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1969年の修学旅行 京都・奈良 ひので号に乗っていった
昔の写真をスキャンしている。
1969年4月、中学三年生になった春に京都・奈良に修学旅行に行った。東京の中学校の定番コースである。時期が春なのは、秋だと受験に影響が出るので4月に実施されていた。

当時の愛機オリンパスペンEESに初めてくらいにカラーフィルムを装填して撮影した。

まずオリンパスペンEESはハーフサイズのカメラだった。ハーフサイズとは通常の写真は35mmフィルムに24*36mmで映るのだが、オリンパスは24*18mmで写るカメラを開発していた。つまりフィルムが倍使えるお得なカメラだったが、プリント代も倍かかり、本当にお得かどうかわからなかった。

2020年になってパレットプラザでスキャンしてもらったが、スキャン代も倍かかった。

4月23日朝、みんなで品川駅に行く。そこには修学旅行列車の「ひので号」が入線していた。すでに東海道新幹線は開業していたが、往復とも東海道本線を走る<ひので号>での旅行だった。実はひので号は絵本で観ており、「青春の思い出作りの憧れの修学旅行専用列車」の印象が強く、乗りたいと思っていたし、乗れてうれしかった。

しかしまだ鉄っちゃんではなかったので、ひので号の黄色と赤の車体は撮影していない。

その代わり、車窓を走る蒸気機関車D51や、

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ひので号に座っているクラスメートの岩崎君を映している。

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で、岩崎君よりも車内の設備を見てほしいが、対面式の座席の前にテーブルがあるのだ。これでお弁当を食べたり、車窓を見てメモを取ったりした。
旅の栞はすでにないけれども、「浜名湖ではウナギの養殖が盛ん」などの文言は覚えている。

そして座席の上がそのまま荷物棚になっている。
椅子にかけてある水筒が時代を感じる。

ひので号の座席は3列2列の新幹線の普通車の並びだった。子供が大勢いた時代なので、そうやって詰め込んだのだ。そして行きか帰りは夜行になるので、座席の仕切りが枕代わりになっていた。無表情の中島君の右に枕代わりの仕切りが映っている。

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一行はまず京都駅で降りた。すでに京都タワーはできていた。1964年の竣工とのこと。

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京都タワーには登らずバスで法隆寺に行った。

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法隆寺金堂は1949年に火災になり国宝の壁画も真っ黒に焼けたが、写真をもとに模写復元され、1968年、つまりこの修学旅行の1年前にはめ込まれた。
だから再現された金堂壁画をこのとき見ている。

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そして猿沢の池から見る大仏殿。もちろん大仏も拝んだ。

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奈良公園で鹿と戯れ、クラスメートに自分の写真を撮ってもらう。
まだほっそりとして神経質そうな紅顔の美少年だ。

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そして薬師寺東塔。創建当時から今に残っている唯一の建物だ。
三重の塔で、裳階(もこし)と屋根とがリズミカルなため「凍れる音楽」と評された。

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奈良では修学旅行専用と思われる宿に泊まった。残念ながら宿や部屋の写真は残っていない。木造二階建ての建物だったと思う。
おそらく枕投げをしたのだろう。生まれた時から鼻が悪く、のちにハウスダストアレルギーとわかったのだが、くしゃみの連発でとてもつらい夜だった。

翌朝、1階が土産物屋になっていて、宿のおやじが「奈良に来て奈良漬けを買わない人はいない」とだみ声で売り付けていたのを思い出す。商魂たくましく、社会の経済を垣間見た気がした。

翌24日は京都だ。
まずは金閣寺
金閣寺はプロパティ権にうるさく、こんな写真でも掲載すると怒られるようになるとはツユとも知らなんだ。

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大原三千院。ここは気に入った。のちに個人としても訪れている。

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慈照寺銀閣

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25日になっていると思うが、平安神宮

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そして清水寺

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随所で集合写真を撮ったが、これは薬師寺。西塔はまだ再建されていない。
写真の右端に奈良交通のガイドさんが映っているが、素敵なおねいさんで女の子たちは別れを惜しんでいた。50年経ってもそうやって思い出すから、素晴らしい職業だと思う。

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京都駅からの帰りのひので号は夜行だった。椅子の前のテーブルにつっぷしたり、椅子の仕切りを枕代わりにしたが、そう寝られるものでなかった。
26日朝、眠たい顔で品川駅に着いたのだろう。

小学校の修学旅行は日光だったので、初めての京都・奈良旅行で、教科書や本で観た・読んだ名所の数々を目の当たりにして、それなりに感動した。
そして中学生活の残り1年はワルガキたちと楽しく遊んだ。

周囲の「勉強していない」と称していた同級生たちと浮かれて遊んでいたら、そいつらは大体進学校(高校)に行ったので、本当に勉強していなかった私は取り残された。
もっと勉強していればよかった。

| 旅行・鉄道 | 20:31 | comments(3) | - |


岳南電車 終点江尾駅で完乗達成
2月11日の岳南電車乗り鉄&撮り鉄の最終章。

新幹線の撮影をして須津駅に戻り、電車に乗って神谷駅に。
神谷駅からは茶畑を背景にした電車が撮れるとのことで、駅を降りて西に歩いて川に出た。狭い橋で川を渡り、富士山が背景になる場所を探すがすでに雲がかかって山頂が見えるか見えないか。

鉄橋を渡る電車が何とか撮れた。

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でもこの左の木はだ。春になって花が咲けば、桜と電車と富士山の写真が撮れる。季節を考えてロケハンを兼ねての撮影もよいものだと思った。

神谷駅はホームだけの無人駅だが、地元の協力で花壇があり、花が咲けばきれいな駅で、季節を変えてぜひ来たい。

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川沿いで日向ぼっこをしていた老婆がやってきたので、今度は人を入れてローカル線の旅情を切り取ってみた。

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この電車は終点の江尾(えのお)駅行きで私は乗り込んだが老婆は乗らず、この電車が江尾で折り返した便に乗るのだろう。

江尾駅は終点だけれど無人駅。わざとレトロな駅名票が立っている。これで岳南電車は全線乗って完乗できた。

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江尾駅もかつては有人駅で、それなりの駅舎が残っている。竹細工があるのは、富士市が「竹取物語=かぐや姫」の里だから。それは今回初めて知ったのだが。

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ここから、1日フリー券なので吉原駅まで再度乗ってもいいのだが、地図を見ると南にJR東田子の浦駅があり、歩いて30分くらいだ。
同じコースをたどるのはつまらないので、種村直樹氏ならこの距離なら間違いなく歩くだろうと、私も歩く。

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殺風景な田園地帯だ。だが春は青い苗が植えられ、秋は黄色い稲穂が頭を下げるのだろう。
バスもタクシーもあるわけがなく、制限速度40km/hの道を倍以上の速度で爆走する車ばかり。

やっと東田子の浦駅についたが、駅の北側に入口がなく、だったら線路下をくぐるのだった。ずいぶんと遠回りをして南側の駅舎に着いた。

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なんと駅員がいて、超久しぶりに普通乗車券を窓口で人間から買った。小田原駅までJR東海と東日本をまたぐため、紙のキップを買わないとダメなのです。

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東田子の浦⇒小田原 の印字された指定券大のキップが出てきたが、大きなニコンD810をバッグにしまっていたので、撮影しませんでした。

こうして岳南電車乗り鉄&撮り鉄の旅が終わったが、とにかく楽しかった。
久しぶりだったことも、最近心が不安定だったこともあるが、リフレッシュできた。
天気予報を見て、改正を確信して富士山の絶景が眺められたのも大きい。
岳南電車は駅員さん運転手さん、みんな優しく親切で、沿線の人々も優しく、これがローカル線の味だと思った。
駅もきれいに整備されており、春になったら花がきれいだろう。また行きたいと思わせる仕掛けでもある。
世が世なら、旅から帰ってのお礼状を岳南電車に出してもいいくらいだ。

お礼と感謝の気持ちはこの文で代えさせていただきます。どうもありがとうございました。
また行きたいし、みなさんも行ってください。

| 旅行・鉄道 | 09:49 | comments(0) | - |


岳南電車 須津駅から新幹線撮影スポットへ歩く
2月11日の岳南電車乗り鉄撮り鉄の続き。
岳南電車を撮影するにあたり、Googleマップを見ていたら須津駅の南に「写真スポット」とある。



どうやら新幹線の撮影スポットのようだ。富士山をバックに疾走する新幹線の写真は富士川鉄橋が有名だけれど、ここでの写真も見たことがあるだろう。

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須津駅は「すど」と読む。どう考えても「すづ」か「すつ」である。
須津駅で降りて南へと歩く。ミニストップの前の路地というかあぜ道を歩いて新幹線の高架をくぐり田んぼの中を見たら、すでに先客が4名いた。一人は三脚の影に隠れています。

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中にはカメラにフィルター類をこんなにして取り付けている人がいる。

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私は広告屋なので数々の撮影現場に立ち会っているが、物撮り(ブツドリ=商品写真)やモデル撮影で、車両や風景撮影は立ち会っていない。このようにカメラを加工しているカメラマンを見たことがない。どうもすごい先生らしく、ファンらしいおじさんがいろいろと聞いていた。

で、富士山をバックにした新幹線。私は三脚なしのニコンD810による手持ち撮影です。もちろんドライブモードで連写している。どうしてもフィルム時代の感覚が残っており、連写はフィルムが無駄になる気がして使いづらく、デジタルカメラなんだけど普段はシングルモードでの撮影をしている貧乏性だ。でも、紅葉の撮影に行ったとき、風景なのにドライブモードで連写している人がいて、なんなんだと思った。

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ぐっと引いて広角28mmで。それでも16両全部は映らない。

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アップ気味で。シャッター速度は1/1250秒でフィルムカメラの時代だと1/1000秒でもかなりの高速シャッターだったが、写真を拡大してみたらそれでも新幹線は少しぶれていた。1/2000秒以上でないとダメみたいでこれは今後の勉強です。

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新幹線は5分おきに来るので何パターンか撮影出来たので引き上げる。ここでどんなに写真を撮っても、賞を撮るレベルは、例えば鳥が飛び立つなどの偶然性が必要だろう。
それと、カメラは水準器内蔵で水平を保っているはずだが、左(名古屋方面)がちょっと上がっています。わざと左に傾けて新幹線で水平を取るのもアリでしょう。

戻って高架をくぐるとため池があり鳥がいた。そこに新幹線。逆光だがこういうほうが写真に個性になるかも。

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3時を過ぎて、富士山に雲がかかるようになってきた。

| 旅行・鉄道 | 09:24 | comments(0) | - |


岳南電車 岳南富士岡駅の電気機関車
2月11日の、岳南電車、乗り鉄&撮り鉄の旅の続き。

吉原本町でランチを済ませ、吉原本町駅に戻る。

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ホームからじいさまが出てきて路線図を見せ「この写真、どこで撮れるんですか」と聞いてきた。



確かにこのような写真を私も撮りたい。そこで駅員に聞くと、具体的な場所はわからなかったようだが、ジャトコ前駅からさらに南に下った、つまりさきほど私が撮影した場所あたりから撮れるのではないかと。

私が撮影した写真も見せて、松屋脇から撮影することを薦めた。

じいさまは横浜から時々来ているらしく、CANONのでかいEOSを持っていた。「もう歩き疲れた」というので1駅だけれどジャトコ前駅まで乗って歩くことを薦める。じいさまは缶コーヒーをおごってくれて、先日の「鉄の流儀」で小竹直人先生が語った「必ず声をかける」流儀に従うと、いろいろと楽しいことがある。相手が不愛想ならばそれはそれでいいことする。

岳南電車は全駅から富士山が見えて、吉原本町駅からはこのように見える。

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私は下り電車に乗って岳南原田駅に行く。ここは工場が正面に見え、電車が工場内を走る、いかにも工場の町の駅。工場夜景がきれいなので夜景電車も走る由。

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ここでiPhoneの電池残量が早くも20%になってしまい、充電器は持ってきたがケーブルを忘れたので、やむなくセブンイレブンで2mのケーブルを買った。ほかでも使えるようにと長いものにした。

岳南原田駅から見る富士山。赤い電車はこれから乗る。

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岳南富士岡駅は車両基地があった駅で、すでに使われなくなった貨物用の電気機関車や貨車が保存、というか放置されていた。

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この駅は周囲は住宅地だけれども無人駅で、かつては有人でそれなりの駅舎がある。

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駅前を一周し、電気機関車を見る。

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錆びた機関車はそれなりに風情があり、いろいろ考えて写真を撮る。
下の写真は車止めにピントが合って機関車はボケているのだが、ボケが足りなかった。こういう時は絞り優先で開放気味にして撮るべきですね。

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岳南電車は地元の人の協力もあるのだろうが、各駅にが植えられてとてもさわやかだ。この時期なので咲いている花は少ないが、それでも花壇越しに貨車と富士山の構図。

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こういうとき、2016年に亡くなった馬場浩士君と一緒に来たらどんなに楽しかったかと思う。馬場が旅に付いてくるかわからないが、あれこれ話しながら構図を決めて撮った写真を見くらべたら楽しかっただろうな。

車庫には青い電車が留置されており、その脇から赤い上り電車が来た。2台の電車の対比を撮りたかったが、電柱が邪魔で2両の電車のバランスが悪いですね。影が斜めに顔をよぎっているし。

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乗る下り電車が来た。岳南電車は富士山が第一だが、周囲は工場地帯なので工場は無粋だけれども、上手に映しこむと岳南電車らしい写真になると思う。

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まだ先に進みます。
| 旅行・鉄道 | 09:07 | comments(0) | - |


岳南電車に乗り鉄&撮り鉄に行く
8日のアサヒカメラ×OLYMPUS「鉄の流儀」写真展はなかなか刺激だった。
その前に川崎北部市場にSONYサイバーショットRX100M7をぶら下げて行ったら、ただものでないと思われたのか魚屋のおじさんが撮り鉄で「岳南電車、富士急、小湊鉄道、銚子電鉄がいいよぉ」と推薦してくれた。

そこで今日は快晴の予報が出ていたので、富士山がさぞくっきり見えるだろう、富士山と電車は絵になると、朝から家を出て小田急とJR東日本、JR東海を乗り継いで、JR2社をまたがるのでSuicaは使えないから紙のキップを券売機で買い、

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吉原駅に出た。この駅を利用するのは初めてだ。
持参のカメラはニコンD810。レンズは28mm〜300mmズームレンズ1本。それにDJI osmo pocketを自撮り用に持ってきた。

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岳南電車に乗り鉄&撮り鉄をするのだ。岳南電車にしたのは、まだ乗っていないから。
寒いといけないからユニクロの超極暖シャツを着て、バイク用のネックウォーマーを巻き、ニットの帽子をかぶってきた。昼は暑いくらいだったが日が陰ると寒く、風もあったからこの服装でよかったと思う。

うちから2時間半でJR吉原駅に着き、ホーム端から岳南電車に乗り換える。

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岳南電車吉原駅側にもJR東海の自動改札が置かれていた。

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駅舎は倉庫のようで、駅前は狭い道路を一つ隔てて工場が立ちはだかっている。左に歩くとそのまま工場内に入ってしまう。右が住宅街で極めて殺風景だが、今日は富士山がきれいに見えた。

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1日フリー券720円を買う。岳南電車は初乗り150円とローカル私鉄にしては安い。数回の乗り降りをしないとお得ではない。
キップは紙の硬券でしかも横長。富士市は製紙の町だから沽券にかけても紙のキップなのだろうか。

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しばらくすると電車がやってきた。特にどの電車に乗るか決めていない。だいたい1時間に2本の割で出ているから、降りても30分すれば次の電車が来ることになる。電車と富士山の写真を撮りたいから、逆方向の上り電車の走行を撮影して駅に戻り、次の下りに乗ればいいと、テキトー、気まぐれ列車である。

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まずは1駅先のジャトコ前駅で降りる。ジャトコは会社の名前で、三越前駅のようなものか。

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インターネットによると、吉原駅〜ジャトコ前駅の間で真北に進む部分があり、富士山を背に走る電車が撮影できる由。川沿いの獣道のような道を南へ、つまり吉原駅方面に戻るように進む。

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すると電車から見えた松屋があり、そこで先客のおじさんが電車を待っていたのでここで待つことにした。もう少し南に行っても富士山がきれいにみえるらしいが、先客がいたのでここで待つ。

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10分ほど待つと上り電車がやってきた。ドライブモードで連写する。その中の一枚です。電柱が電車の顔に影を作ったりで、やはり連写でないと決定打が撮れないことに気づいた。

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周囲をトリミングしたのがこちら。かなり縦長で最近のスマホ写真の比率だ。



左の建物が邪魔だと思っていたが、最接近してズームレンズを広角にすると迫力があっていいですね。

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おじさんはキヤノンのEOSの小さなコンパクトカメラタイプのカメラで数枚を撮影すると、脇の会社の駐車場に止めた自分の車でそそくさと帰っていった。

もう昼時なので、ランチにしよう。
吉原駅で1日フリー券を買ったときにくれた路線図とカフェMAPを見たら、「つけナポリタン」が富士市の名物らしい。ラーメンのつけ麺ならぬスパゲッティのつけナポリタンとはおもしろい。それを食べよう。

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1駅隣の吉原本町駅から歩くらしいので、1日フリー券の強みで1駅だけ乗る。

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| 旅行・鉄道 | 21:30 | comments(0) | - |


銀座線渋谷駅が移転でリニューアル
東京メトロ銀座線渋谷駅が大改修を終えて、130mほど移動して広く大きくなった。年末年始に6日間も電車を停めての大工事をして、年明け1月2日に開業したのだが、1か月も行かないでいた。
そもそも渋谷に行く用事がなく、あっても銀座線に乗ることがない。なので、御茶ノ水の都電線路の出土を見てから、丸ノ内線で赤坂見附経由で渋谷に出たのだった。

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渋谷はその地名の字が示す通りで低くなっており、そのため地下鉄が地上に出てしまう。地上に出ることは変わりないが、駅がより開放的で広くなった。
古い駅が見えるかなぁ。ホーム端から覗いてみる。

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ホームはまだペコペコで、完成していないようだ。

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一番の特徴はM字の天井だろう。全体がMになっているのでなく、M型の柱と梁が一体となったオブジェというべきだろうか。
MはメトロのMであろう。疑いない。

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地上に降りてみると大きな看板が。

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しかしここはどこ?
渋谷駅周辺は100年に一度の大工事で、駅もビルも道路も大きく変わってしまい、どこがなんだかわからない。

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高いビルが出てきて、ただただ見上げるだけである。出口を間違えたら目的地にたどり着けないだろう。宮益坂に出るつもりはないのだが、出てしまった。

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しかし東急東横線渋谷駅を髣髴させるかまぼこ型のデザインが。

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2013年の東急東横線渋谷駅ホーム工事前の写真。このかまぼこは長い間シンボルのように印象深かった。残してくれてありがとう。



そしてバスターミナルを挟んで新しく建て直された東急プラザの上から東急東横店が見える。

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どうやら歩道橋の架け替え工事をしているようだ。
便利になっているのか、わけがわからなくなっているのか、古い都電の線路と新しい渋谷駅を見て、老人は限界を感じるのであった。

| 旅行・鉄道 | 18:45 | comments(0) | - |


御茶ノ水橋に都電の線路が出土
今朝のテレビ朝日"グッド!モーニング"でも報じていたが、御茶ノ水橋の改修工事をしていたら、アスファルトの下から都電の線路(レール)が出てきた。



現場はJR御茶ノ水駅お茶の水橋口を出て目の前にある。

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このニュースは数日前から報じられていて、ほかでもない御茶ノ水だからぜひ行きたいと思っていたけれども御茶ノ水の会社からお呼びがかからず、やむなくこれを見るためにお茶の水に行ってきた。

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改修工事の思わぬ副産物で、タイムカプセルか過去の幻影か。
縄文時代の遺跡が出土することもあるが、昭和の遺物の出土は珍しい。

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すでに一部は撤去されており、結局は全部を剥がすのだけれど、京都鉄道博物館にレールの一部が移設されるという。敷石を含めての移設を鉄道ファンは願っている。

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この路線は太平洋戦争の激化で廃止になったそうで、昭和37年(1962)の路線図には出ていない。テレビ朝日によるとこんな都電が走っていたようだ。



私の都電の思い出は、中学生の時に新宿から四ツ谷の駿台予備校の補習に通うのに利用していたことだ。

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駿台では遊んでばかりいた。写真も撮ったけれども、今は見つかっていない。
都電のレールのように出土すればよいのだが。

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まもなく見られなくなるので、見たい人は早いほうがよいです。

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| 旅行・鉄道 | 18:27 | comments(0) | - |


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