公園
飛行機の写真を撮りたくて羽田空港の撮影スポットを探したら、運河を隔てて羽田空港に面している大田区の公園があった。ニコンD810に28-300mmレンズをつけて行ってきた。



●京浜島つばさ公園
クルマでないと行きにくい。8台ずつ停められるAとBの二つの駐車場がありBは土日祝日のみだ。駐車料は無料。

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バーベキューが出来る広場もある、海に面した細長い公園だ。

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遠くに管制塔が見えた穏やかな天候だったが空の色は雲が薄くかかっていて白っぽかった。

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煙突の煙がまっすぐ上がる、穏やかな天気だ。

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誘導路が海に長く突き出ているが、どうやらこのA滑走路のコースは今日は利用されていなかった。風向きや混雑具合によるのだろう。

飛行機は思ったほど大きく見えない。しかし韓国海軍ならびっくりしてレーダーを照射してしまうのだろう。

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雲が少ない、青空の部分もあるが、飛行機のアングルがよろしくない。飛び上がる機首が上向きのシーンを撮りたかった。

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●城南島海浜公園
そこで、飛行機の見え方が違うだろうと、対岸に見えた城南島海浜公園へ行く。運河を大回りするので意外と時間と距離がある。クルマでないと行きにくいし、電車やバスで行くつもりもない。

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こちらは遮断機が降りる駐車場で料金は1時間100円。

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第1と第2駐車場があり、第2が道路の角からすぐだったので入ったら飛行機が見える場所から遠かった。飛行機を見るなら第1をお勧めする。
公園は砂浜もあるが、遊泳禁止だ。

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さきほどの誘導路が伸びている。これに誘導されての離着陸は、この公園で見たらさぞ豪快だろう。

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飛行機は右肩上がりで写る。

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しかし空が白くて残念だ。しかも空港が南にあるので逆光になり、空はますます白く写る。逆光や太陽をうまく活かして撮影する方法もあるが、今回はしっかりと青空に映える写真を撮りたかったのでロケハンということにしておく。

青空の部分は飛行機の機首が下がってしまい、狙いとは違うのだ。

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砂浜でダルメシアンを連れた婦人が散歩をしており、向こうにオレンジ色の船が見えたので、合わせてみた。

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親子連れが散歩をしていた。お父さんは昼間は休みなのか。

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真っ青な青空の日に、もう一度撮影に来たい公園だった。

  
| 写真 | 18:46 | comments(0) | - |


ふれあい給食と昔の写真のスキャン
かつてフィルムで撮影していた写真の大部分はデジタル化しており、パソコンやスマホですぐに見られるのだが、ごく一部、デジタル化していない写真もあって、気になって取り出してみた。

たとえば父が孫たちの小学校に招待されて一緒に給食を食べるという「ふれあい給食」で、学校からすれば地域貢献・理解促進、子供たちや祖父母からすれば核家族化の中の年の離れた人たちとの交流という場の写真だった。父の写真なのでデジタル化はしていなかったのだ。

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今となっては失うものばかりなので、父が楽しみにしていたふれあい給食の写真をデジタル化できないかと考えた。
かつては大量にスキャンしてもらうのは地方の業者にネガフィルムを送って依頼していた。しかし今回は少量だし、東京のカメラ店でもやってくれるかもしれないが、そこまで行くのが面倒だ。

そこで妹のプリンタ、CANON PIXSUS MP800がフィルムとデジカメの狭間の時代のプリンタなのでフィルムスキャナー機能がついており、借りてみた。

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ところが2年前からインクカートリッジが入っているにもかかわらず認識されない故障中らしい。
しかしフィルムスキャンにインクは不要である。

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だが動かない。

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ひとつでもエラーがあるとすべての機能が使えない、バカなプログラムになっているらしい。

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悪戦苦闘したがあきらめた。
MP800は製造中止どころか修理の受付も終わっている。捨てるしかない。

だがしかし同時プリントの紙焼きがミニアルバムに入っていたので自分のCANON MG7730のスキャン台にサービスサイズの写真を並べてみた。

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すると見事にスキャンされただけでなく、1枚ずつ自動的にファイル化されたのだ。



スキャン台に置くとき、多少なりとも傾いてしまうがそれも自動補正されている。天地が90度ずれるのはビューワーで直し、さらには撮影日付を当時のものにして位置情報を追加した。

こうして「ふれあい給食」の写真はデジタルで再現された。

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楽しそうな父と、幼いころの子供たちの姿が、書棚の箱の奥から苦労して出すのでなく、簡単に閲覧できるのはデジタル化の大きなメリットだ。

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そもそも、いまどき「ふれあい給食」なんて行事は行われているのだろうか。そこで写真を撮ってもいいのだろうか。運動会もうるさいといわれる世知辛い世の中なので、どうなっているか、わからん。

いっぽうで、写真ファイルを格納しているハードディスクやDVD-Rが災害その他で破壊・水没するとまず再現できない。その点、紙焼き写真はもともと現像液につけて作るから水には強い。
もっともよいのは、大事な写真は紙焼きも作っておくこと、そしてデジタル化した写真はクラウドにあげておくことだろう。

※フィルムのスキャン業者は、需要の低減と機械の故障・メンテナンス終了などでどんどん撤退しています。もし、大量に依頼したいのなら、今のうちです。
例:写真フィルムのデジタル化サービス
節目写真館

※フィルムスキャナーは市販されていますが、家庭用はものすごく時間がかかります。

  

| 写真 | 11:31 | comments(0) | - |


ニコンZ7、Z6発表 フルサイズミラーレス一眼
かねてから出る出る出すとティーザー広告を続けていたニコンのミラーレス一眼がついに発表になった。
「ニコン Z7」「ニコン Z6」である。

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9月中旬に発売予定で、Z7ボディが44万円程度、Z6ボディは27万円程度とのことだ。

マウントがFマウントに変わって大口径のZマウントになった。そのため、明るいレンズが登場する。また、従来のFマウントレンズの大部分をマウントアダプタFTZを介して、まったく同じように使える。焦点距離が変わったり、AFが使えないような不都合はない。※ごく一部の例外はある。

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24-70mmのズームレンズと35mm、50mmの短焦点レンズが同時に発表され、Zマウントシリーズのレンズも今後続々と登場するとロードマップがある。

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大口径のため、58mmF0.95という、数値的には肉眼より明るいレンズも登場予定だ。

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カメラの特徴として、
1. 像面位相差AF画素を搭載した新開発の裏面照射型ニコンFXフォーマットCMOSセンサー
「Z 7」は、有効画素数4575万画素、「Z 6」は、有効画素数2450万画素。

2. フォーカスポイントが撮像範囲の約90%をカバーするハイブリッドAFシステム
「Z 7」は493点、「Z 6」は273点のフォーカスポイントが、撮像範囲の水平、垂直約90%という広い範囲をカバー。

3. 解像感の高い画作りを実現する新画像処理エンジン「EXPEED 6」と、映像表現をサポートする新機能

4. ニコンの優れた光学技術と画像処理プロセスによる、クリアーで自然な見えを提供する電子ビューファインダー

5. 直感的な操作を可能にする、ニコンならではのエルゴノミクスデザイン

6. 広いダイナミックレンジをもたらす10bit「N-Log」やタイムコードなどを搭載した、プロのニーズにも応える動画撮影機能
「Z 7」「Z 6」は、フルフレームでの4K UHD(3840×2160)/30pだけでなく、フルHD/120pの動画撮影も可能。

7. 約5.0段の高い効果を発揮する、ニコン初のカメラ内センサーシフト式手ブレ補正
カメラ内手ブレ補正(VR)を搭載しており、マウントアダプタFTZを介してVR非搭載レンズを含むNIKKOR Fレンズ使用時にも効果を発揮。

発表は午後1時からネットでも中継された。

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ほしいけれども、むしろ小型の持ち運びが容易な旅行用・日常用のミラーレス一眼がほしい。となると現時点ではフルサイズではムリかな。
| 写真 | 21:19 | comments(0) | - |


鉄路彩々 助川康史写真展に行く 新宿ニコンギャラリー
鉄道写真家の助川康史氏が、ニコンD850、D500で撮影した鉄道写真の写真展、「鉄路彩々」を鑑賞してきた。ニコンプラザ新宿は新宿THE GALLERYと言うらしい。

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うれしいことに写真撮影OK、SNSもOKだ。最近は撮影禁止にするよりもあえて撮影してもらって拡散したほうが効果が高いとわかってきたのだろう。書店も、立読みをさせたほうが売り上げがあがるらしい。

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鉄道写真の多くは望遠系で撮影されていると思いがちだが、意外と超広角を駆使して、風景に溶け込ませるような写真が多かった。最近のはやりかもしれない。

たとえば、この写真は実際にこの撮影場所に行ったら、望遠でSLを撮りたくなる。

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だがあえて超広角で風景の一部として鉄道を見せている。

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ニコンD850とD500、超広角ズームレンズが付いている。そして鉄道模型。

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もう一つの写真展があり、山田實氏の「きよら生まり島---おきなわ」。<きよらうまりしま>と読むそうだ。
山田氏は昨年亡くなったがこの写真展は生誕100年記念で、ということは99歳まで生きたのだ。
もともとは兵庫県の生まれだが、すぐに沖縄で暮らし始め、戦中戦後はシベリア抑留を経て、沖縄に戻ってきて、沖縄の人々を撮影し続けた。

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沖縄のニッコールクラブ(ニコンのファン組織)の会長をして、ニコンSPで撮影をしていたようだ。

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写真は主に1950年代60年代で、戦後の沖縄の人々の元気な姿が活写されている。

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言い換えると、この写真に写っている大人の人々は沖縄戦を生き抜いた人たちだ。笑顔からは苦労はみじんも感じられない。

もともとは鉄道写真を鑑賞しに行ったのだが、二つの、まったくタイプが異なる写真展を観られたのは良かったと思う。

  
| 写真 | 18:20 | comments(0) | - |


CP+ シーピープラス2018に行く パシフィコ横浜
カメラと写真映像のワールドプレミアショー「CP+2018」に行ってきた。場所はパシフィコ横浜だ。4日まで。

入口の看板を撮ろうとしたら、一瞬のスキをとられて電話をするやつスマホを観て立ち止まるオヤジが前に立ちはだかってしまった。ちなみに帰りも看板の前で荷物を広げるヤツがいて、きれいに撮れませんでした。撮り鉄なら「ドケ!」と言うのだろう。私はありのままを撮ります。

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馬場浩士クンが愛用していたオリンパス。自動露出が合わなかったが、あの遺品のカメラはどうなっただろう。
ちなみに私が生まれて初めて父から買ってもらったカメラはオリンパスペンEESというハーフサイズカメラだった。

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このブログを書いているマウスコンピュータ。画像処理エンジンの高性能機をアピールしていた。

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ニコンD810のカメラバッグであるハクバ。写真用品機材の老舗だ。

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富士フイルムはブランディングが成功しており、特にレンジファインダータイプの高性能コンパクトデジカメはどれも欲しいものばかり。レンズとのラインナップも素晴らしい。
ちなみに14年ほど前は富士フイルムのファインピクス4700Zを使っていた。縦長のユニークな形をしたデジカメだった。

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このブログ記事用の写真はもっぱらキヤノンIXY640で撮影している。

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キヤノンブースで待ち合わせをしている男女がいて、邪魔だった。卓上の説明ボードを作った業者とかで自慢された。そうとは知らなかった。素晴らしい出来である。

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SONYはブログ用にサイバーショットDWC-WX50を使っていた時期があった。

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今最も欲しいおもちゃはドローンである。DJIのMAVIC AIRは豆腐程度のサイズでとても軽い。スマホをモニターにできる。

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各ブースでは写真家による説明会イベントを随時開いていた。ニコンブースはおなじみ、鉄道写真家中井精也先生の講演が大盛況。
只見線で撮影した写真を披露してくれたが、

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天気が違うけれども私の撮影した写真とは雲泥の差である。

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解説を聞くと、レンズを変えたりマニュアル露出をしたり、ホワイトバランスを変えたり、アンダー気味で撮影したりと、いろいろ操作をしているのだが、よく瞬時にその判断ができて最高の写真が撮れるものだと感心する。さすがプロとしか言いようがないが、どうやってその判断やカメラ操作ができるのか、私にはわからない。たぶん永遠にわからない。

リコーはペンタックスを吸収した。リコー製のうすべったいマルチアングル液晶のカメラを使っていたことがあった。

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腕がしびれるほどカタログをもらってきた。普段、手にしないようなものを中心にいただいた。それを読むのか、ましてや買うのか。

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昔のようにホイホイとは買えなくなってしまってさびしい。
| 写真 | 19:13 | comments(0) | - |


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