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JTB国内旅行 最大3000ポイントキャンペーン 9月30日まで延長
GOTOトラベルキャンペーンは総理大臣が変わって変化があるかもしれない。
それは東京解禁だ。

9月中旬ならコロナの具合と見計らってちょうどいい時期ではないか。新総理大臣からのプレゼントのようなものだ。一時的に旅行業界や東京都民は盛り上がるかもしれないが、その先に何が待っているか、わからない。

ところでJTBはGo To トラベルキャンペーン+(プラス)を展開しているが、8月31日までだったのを9月30日まで延長する由。GOTOの評判がよくなく、思っていたほどの収益になっていないからだと思う。最初から延長のつもりだったのだろうが。



このキャンペーンはエントリーが必要で、

| 7/22以降のご旅行分から対象

|   1回目のご旅行で:1,000ポイント
|   2回目のご旅行で:1,500ポイント
|   3回目のご旅行で:2,000ポイント
|   4回目のご旅行で:2,500ポイント
|   5回目のご旅行で:3,000ポイント

|   以降毎回    3,000ポイント
|   ※最大10回目迄

2カ月に5回も旅行をするかと思うが、昔の私ならそのくらいしていたかもしれない。



今はエントリーもしません。
GOTOは2021年1月31日まで続く予定です。
| 旅行・鉄道 | 20:23 | comments(0) | - |


代理旅行 行けないあなたに代わって行きます
昨日の夕刊フジに連載の、日本元気シニア総研の鈴木準先生の【ABS世代が「シニア」を変える】に私のことが紹介された。本日、WEBでも読めるようになった。ありがとうございます。
ABS世代とはActive Bubble Seniorのことで、バブル期で遊びつくした昭和30年代に生まれたおじさんおばさんたち。彼らも還暦だが、従来の「老人」とはまったく異なる考え方、消費行動をする。だからこれまでと違うマーケティングをしなければ商品は売れなくなるが、どの大手企業もペルソナは磯野波平だと、鈴木先生は嘆く。

【ABS世代が「シニア」を変える】旅行もオンラインで行く時代! テクノロジーの進化で可能になること



先週の記事はこちら

コロナ禍で旅行需要も消滅したようなものだが、それでも観光業者は生き残るためにさまざまな手を講じている。
中でもWEBを使った新しい事業が多く、私は3つの提案をした。

一つは「グルメ体験旅行」。地方の特産品を取り寄せる人は多いが、それをアレンジして地元の名産品が届くのだが半製品で、WEBで作り方を地元の名人に教わりながら料理を作り、みんなでいただくのだ。あるいは工芸品の材料が届いて、テレビ電話で地元の先生の作り方を観ながら、あるいはこちらから途中経過を映して報告しながら、完成させていくものだ。

次は「女将さんご案内旅行」。バーチャル宿泊プランで申し込み、ZOOMなどのテレビ電話で「宿に着く」と女将さんが画面で出迎えてくれて、室内や温泉を案内。あらかじめ送ってもらっていた板前さんの料理を食べながら、地元観光協会の紹介ビデオを見ながら食す。温泉の素や旅館のタオルもおまけについているので、家のお風呂で温泉に行った気分になる。

三番目が「代理旅行」。これはコロナでなくても考えられる形態で、体が不自由になったり忙しかったりで、実際の旅行には行けないお客様に、子供のころに住んだ町や思い出の観光地を代理人が旅行をして、その映像を届けるもの。

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ライブで映像を届けたり、写真やビデオを撮影して送ったり、ぬいぐるみや写真が代わりに旅行をしたり、プランはいろいろある。墓参代行もあるから旅行代行もあっていいだろう。

この代理旅行はかなり考え込んでいて、仕事のまったくない全国組織の大手旅行会社に、よほど売り込もうかと思っている。全国に高齢社員やOBがいるのだから、彼らを代理人として配置すれば、拠点からの旅費が浮くし即応できる(代理人が役に立てばだが)。

実際にバーチャルツアーをやって評判になっている例もある。琴平バスがコトバスオンラインツアーとして団体旅行を提供している。私が考えたのは個人旅行で、個人個人それぞれの思い出の場所、行きたい場所に代理人が行って、映像を送る仕組みだ。
お客様によってZOOMだったりLINE電話だったりSkypeだったり、写真をメールで送ったり仕組みは選べる。
NHKBSの火野正平の「こころ旅」のリアル版と思ってください。

代理旅行は東京を起点として旅費も払っていただけるなら、私でも商売可能なビジネスだ。元手もほとんどかからないし、自分自身が旅行できる。
ただし、これを依頼する客は横柄な老人が多いと思うので、カン違いから「そこじゃない」とか「違う!」と言われるリスクがあるなと思った。

だから、ホームページを作ってGoogle広告で誘導して募集し、実施しようかと思ったほど考えこんだのだが、辞めた。
| 旅行・鉄道 | 22:07 | comments(0) | - |


三徳山三仏寺 断崖絶壁の投入堂 鳥取県唯一の国宝
最近、テレビで三徳山三仏寺(みとくさん・さんぶつじ)がよく紹介される。
断崖絶壁を登りきると、がけの中腹に奥院である投入堂(なげいれどう)と呼ばれるお堂が現れるが、どうやって建てたのかわからない。単にはめ込んでいるだけのようだが、台風でも壊れない。鳥取県唯一の国宝だそうで、世界遺産登録ももくろんでいるらしい。

今を去る50年前(四捨五入)、1973年の8月に、高校の写真部の合宿で山陰にロケに行き、誰が見つけたのか三徳山三仏寺に行くことになった。それまでこのようなものがあるなど、知らなかった。後輩たちに促されるようにして行ったのだ。

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道中は鎖で登ったり、木の根を階段にしたり、たいへんな山道だったが、高校生には楽しいアスレチック。

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割と軽々と、うへぇ〜と言いながら楽しんで登って行った気がする。

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テレビではやたらたいへんなように見せているだけだが、もちろん軽々というわけでない。

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登り切った三人でセルフタイマーで撮影。ヘロヘロである。

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しかし本当にこれはどうやって作ったのだろうか。平安期からあるそうだが、昔の人は偉かった。信心だけで作れるものではなく、仏の奇跡でもなく、そもそもここに奥院を作ろうと思った発想自体、何を考えているのだか、人が作ったものとは思えない。

帰り道は急坂を下るから、上りよりたいへんだった。

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また行ってみたいが、さすがにもう登れないだろう。

| 旅行・鉄道 | 21:00 | comments(0) | - |


1969年の修学旅行 京都・奈良 ひので号に乗っていった
昔の写真をスキャンしている。
1969年4月、中学三年生になった春に京都・奈良に修学旅行に行った。東京の中学校の定番コースである。時期が春なのは、秋だと受験に影響が出るので4月に実施されていた。

当時の愛機オリンパスペンEESに初めてくらいにカラーフィルムを装填して撮影した。

まずオリンパスペンEESはハーフサイズのカメラだった。ハーフサイズとは通常の写真は35mmフィルムに24*36mmで映るのだが、オリンパスは24*18mmで写るカメラを開発していた。つまりフィルムが倍使えるお得なカメラだったが、プリント代も倍かかり、本当にお得かどうかわからなかった。

2020年になってパレットプラザでスキャンしてもらったが、スキャン代も倍かかった。

4月23日朝、みんなで品川駅に行く。そこには修学旅行列車の「ひので号」が入線していた。すでに東海道新幹線は開業していたが、往復とも東海道本線を走る<ひので号>での旅行だった。実はひので号は絵本で観ており、「青春の思い出作りの憧れの修学旅行専用列車」の印象が強く、乗りたいと思っていたし、乗れてうれしかった。

しかしまだ鉄っちゃんではなかったので、ひので号の黄色と赤の車体は撮影していない。

その代わり、車窓を走る蒸気機関車D51や、

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ひので号に座っているクラスメートの岩崎君を映している。

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で、岩崎君よりも車内の設備を見てほしいが、対面式の座席の前にテーブルがあるのだ。これでお弁当を食べたり、車窓を見てメモを取ったりした。
旅の栞はすでにないけれども、「浜名湖ではウナギの養殖が盛ん」などの文言は覚えている。

そして座席の上がそのまま荷物棚になっている。
椅子にかけてある水筒が時代を感じる。

ひので号の座席は3列2列の新幹線の普通車の並びだった。子供が大勢いた時代なので、そうやって詰め込んだのだ。そして行きか帰りは夜行になるので、座席の仕切りが枕代わりになっていた。無表情の中島君の右に枕代わりの仕切りが映っている。

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一行はまず京都駅で降りた。すでに京都タワーはできていた。1964年の竣工とのこと。

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京都タワーには登らずバスで法隆寺に行った。

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法隆寺金堂は1949年に火災になり国宝の壁画も真っ黒に焼けたが、写真をもとに模写復元され、1968年、つまりこの修学旅行の1年前にはめ込まれた。
だから再現された金堂壁画をこのとき見ている。

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そして猿沢の池から見る大仏殿。もちろん大仏も拝んだ。

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奈良公園で鹿と戯れ、クラスメートに自分の写真を撮ってもらう。
まだほっそりとして神経質そうな紅顔の美少年だ。

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そして薬師寺東塔。創建当時から今に残っている唯一の建物だ。
三重の塔で、裳階(もこし)と屋根とがリズミカルなため「凍れる音楽」と評された。

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奈良では修学旅行専用と思われる宿に泊まった。残念ながら宿や部屋の写真は残っていない。木造二階建ての建物だったと思う。
おそらく枕投げをしたのだろう。生まれた時から鼻が悪く、のちにハウスダストアレルギーとわかったのだが、くしゃみの連発でとてもつらい夜だった。

翌朝、1階が土産物屋になっていて、宿のおやじが「奈良に来て奈良漬けを買わない人はいない」とだみ声で売り付けていたのを思い出す。商魂たくましく、社会の経済を垣間見た気がした。

翌24日は京都だ。
まずは金閣寺
金閣寺はプロパティ権にうるさく、こんな写真でも掲載すると怒られるようになるとはツユとも知らなんだ。

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大原三千院。ここは気に入った。のちに個人としても訪れている。

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慈照寺銀閣

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25日になっていると思うが、平安神宮

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そして清水寺

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随所で集合写真を撮ったが、これは薬師寺。西塔はまだ再建されていない。
写真の右端に奈良交通のガイドさんが映っているが、素敵なおねいさんで女の子たちは別れを惜しんでいた。50年経ってもそうやって思い出すから、素晴らしい職業だと思う。

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京都駅からの帰りのひので号は夜行だった。椅子の前のテーブルにつっぷしたり、椅子の仕切りを枕代わりにしたが、そう寝られるものでなかった。
26日朝、眠たい顔で品川駅に着いたのだろう。

小学校の修学旅行は日光だったので、初めての京都・奈良旅行で、教科書や本で観た・読んだ名所の数々を目の当たりにして、それなりに感動した。
そして中学生活の残り1年はワルガキたちと楽しく遊んだ。

周囲の「勉強していない」と称していた同級生たちと浮かれて遊んでいたら、そいつらは大体進学校(高校)に行ったので、本当に勉強していなかった私は取り残された。
もっと勉強していればよかった。

| 旅行・鉄道 | 20:31 | comments(3) | - |


岳南電車 終点江尾駅で完乗達成
2月11日の岳南電車乗り鉄&撮り鉄の最終章。

新幹線の撮影をして須津駅に戻り、電車に乗って神谷駅に。
神谷駅からは茶畑を背景にした電車が撮れるとのことで、駅を降りて西に歩いて川に出た。狭い橋で川を渡り、富士山が背景になる場所を探すがすでに雲がかかって山頂が見えるか見えないか。

鉄橋を渡る電車が何とか撮れた。

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でもこの左の木はだ。春になって花が咲けば、桜と電車と富士山の写真が撮れる。季節を考えてロケハンを兼ねての撮影もよいものだと思った。

神谷駅はホームだけの無人駅だが、地元の協力で花壇があり、花が咲けばきれいな駅で、季節を変えてぜひ来たい。

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川沿いで日向ぼっこをしていた老婆がやってきたので、今度は人を入れてローカル線の旅情を切り取ってみた。

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この電車は終点の江尾(えのお)駅行きで私は乗り込んだが老婆は乗らず、この電車が江尾で折り返した便に乗るのだろう。

江尾駅は終点だけれど無人駅。わざとレトロな駅名票が立っている。これで岳南電車は全線乗って完乗できた。

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江尾駅もかつては有人駅で、それなりの駅舎が残っている。竹細工があるのは、富士市が「竹取物語=かぐや姫」の里だから。それは今回初めて知ったのだが。

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ここから、1日フリー券なので吉原駅まで再度乗ってもいいのだが、地図を見ると南にJR東田子の浦駅があり、歩いて30分くらいだ。
同じコースをたどるのはつまらないので、種村直樹氏ならこの距離なら間違いなく歩くだろうと、私も歩く。

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殺風景な田園地帯だ。だが春は青い苗が植えられ、秋は黄色い稲穂が頭を下げるのだろう。
バスもタクシーもあるわけがなく、制限速度40km/hの道を倍以上の速度で爆走する車ばかり。

やっと東田子の浦駅についたが、駅の北側に入口がなく、だったら線路下をくぐるのだった。ずいぶんと遠回りをして南側の駅舎に着いた。

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なんと駅員がいて、超久しぶりに普通乗車券を窓口で人間から買った。小田原駅までJR東海と東日本をまたぐため、紙のキップを買わないとダメなのです。

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東田子の浦⇒小田原 の印字された指定券大のキップが出てきたが、大きなニコンD810をバッグにしまっていたので、撮影しませんでした。

こうして岳南電車乗り鉄&撮り鉄の旅が終わったが、とにかく楽しかった。
久しぶりだったことも、最近心が不安定だったこともあるが、リフレッシュできた。
天気予報を見て、改正を確信して富士山の絶景が眺められたのも大きい。
岳南電車は駅員さん運転手さん、みんな優しく親切で、沿線の人々も優しく、これがローカル線の味だと思った。
駅もきれいに整備されており、春になったら花がきれいだろう。また行きたいと思わせる仕掛けでもある。
世が世なら、旅から帰ってのお礼状を岳南電車に出してもいいくらいだ。

お礼と感謝の気持ちはこの文で代えさせていただきます。どうもありがとうございました。
また行きたいし、みなさんも行ってください。

| 旅行・鉄道 | 09:49 | comments(0) | - |


岳南電車 須津駅から新幹線撮影スポットへ歩く
2月11日の岳南電車乗り鉄撮り鉄の続き。
岳南電車を撮影するにあたり、Googleマップを見ていたら須津駅の南に「写真スポット」とある。



どうやら新幹線の撮影スポットのようだ。富士山をバックに疾走する新幹線の写真は富士川鉄橋が有名だけれど、ここでの写真も見たことがあるだろう。

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須津駅は「すど」と読む。どう考えても「すづ」か「すつ」である。
須津駅で降りて南へと歩く。ミニストップの前の路地というかあぜ道を歩いて新幹線の高架をくぐり田んぼの中を見たら、すでに先客が4名いた。一人は三脚の影に隠れています。

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中にはカメラにフィルター類をこんなにして取り付けている人がいる。

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私は広告屋なので数々の撮影現場に立ち会っているが、物撮り(ブツドリ=商品写真)やモデル撮影で、車両や風景撮影は立ち会っていない。このようにカメラを加工しているカメラマンを見たことがない。どうもすごい先生らしく、ファンらしいおじさんがいろいろと聞いていた。

で、富士山をバックにした新幹線。私は三脚なしのニコンD810による手持ち撮影です。もちろんドライブモードで連写している。どうしてもフィルム時代の感覚が残っており、連写はフィルムが無駄になる気がして使いづらく、デジタルカメラなんだけど普段はシングルモードでの撮影をしている貧乏性だ。でも、紅葉の撮影に行ったとき、風景なのにドライブモードで連写している人がいて、なんなんだと思った。

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ぐっと引いて広角28mmで。それでも16両全部は映らない。

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アップ気味で。シャッター速度は1/1250秒でフィルムカメラの時代だと1/1000秒でもかなりの高速シャッターだったが、写真を拡大してみたらそれでも新幹線は少しぶれていた。1/2000秒以上でないとダメみたいでこれは今後の勉強です。

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新幹線は5分おきに来るので何パターンか撮影出来たので引き上げる。ここでどんなに写真を撮っても、賞を撮るレベルは、例えば鳥が飛び立つなどの偶然性が必要だろう。
それと、カメラは水準器内蔵で水平を保っているはずだが、左(名古屋方面)がちょっと上がっています。わざと左に傾けて新幹線で水平を取るのもアリでしょう。

戻って高架をくぐるとため池があり鳥がいた。そこに新幹線。逆光だがこういうほうが写真に個性になるかも。

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3時を過ぎて、富士山に雲がかかるようになってきた。

| 旅行・鉄道 | 09:24 | comments(0) | - |


岳南電車 岳南富士岡駅の電気機関車
2月11日の、岳南電車、乗り鉄&撮り鉄の旅の続き。

吉原本町でランチを済ませ、吉原本町駅に戻る。

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ホームからじいさまが出てきて路線図を見せ「この写真、どこで撮れるんですか」と聞いてきた。



確かにこのような写真を私も撮りたい。そこで駅員に聞くと、具体的な場所はわからなかったようだが、ジャトコ前駅からさらに南に下った、つまりさきほど私が撮影した場所あたりから撮れるのではないかと。

私が撮影した写真も見せて、松屋脇から撮影することを薦めた。

じいさまは横浜から時々来ているらしく、CANONのでかいEOSを持っていた。「もう歩き疲れた」というので1駅だけれどジャトコ前駅まで乗って歩くことを薦める。じいさまは缶コーヒーをおごってくれて、先日の「鉄の流儀」で小竹直人先生が語った「必ず声をかける」流儀に従うと、いろいろと楽しいことがある。相手が不愛想ならばそれはそれでいいことする。

岳南電車は全駅から富士山が見えて、吉原本町駅からはこのように見える。

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私は下り電車に乗って岳南原田駅に行く。ここは工場が正面に見え、電車が工場内を走る、いかにも工場の町の駅。工場夜景がきれいなので夜景電車も走る由。

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ここでiPhoneの電池残量が早くも20%になってしまい、充電器は持ってきたがケーブルを忘れたので、やむなくセブンイレブンで2mのケーブルを買った。ほかでも使えるようにと長いものにした。

岳南原田駅から見る富士山。赤い電車はこれから乗る。

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岳南富士岡駅は車両基地があった駅で、すでに使われなくなった貨物用の電気機関車や貨車が保存、というか放置されていた。

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この駅は周囲は住宅地だけれども無人駅で、かつては有人でそれなりの駅舎がある。

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駅前を一周し、電気機関車を見る。

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錆びた機関車はそれなりに風情があり、いろいろ考えて写真を撮る。
下の写真は車止めにピントが合って機関車はボケているのだが、ボケが足りなかった。こういう時は絞り優先で開放気味にして撮るべきですね。

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岳南電車は地元の人の協力もあるのだろうが、各駅にが植えられてとてもさわやかだ。この時期なので咲いている花は少ないが、それでも花壇越しに貨車と富士山の構図。

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こういうとき、2016年に亡くなった馬場浩士君と一緒に来たらどんなに楽しかったかと思う。馬場が旅に付いてくるかわからないが、あれこれ話しながら構図を決めて撮った写真を見くらべたら楽しかっただろうな。

車庫には青い電車が留置されており、その脇から赤い上り電車が来た。2台の電車の対比を撮りたかったが、電柱が邪魔で2両の電車のバランスが悪いですね。影が斜めに顔をよぎっているし。

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乗る下り電車が来た。岳南電車は富士山が第一だが、周囲は工場地帯なので工場は無粋だけれども、上手に映しこむと岳南電車らしい写真になると思う。

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まだ先に進みます。
| 旅行・鉄道 | 09:07 | comments(0) | - |


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