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稚内から襟裳岬まで北海道を縦断 GPS軌跡
6月24日から28日までの5日間、<大人の休日倶楽部会員パス>を使って、JR北海道の廃線候補、すでに列車代行になった区間を中心に載ってきた。
GPSで取得した移動軌跡を見てみよう。

まずは全体像。
GPS電波を通さない261系や、早朝から夜まで乗っていたので電池切れになった区間など、トラブルもあったけれども、だいたいの様子はわかる。



北海道で、釧路・根室方面(根室本線)は2016年1月に、網走・北見方面(石北本線)は2015年10月に乗りに行っており、これで思い残すことはない。

稚内方面の宗谷本線は名寄以北がJR北海道だけでは経営困難と言っているが、天塩川を左右に見て、稚内が近づくと天気が良ければ利尻富士が望め、秘境感もある風光明媚なローカル線だ。



そして一転、襟裳岬。巨額の投資が必要で黄金道路の名前が付いた道路は、2009年にバイクで来たときはまだトンネル工事中だったけれど、きれいに改修されていた。



だが、もっとも面白かったのは日高本線の列車代行バスだ。

駅を巡るのが列車代行バスだが、線路や駅から離れ、おそらく病院だろうが、遠回りして迂回している部分がある。



一方で、生真面目に駅に寄っている部分もある。もちろん誰も乗ってこないが。



おりしも、NHKBSでは北海道スペシャルで道内で放送された「鉄路縮小の衝撃」を再放送していた。
客がいないから廃止、では済まないと言うが、本当に客は乗っていない。そしてバスは高速道路もできて運賃も安く、本数も多い。

仮に鐵道を維持すると考えれば、上下分離式(線路と列車運行を別会社でする。道路とバスの関係)のようなまったく別の運営体か、DMV(鉄陸両用車)のような、まったく別の運行システムでJR北海道の経営を維持しつつ、ごく一部の道民の利用も維持するというわけにはいかないだろうか。

  
| 旅行・鉄道 | 20:39 | comments(0) | - |


廃線が決まっている夕張線で夕張へラストラン
苫小牧駅では30分の時間があったので、構内の食堂でほっきカレーを頼んだら電子レンジチンのはずがなかなかできてこず、半分だけ食べてホームへと向かった。キヨスクでおにぎりを買えばよかった。

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夕張線は夕張市が廃止を受け入れた。日高本線と違って1自治体のみを走っているのも意思決定が早い一因だった。しかし夕張線のほうが地元客が乗っており知り合い同士で話し合って「活気」が感じられたのが皮肉だ。

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沼ノ沢駅はレストランおーやまになっている。

表から観た写真はこちら。

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おーやまへは北海道の大マスコミに勤めるYクンの案内で訪れた

列車は木々の間や広々とした牧草地を抜けて夕張駅へ。

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折り返しが5分程度しかなかったので、大慌てで写真を撮った。

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バックのホテルマウントレースイも売りに出ている。家族で泊まったがいいホテルだった。

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帰りの夕張線も高校生らが乗ってきて活気づいていた。はやければ2018年3月で廃止になるという。
新千歳空港からANAで帰京した。

北海道の闇を垣間見た気で暗い気持ちになったが、これにて今回の北海道廃線候補の旅は無事に終わった。
ひさびさのローカル線の旅で本当におもしろかった。でも体力も金力もなくなり、忘れ物や病気・ケガの恐怖から抜け出せない。
しばらくは汽車旅をやめよう、北海道はもう堪能したからこれでよいことにしよう。

そう思っているけれども、すぐにまた計画し実行してしまう自分がいる。
| 旅行・鉄道 | 23:57 | comments(0) | - |


日高本線列車代行バスから眺めた被災状況
今日はこの5日間の行程中もっともゆっくりできる日。9時2分発なのだが2時過ぎから目が覚めていた。
8時に朝食をいただき、様似駅へ。駅とはいうものの列車は二度と来ない。

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赤く錆びた線路に再び列車が走ることはない。JR北海道は沿線町村に復旧断念の通告をしたようであるが、地元自治体は受け入れられない。しかしそもそもが誰も乗っていなかったのだ。JR発足以来、乗客は3割に激減しているという。

JR北海道バスの列車代行バスがやってきて、アポイ山荘に泊まっていた老人たちが加わり、10人以上が乗り込んだ。

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親子岩が見えて、今日は快晴の良い天気だ。

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いいね!岩と言っておこう。

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馬産地のため、牛のほか馬も多数見かけた。親子で寝そべって遊んでいるのだろうか。

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しかし踏切の遮断棒は取られている。その昔、国鉄士幌線の十勝三股駅付近の踏切には「当分の間列車は来ません」の看板が立っていたが、2015年1月の高潮以来、列車は来ていないのだ。

静内駅着。静内は大きな町だ。新ひだか町と合併して改称した。

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静内からはな交通のバスになる。こちらのバスのほうが豪華。しかしJR北海道バスは自動案内だったのに対し、こちらは運転手が「次は○○に停まります」とマイクで案内する。

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大狩部駅から北が被害が大きく路盤が流された地域だと言う。

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なんとその被害状況がバス車窓から眺められるとは。しかも2年以上もまったく手が付けられていない。

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鉄橋が流され、寸断されている。

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線路があるのか、わからない状態だ。

そもそもが2年も放置しているのが問題だ。解決策を模索しておりヘタに手を付けられないというのは詭弁だ。石北本線はすぐに復旧させたではないか。日高本線は高潮被害を千載一遇のチャンスとして、このまま廃線に持ち込むのはだれの目にも明らかだ。

たとえば、JR北海道が知床斜里方面で実験をしていたDMV(鉄陸両用車)を導入するとか、JR東日本が三陸で付け替えたBRT(バス高速交通システム)にするとか、鉄道事業者としてやるべき、やれるべきことはまだまだあるはずだ。DMVこそ北海道の市場にあったシステムではなかったか。

はな交通バスは鵡川駅に着き、ここから列車になる。日高本線は苫小牧〜鵡川間のみとなり、鵡川〜様似は廃線になるのだ。

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バスの客の大部分は観光客であり、地元客も2人程度乗ってきたがみな運賃を払っていなかった。そういうことになっているのかもしれない。観光客は<大人の休日倶楽部会員パス>。

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JR北海道の放置プレイに暗澹とした気持ちになって、苫小牧駅に着いた。
| 旅行・鉄道 | 23:47 | comments(1) | - |


帯広からバスで広尾、襟裳岬を経由して様似に
帯広駅前14時30分発の広尾行バスに乗る。

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駅の観光案内所で襟裳岬を経由してJR様似駅に出るバスチケットが3900円で売られていると教えてもらい、それを使った。バラで買うより割安で、土産物屋の割引券などがついている。

かつてはJR広尾線が走っていたが今は昔。十勝バスが結んでいる。遠くの山々を観ながらウトウト。

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高校生やらばあさまやらが乗ったり下りたり、広尾バスターミナルに着いた。元広尾駅である。

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そしてすぐにJRバスの様似営業所行バスが来た。

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客は老夫婦と私の3人だ。運転手は「乗ってこないと思うのでスーツケースは椅子に置いてください」と、キャスター付きでゴロゴロしているのを見かねて、椅子に置かせてくれた。ありがとうございます。

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襟裳岬で老夫婦が降り、ばあさま2人組が乗ってきて、ばあさまは町中の田中旅館(昔、家族で泊まった)の前で降りて行った。泊まるのだろうか。田中旅館のじいさまは健在だろうか。シベリア抑留されていたらしい。

そして私一人でJR様似駅に。

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まだレールがあるのであれっと思ったが、ここはまだ廃線になっていなかった。災害で列車の運行ができないのだが、そのまま放置プレイになるようだ。

スーツケースをガラガラと、味寿々ホテルに。ここは飲食店が経営しており、食事は下の店で食べる。

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部屋にバス・トイレがあり、まあ使えるか。ワイファイのパスワードも教えてもらったし、ティッシュも食堂からもらってきたし。

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久しぶりの旅館らしい食事。おなか一杯になった。

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特においしいわけではないが。
明日もバスです。
| 旅行・鉄道 | 21:22 | comments(1) | - |


根室本線代行バス 東鹿越〜新得間
今日から鉄道よりもバスに乗るのが多くなる。

富良野の民宿あきばは、洗面台、トイレ、風呂は共同だが、想像以上にきれいで設備も整っていた。

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部屋は6畳の禁煙室。ワイファイも高速だった。

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二階のロビー。洗面台は当然お湯がでるし、紙コップ、紙ナプキンが完備。トイレは洗浄便座であった。

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富良野駅発7時20分の根室本線で本来は帯広行だが東鹿越駅で止まっている。昨年の水害で不通になっており、そのまま廃線の予定である。

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車内は高校生が多く、みな東鹿越駅でバスに乗り換えた。東鹿越は何もない駅で、しいて言えば金山湖のレジャーだが、そういう人はいまどき車利用だろう。

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立派なバスが待ち構えていた。脇腹が開いて荷物置き場まである。

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途中、踏切を通ったら、すでに遮断棒が取り外されていた。もう使う気はないのだろう。

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幌舞駅というか幾寅駅に律儀に立ち寄った。増毛駅と言い、高倉健さんの映画で人気のあった駅もなくなってしまう。

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幾寅駅を出てすぐの「高校前」駅というかバス停で、高校生は全員降りた。南富良野高校があるのだ。

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富良野駅から乗っていた高校生が全員降りたら、客は私とシャツの背中に寄りかかってできた茶色い汗染みのある太った鉄っちゃんの二人だけとなった。つまり、高校前から先は無人で運用されることが多いのだ。

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その後は国道38号線を快走する。白樺林を抜けて…

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新得駅に着いた。

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当初、代行バスは落合駅までだった。落合〜新得は公共交通機関はつながっていなかった。なぜかといぶかしがった。当初、この旅を予定していた11月はここを通過できなかったのだ。
だが、来てみて分かった。だれもそこを利用しないのだ。

考えてみれば、JR北海道にとって、昨年の水害は渡りに船だったのではないか。もう、廃線にしたくてしたくて、たまらなかったのだ。落合駅を出て跨線橋から線路を観たらびっくりした。泥に線路が埋もれているのだ。コンクリート橋はもっと悲惨で、流木が載ったまま、なんの手当もされていない。
つまり、なにもしないで廃線に持ち込む考えがアリアリだ。

そもそもの赤字路線。廃線にする理由を探していたところ、水害になったのだ。
しかし、鉄道会社が鉄道をやめるのはあり得ない話だ。

北海道の闇は深い。

| 旅行・鉄道 | 20:56 | comments(0) | - |


留萌本線 乗り納め 旧増毛駅へ沿岸バスで
特急サロベツ2号で旭川まで行き、コインロッカーにスーツケースを預けて身軽になり、深川駅まで鈍行で行ってさらに留萌本線に乗り換えた。

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そもそもこの旅の発端は留萌本線の増毛支線が2016年12月で廃止になるから、11月に馬場ちゃんと二人で乗りに行こうと計画していたのだ。腰痛で行けなくなり、馬場ちゃんには一人で行ってもらい申し訳なかった。

そして12月5日に留萌本線は廃止になり、21日に馬場ちゃんは急死した。どちらも二度と帰らないものになってしまった。

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留萌本線も、珍名、珍駅が多い。きたいちんと思っていたが、きたいちん だった。
大和田駅なぞ、貨車駅舎の周囲には何もない。よく3月に廃止にならなかったものだ。

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留萌駅に着き、駅前通りを右に行ったところの沿岸バス乗り場で待つ。ちなみに道路を渡った医院側が増毛行である。

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今はネットでローカルバスの時刻までわかるのでとても便利だ。
種村直樹氏の時代は、バス会社に電話をしたりで調べていた。氏はネットなど無縁だから、たぶん今ご存命でも電話していると思うが。バス会社は「インターネットに時刻表を載せてありますよ」と言い返す、種村氏は「そうですか」と同意するそぶりを見せる。だが自分では使えない。昔のように頼む若い者も身近にいない…。という感じかな。

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ほぼ線路と並行に海岸線を走り旧増毛駅着。途中、見える線路はまだ敷かれていた。JR北海道は赤字がかさむので廃止にしたのだから、とっとと線路をはがして鉄くず屋に売ればいい。

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元駅舎を観るのもそこそこに、おなかが空いていたので寿司まつくらに行く。入れ替わりでカウンターが空いた。

生チラシ1950円を頼んだ。

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要するに海鮮丼。並なのだがかなり具が多く、具の下に別の具が入っていた。

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期待通りの味とボリュームだ。
会計時におやじさんに「廃線になってお客さんは変わった?」と聞いたら、JR時代は列車の時間が決まっていたし本数も少なかったので、客が集中して食べられない人もいたけれど、バスになってそれがなくなってよかったという。
しょせん、鉄道なんてそんなものだ。

その後、丸一本間家や、

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国稀酒造を見学。お酒は飲みませんでした。

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いつも、このアングルで撮影してしまう。もっと個性的ないい写真が撮れないものか。

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内部は高倉健さんを偲んで、駅・STATION展をしていた。永遠にしているのだろうな。

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旧増毛駅に戻り、

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ホームと錆びた鉄路を観る。

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バスで留萌駅に戻り、深川駅から特急カムイの自由席に乗り継いで旭川駅に。
イオンで明日の朝食を買い求め、今日最後の列車となる富良野行に。そしたら高校生の長蛇の列。

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なんと、富良野から旭川に通っている高校生もけっこういて、びっくりした。
まっくらな富良野駅に着いて、ここに泊まります。
| 旅行・鉄道 | 22:16 | comments(0) | - |


宗谷本線 乗り納め 名寄以北 ローカル線の旅
今日は稚内駅発5時20分の始発に乗る。
この旅行の計画は2016年11月と半年前からだが、早朝のこの列車に乗れるのだろうか、果たしてどんな列車なのだろうか、行商のおばちゃんや高校生でいっぱいになるのだろうかと考えをめぐらせていた。

家ではいつも朝の4時ごろから目覚めてしまうが、それでも布団の中で悶々としていると5時30分を回っていることもあり、「ああ、5時20分の列車に乗り遅れた…」と妄想トリップを極めていた。

そしてこの列車に乗る日が来た。スマホは4時40分にセットしておいたが、その前に起きてしまい、トイレに行った。
そそくさと着替え、礼文島に渡るのだろう、リュックの元気なばあさまたちのおかげでフロントは空いており、5時前にチェックアウトして駅脇のセイコーマートに向かった。朝食を買うのである。

しかしセイコーマートは6時からだった。なんという稚内。これは名寄まで飯抜きか。いや、名寄駅は売店は閉鎖されているからコンビニまで歩くしかないか。

稚内駅は駅員はまだ来ておらず、それでも改札を抜けてホームへ行くと1線しかないホームに列車はいなかった。
ああ、南稚内駅に留置してそこから回送するのか。南稚内駅のほうが大きいし、そもそも町が大きい。かつて馬場ちゃんと来たとき、わざわざ南稚内駅まで1駅乗って飲みに行ったほどだ。

5時12分に回送列車がやってきた。

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客は2人。ビジネスマン風でスーツケースを持っている男。この男、ずっと運転台の後ろに立ったままだった。いかにJR職員の移動としても、それはおかしいと思う。座ってよいでしょ。許すよ。
鉄っちゃんかと思ったが、いっさい写真は撮らなかった。何者か。

だが、ローカル線の旅は楽しい。
抜海駅は大きな木造駅。

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車掌車を改装した小さな駅が多いことよ。

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新しい駅もあれば、不気味な模様に変わり果てた駅もある。
ところで、車掌車を改装したと聞いているが、車掌車ってこんなにいらなくなったものがあったのか。
駅舎用に作っているんじゃないのだろうな。

山の中で、列車の音に驚いて飛び立った山鳥がガラス窓にドンとぶつかって、まさに目撃したのでびっくりした。

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ガラスに鳥の形を残してご臨終だっただろう。鹿や人間でなくてよかった。

難読の筬島駅。おさしま と読む。

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天塩川を左右に眺め、客は天塩中川駅でばあさまが乗ってきたくらいで高校生も乗らず、JR北海道が名寄以北を廃止したい気持ちがわかった。まったく不要なのである。昨日、稚内市民に聞き込みをしても「私は(鉄道は)いりません」と断言していた。
廃線になって騒ぐのは無能と言われたくない自治体と鉄道マニアくらいなものだろう。

予定では名寄まで乗って特急サロベツ2号に乗り換えるつもりだったが、名寄は昨日も行ったから美深駅で降りてみた。

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小雨の中、セブンイレブンまで歩いて朝食のサンドイッチを買った。
そして特急サロベツ2号の車中でいただいた。

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美深駅で乗り降りしたのは、I君の国鉄全線完乗以来かもしれない。
| 旅行・鉄道 | 22:00 | comments(0) | - |


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