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小田急線代々木八幡駅がリニューアル
小田急線の代々木八幡(よよぎはちまん)駅が改装され、今日から新しいホームや改札口がオープンした。

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今日はJRグループはじめ、大掛かりなダイヤ改定のある日だ。車内販売が廃止される列車があったり、廃止になる駅があったりの悲喜こもごもである。

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これまでは上下線が北側と南側に分かれた二面2線のホームだったが、島式の一面2線に改装された。もっとも大きな理由は小田急線の10両編成の電車が止まれるようにしたことだ。これまでは両側に踏切があって8両しか止まれなかったが、ホームを移動して輸送力を拡大した。

これは1月のまだ工事中の写真だ。



改装後は島式ホームから二階にあがるようになっている。

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これまで地上にあった改札口は橋上になり、北口・南口に出られるようになった。

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今日は開業初日なので係員らしき人たちがたむろっている。不測の事態にも備えているのだろう。

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エスカレーター、エレベーターも、もちろんある。

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代々木八幡駅の最大の特徴は急カーブにある駅だった。
ホームとの間に隙間が出来て危なかった。

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そこでホームドアが作られ、さらにドア口はホームの下からステップがでるようになった。ベビーバギー利用者には朗報だ。

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いずれ、線路をまたぐ山手通りに出られるようになる。オレンジ色のシートで先端部分をくるまれた柱がその出口になる。

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日本の人口は減っているが、小田急沿線は海老名にショッピングセンターやマンションを作ってある程度の客数をキープしようとしている。2021年春には 海老名駅の隣接地に小田急の魅力が詰まった「ロマンスカーミュージアム」をオープン予定だ。海老名がキーワードになるだろう。

  

| 旅行・鉄道 | 15:02 | comments(0) | - |


1988年2月 マレー半島縦断鉄道の旅<2> バターワース〜シンガポール
イナバの物置から出てきた写真でたどる、31年前の小田急トラベルサービスマレー半島縦断鉄道の旅、第2弾、後編。
仲間内の会報誌に投稿した駄文を加筆修正してお目にかけます。

●バターワース〜クアラルンプール
 バターワースからは狹賤里凌深"と呼ばれるリゾート地ペナン島に渡り、ここのホテルで泳いだり海岸でパラセーリングをしたりして、しばし南洋の休日を楽しんだ。
 翌日も海岸に行ったら、昨日のパラセーリング屋が顔を覚えていたらしく遠くから手を振った。ものすごく遠くだ。しかし現地の人の視力は2.5くらいあるのが普通ではなかったか。

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 2月10日夜、再びバターワースに戻り、寝台特急<セラダンマナム号>でマレーシアの首都クアラルンプールに向かう。今度は個室一等寝台で、形式は日本の2人用A寝台個室である。個室内には洗面器も完備、なかなか快適だ。よその個室を訪ねたりしていたが、翌朝は6時40分着と早いので早々に切り上げた。

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 翌11日の朝6時30分着と、10分も早着してクアラルンプール駅に着いた。まだ薄暗い市内をバスでホテルに向かう。
 マレーシアの首都クアラルンプールは、緑が多くたいへん綺麗で、高層ビルが並ぶ近代的な都市。東京のコンクリートスラムが恥ずかしくなる。東南アジアの印象を払拭させてくれる素晴らしい景観で、少なからずカルチャーショックだ。もちろん、少し街を出ればトタン屋根の貧しい家になるのだが、少なくとも街中の住宅は「豪邸」だ。ホテルのプールで陽を浴びていると、日本に帰るのがいやになった。

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●クアラルンプール〜シンガポール
 市内ではバアサマたちの買い物旋風に付き合わされ辟易したが、いよいよマレ一半島最後の区間に乗る日が来た。13日早朝、まだ薄暗いクアラルンプール駅に再び行く。よく見ると王宮風の美しい駅である。昼行の国際特急<シナランバギ号>はすでに入線しており、みな、思い思いに写真を撮る。われわれの乗る一等車は前部がサロンになっており、通常の座席も1-2の横3人掛で快適だ。

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 7時30分発の列車は、左手に日の出を見ながらひたすら南下する。いままでのバンコク〜クアラルンプールは夜行で、景色を見る楽しみはなかったが、この車窓からは白く細く伸びたゴムの木と、やけに葉っぱが多くて大きい椰子もどきが交互に見え、単調ではあるがそれなりに楽しい。食堂車はタイのとは比べものにならないくらい綺麗で、こちらの制服はブルー。昼食におにぎり弁当を持ち込んでいたので食事は遠慮したが、紅茶を注文した。甘かった。シンガポールとの国境の駅「ジョホールバル」着。車内に女性も交えた出国管理官が乗ってきて、パスポートに軽くサインをし、手続きは完了。そしてジョホール水道を鉄橋で越え終着シンガポール駅へ。ホームでタイ・マレーシア両国の国鉄総裁の乗車証明をもらい、子供のように喜び合った。

●シンガポール地下鉄
 私たちはシンガポールの半日市内観光には行かず、勝手に路線バスに乗ったり、昨年12月に開通したばかりの、世界一新しい地下鉄に乗って遊んだ。こちらは地下鉄はサブウェイでは通じず、MRT (Mass Rapid Transit) と言わなくてはならなかった。サブウェイは地下道と理解されてしまう。

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 東京では銀座に相当する繁華街にあるオーチャード駅の、モダンなデザインの入口からエスカレーターで地下に降りる。主要駅にはショッピングアーケードまでつくられている。まだ南北に一本伸びているだけだが、この春には東西にも伸びて、たいへん便利になるはずだ。

 自動販売機にコインを入れ、料金のボタンを押すと、即座にオレカ大のプラスティック製のきっぷが出てきた。料金は50セント(約33円) から1ドル10セントまで。きっぷは薄いグリーンで「シングルトリップ」とあり、料金は明示されていない。裏面には2本の磁気ストライプがあり、これに購入駅や料金のデータが入っていて、集札したら磁気データを入れ換えて、何度も使うのだろう。オレンジカードのような10ドル分使えるきっぷもあり、このきっぷの色はブルーだった。このように乗り方の仕掛を考えながら、未知の土地を行くのはとてもおもしろく、レールファン冥利につきるのだ。
 自動改札機にきっぷを入れ、さらにホームへと降りる。大理石で作った階段もあって、豪華で美しい。日本のような「ただ人を運ぶもの」という機械的な感じをまったく受けない。ホームには転落防止のガラスの壁が延々とあって、電車のドア部分と揃えてドアがある。電車が止まってドアが開くとホームのドアも開く、ボートライナ一方式だ。

 車内の椅子はプラスティック製で、車両によってオレンジ・グリーン・ブルーなどに色分けされている。シルバーシートは各車両の前部に 用意されているが、特に老人は乗っていなかった。ドアロの横には禁煙マークが貼ってあり、その横には飲食禁止を示すマークも貼ってあった。中国系の人は食べ物を散らかすからなのだろうか。
 とりあえず北の終点まで乗ると、途中から地上を走る高架線となって、高島平のような団地に着いた。自動集札機にきっぷを入れると、10セントほど多めに買っていたのだがきっぷは戻らなかった。
 スコールにまみれながら駅前をうろつくが、郊外もとても美しい。クアラルンプールといい、本当に美しい都市だ。引き返して南の終点まで行って、ホテルへ戻った。

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 夜、みんなで会食したさい地下鉄の話をしたら、ことのほか興味を示し、「乗りたい、連れてって」となった。それではと、まず屋台街で有名なニュートン・サーカスへ団体バスで行ってちょっと見学。ここからホテルまで「にわかガイド」として、地下鉄を案内することにした。平見嬢を含め約10人の有志を引き連れ.小雨の中を最寄りのニュートン駅へ行き、地下鉄のサイン看板を前に、まず現在の路線網を講釈する。
 「エスカレーターのスピードが日本より早いのでお気をつけ下さい」と気を配り地下へ引率。自動券売機ではきっぷがなかなか出てこない人がいたり、自動改札をワイワイ言いながら通過して、さらにホームに降りると大理石造りの豪華な階段にオバサマたちは大感激。この前で記念写真を撮るほどだった。

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 ホテル最寄りのオーチヤード駅までわずか1駅ではあったが、単なるバスの移動にはない旅の楽しさを味わっていただいたつもりだ。このときばかりは添乗の平見嬢も神妙に着いてきたものである。
<了>

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この文章はレイルウェイ・ライター種村直樹氏の影響や行動を多分に受けている。上から目線で今読み返すと不愉快に感じるかもしれないが、それでも同行のオバサマたちには喜ばれていたと思う。楽しい旅であったなら、うれしい(これも上から目線)。

ところで、この旅で私は2つの失敗をした。
1つは寝台車のもの入れに腕時計を置き忘れたのだ。カシオのワールドウォッチという世界中の時間を表示できる機種だった。今ではその後継のカシオプロトレックを使っている。

もう1つは、シンガポールの即日仕上げのDP屋にフィルムを現像・プリントしてもらい、最終日の夜にみんなに写真を配って、驚かれたり喜ばれたりしたのだが、DP屋がいいかげんで、プリントとネガフィルムが違っていた。だれかほかのまったく関係のない人のネガが袋に入っていたのをホテルの部屋で気づいた。後にも先にもこんなことはない。そのため、この旅行のネガはない。だから手許に残ったプリントをスキャナーでデジタル化した。
写真の順番や撮影地も今ひとつ自信がない。

小田急トラベルはこのツアーが好評だったようで何年か続けて催行していた。今はJTBの提携販売店に成り下がっており、こんな面倒なツアーは造成しないだろう。でも楽しめた。ありがとうございました。

  
| 旅行・鉄道 | 20:42 | comments(0) | - |


1988年2月 マレー半島縦断鉄道の旅<1> バンコク〜バターワース
過去ばかり振り返っています。
イナバの物置を整理していたら、一葉の写真が出てきた。

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今から31年前の、1988年2月に、小田急トラベルサービス(現:小田急トラベル)が小田急電鉄開業60周年を記念して、「マレー半島3カ国 鉄道縦断の旅」というパッケージツアー(募集型企画旅行)を販売した。その乗車距離約2000キロ。団体旅行に参加するのは珍しいが、鉄道縦断に惹かれて汽車旅仲間と行って来た。
この年の11月には日韓共同きっぷで韓国にも行っている。

当時仲間内の会報誌に寄稿した文章を、同じくイナバの物置から出てきた会報誌をスキャンしてOCRでテキスト化したものを加筆修正してお目にかけます。
まるで種村直樹氏の文章のようで、かなり影響を受けていたと納得した。

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●バンコク〜バターワース
 1988年2月8日、バンコク市内観光に出かけた。今から思えば暁の寺などにお参りしたのだ。

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王宮にも行ったようで、現地女性ガイドの「王様はお父さんのような人です。尊敬しています」と、当時のプミポン国王のことを語っていたのをいまだに思い出す。本当にそうなんだと思った。

午後,タイの首都バンコクの市内観光を終えたバスは、バンコク・ファランポン駅へ着いた。ツアーの総勢20人。大部分がレールファンだろうとの予想は大きくはずれ、メリーウイドゥ・フルムーン・ハイミスが大勢を占める。一番若いのは添乗員の平見嬢、次が私達である(当時33歳)。事実、最初成田空港で逢ったときは、遺骨収集団と思ったほど平均年令が高い。そして平均身長が低い。それでもたいへん元気な一行で、彼らを見ていると、いろいろな意味での日本の発展を痛感する。「普通の海外旅行は飽きたから」と、この鉄道の旅に参加したよし。

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 ファランポン駅はヨーロッバの終着駅と同じくドンヅマリ。蒲鉾型のドームの下に10線余りの線路が入っている。私としては初めての駅に礼を尽くして、正面入口からコンコースへ、改札を経てホームへと順路を辿りたかったのだが、ガイドさんは駅横の団体入口から慌ただしくホームへと案内した。

※2014年3月に行ったファランポン駅正面。
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 われわれの乗る国際夜行特急列車はとても長い編成だ。最後尾は個室一等寝台車で、次がわれわれの乗る冷房付二等寝台車。次が冷房無しの寝台車、そして座席車と続き、食堂車も連結されている。ホームには屋台のみやげ屋や天秤俸を担いだめし屋、あてもなく座り込んでいる人などが群がっていて、東南アジアのイメージどおりだ。
 車内は、日本の開放型A寝台と同じ形式で、同行者と向かい合って座ることになった。発車もまだなのに、早くも車販がやってきた。ピンクの制限をまとった、JダイナーならぬTダイナーの女の子だ。「アイスコー、ジュー」なかなか愛想がよくかわいい。こちらの人は彼女に限らず販売にたいへん熱心で、「NO」と断っても知ってか知らずかまだ勧める。値段を聞くと10バーツ(約60円) とか。「食堂のメニューには5パーツって書いてあったぜ」と同行者。5バーツは彼女のチップか、それとも出前手数料か、ガンとして値切りには応じなかった。

 列車は定時の15時15分、音もなく発車した。駅を出てすぐ、ホームは切れたのに、線路に 向かつて小さな店が並んでいる。ここでは線路は道路と同じく通路になっているようで、こどもやおばさんが列車の横を歩いている。あっという聞に民家が途切れ、緑あふれる光景になった。小さな駅を一つ過ぎると川が近寄ってきた。その川でこどもたちが泳いでいる。日本ではもう見られない光景で、彼らは彼らなりに幸せに違いない。

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 日が暮れるころ、夕食に持ち込みの幕の内弁当を食べたが、せっかく連結されている食堂車に行かないわけにはいかない。食堂車はチーク材を使っているのか木目の壁に、赤いテーブルクロスをかけた机が左右に並んでいた。照明は薄暗い。しかも冷房がないため窓が開いており、列車の音がうるさい。その中で、何人もの現地の人が食事をしていた。
 6人掛のテープルに現地君と相席すると、ムッとニンニクの臭いが鼻をついた。テーブルの上のすだれ状のランチョンマットは、料理の汁が染み込んでいるのか黒く変色している。しかも目の前の現地君は臭いプンプンの青菜の炊めものを食べている。周囲ははっきり言って汚い。
 弁当だったので、ビタミンを補給しようとチキンサラダを頼んだら、ドレッシングが砂糖のように甘いのがやってきた。チキンは日本では茄でたものだが、こちらのはロース卜したもので、どうもなじめない。やむなく食べていると添乗の平見嬢が数人のメンパーを連れてやってきた。私達が食堂車へ向かったので、みんなにせがまれたよう。もっとも私が寝台車を離れるとき彼女に「食堂車でお茶でも飲まない?」と誘ったときは「ベッドセットがあるから……」と断ったくせに。

 皆が寝台車に戻ってまもなく、ベッドセットが始まった。人のよさそうなタイ人のおじさんが、上段をひき下ろしてマット・シーツ・枕を敷き、椅子を前にずらして下段を作っていく。日本と同じである。フルムーン組は大抵旦那が上段であるが、岡山の夫婦は小柄な奥さんが上段にされて、転落防止のベルトの間から落ちないかと心配していた。

 翌9日朝、転落事故もなく、朝食のおかゆが出前されるのを待つ。ピンク服のボーイが、おかゆのどんぶりを5枚くらい重ねて、手で抱えて持ってきた。揺れる車内をワゴンやお盆を使わず、歩いてくるのはたいへんなテクがいるようだ。
 卵が一つ落としてある海老入りのおかゆで、ピリッと辛味があって、とても旨かった。前夜のドレッシングは酷かったが、辛いものは旨い。辛い文化はたいへん進んでいるとまったりする。ところが、Tダイナーの女の子が出前した紙パックのミルクはなんと砂糖入りのキモチワルイ味。甘いのと辛いので差がありすぎる味覚文化であった。

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 7時すぎに着いたハジャイ駅では、食堂車を含む車両の切り離しが行われる。普通切り落としは後部の車両を落とす。ところがここでは中落ちで、後部を残して前部を落とすのだ。機関車ごと換えているのか、機関車はそのままかわからなかったが、国が違えば流儀も違うのだ。
 軽くなった汽車は1時間余りでタイ〜マレーシア国境のパダンベサール駅に着いた。昨夜添乗員を介してタイの出国係官に渡しであるパスポートを、ホームなかばにあるマレーシアの入国管理窓口を通して返してもらう手はずになっている。檻のような窓口には、現地の人や白人がすでに群がっていた。
 名前を呼ばれるのだが外国人がローマ字の日本人名を読み上げるのでなんとも聞きづらい。バアサマたちは必死である。名前が呼ばれようものなら「ハイハイハイ」と人を掻き分け前に出る。なんとかマレーシアへの入国手続きも済み、列車は終点バターワース駅へと向かった。

続く

  
| 旅行・鉄道 | 19:42 | comments(0) | - |


京都USJ大阪旅行 GPS軌跡
先週の京都USJ大阪旅行ではGPSロガーを持参し、移動の過程を記録していた。毎度のことである。

まずは全体行程。
1月17日、新幹線で京都に行った。

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京都見物は錦市場、八坂神社、柚子屋旅館一心居、建仁寺、安井金比羅宮。
そしてタクシーで京都鉄道博物館だ。

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八坂神社付近のGPS軌跡はこちら。徒歩だとGPSが小刻みに緯度経度を取得するようで、誤差が大きくなる。自動車や鉄道などの高速移動はアバウトに取得するのか、結果的にほぼ正確な位置をトレースしてくれる。
地下鉄やトンネルはGPS電波が衛星から届かないので、軌跡は取れず、最後の地点と取得再開後の最初の地点が直線で結ばれてしまう。

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JR新快速は人身事故の影響で30分くらい遅れた。満員だったけれども高槻駅で座れた。高槻なんかに止まるようになったんだ。
大阪駅で大阪環状線の西九条駅から桜島線直通の電車を待って乗り、ユニバーサルシティ駅に出た。

ホテル京阪 ユニバーサル・タワーに泊まった。ユニバーサルシティ駅を出てすぐで、施設もよく、スタバもローソンもあってとてもよいホテルだった。朝食もアイテム数が多くておいしかった。

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1月18日、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内での行動はこちら。

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JR桜島線の終点の桜島駅付近までUSJは広がっているんですね。2025年の大阪万博でも、このあたりはにぎわうだろう。

ホテル京阪は荷物を預けたが、コインロッカーがあってそこに入れるようにとのこと。100円玉が戻ってくる仕組みだった。荷物を預けてパークを楽しむ人も多いのだろう。そのつど、クロークが出し入れしていては面倒だ。

そして大阪駅に戻って、ホテルグランヴィア大阪泊。大昔に泊まったことがあったが、駅の上なのでとても便利だ。

1月19日、大阪市内は道頓堀、通天閣、あべのハルカスと巡る。

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地下鉄や南海電車に乗ったが、基本的には徒歩。天気がよくてよかった。

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意外と早く回れたので、予定していた新幹線より1時間早く帰れた。

久しぶりの泊りがけの旅行で、疲れたけれども楽しかった。
まるで小学生の感想だな。

  
| 旅行・鉄道 | 21:00 | comments(0) | - |


京都鉄道博物館へ行く
京都USJ大阪旅行で、当日夜に書き込まなかった出来事を小出しにします。

1月17日、京都鉄道博物館に行ってきた。建仁寺から四条河原町まで歩いてバスで京都駅に出て、さらにバスに乗り継ごうと思ったが、ジャパンタクシーが四条河原町の交差点にいて、一度乗ってみたかったので拾ってしまった。



ジャパンタクシーは東京オリンピックを見据えたトヨタ製のタクシー専用車で、天井が高くゆったりしており、スライド式のドアで乗降がしやすくて、うわさどおりよかった。女性ドライバーは運転手を始めて2ヶ月とのことで、京都鉄道博物館に輸送したことがなく「梅小路ですか?」と聞いて無線で確認した。2016年に開館したけど、まだメジャーではないようだ。

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京都鉄道博物館は梅小路機関車館を拡張するようにして作られた。機関車館も引き続き展示・公開されている。

かつて活躍した車両がまるごと展示されている。0系新幹線や、

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トワイライトエクスプレスなどの乗ったことがある懐かしい車両、

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乗らずじまいだった寝台特急月光など、間近で見ると大きさに驚く。ホームでの視線でなく線路下からの視線なので、より大きく感じるのだろう。

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500系新幹線がもう展示される時代なのか。

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わが国の鉄道の歴史をわかり易い展示で説明しており、どこの鉄道博物館にもあると言ってしまえばそれまでだが、さいたま市の鉄道博物館(JR東日本)、名古屋市のリニア・鉄道館(JR東海)よりも後発のため、それなりにがんばっている。

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機関車トーマスや自分で運転できる鉄道模型もある。

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残念だったのは、鉄道ジオラマを見ようとしたら営業が終わっていたことだ。さいたま市のはいつも混雑しているので、まだ見たことがない。今日は空いていたのに時間配分を間違えた。

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わけあって、みたかった鉄道資料室は平日は予約制だった。再び行く日がくるだろうか。

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梅小路機関車館方面に行くと、低層の屋上から東寺の五重塔と新幹線が見えた。ポスターでおなじみの構図だ。

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そして来たかった機関庫。国鉄時代から行きたいと思っていた。

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SLを転車台で回す「ショー」をしていた。

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そして山陰本線の高架化で移転した二条駅がお土産コーナーになっていた。つくづく立派な駅で、こうやって再利用されるのはうれしい。

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帰りはバスで京都駅まで出たが、3月に梅小路京都西駅が開業する。

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駅前から鉄道記念館にかけてはロータリーなどが工事中だ。駅ができれば行きやすくなる。

各地に鉄道博物館ができるのはとてもうれしいが、博物館だからといって古いものを展示・保存・公開するだけでなく、現在の最新のシステムを課外授業として見学するなど、鉄道会社が母体となって経営しているのだから、セキュリティに支障のない範囲で、博物館を基点にして立体的に最新の鉄道の魅力を知らしめて欲しい。

それにしても中国人・韓国人が多数来ていて、こいつらは鉄道にも興味があるのかと驚いた。鉄ちゃんに国境はないのか。

  
| 旅行・鉄道 | 20:26 | comments(0) | - |


大阪コテコテ観光 道頓堀から阿倍野へ
昨日、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行き、絶叫コースターはこりごりと思った。今日はコテコテの大阪観光をして帰京する。

まずはお約束?の道頓堀へ。グリコの看板でおなじみだ。

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グリコの看板は電飾になっていろんな映像が写るらしいが、昼間なので確かめようがない。

道頓堀商店街は香港とみまごうばかりの立体看板が有名で、見ていると楽しいが台風や地震の時はどうだったのだろう。

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大阪は学生時代にパネルクイズアタック25の収録で行ったのが最初だ。神戸から大阪に勤めている知り合いのおじさんに挨拶をして、ふぐ料理の「づぼらや」に連れて行ってもらった。
ふぐなど、意識して食べたことはなかった。「安いんや」と、おじさんは言い訳のような照れ隠しのような言葉を吐いたが、ふぐが高いのか安いのかもよくわからなかった。

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そのおじさん亡き後も、づぼらやは健在だ。

随所にたこ焼き屋があるが、「わなか」がお勧めらしく並んでみたら、

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たしかにふっくらとろとろでおいしかった。ソースが刺激的でなくてマイルドなのも、いい。

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くいだおれ太郎も相変わらずの人気だった。

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そしてさらにディープ大阪へ。
南海なんば駅は終着駅の風情のある、行き止まりのくし型のホームで、たった一駅、今宮戎駅まで行く。各駅停車でも止まらない電車があるので注意が必要で、歩いてもいけそうだが電車に乗ってみた。

すると、「奈良・杭全」という道路標識があって、「なら・くいぜん」だろうと思ったら、ローマ字で「Nara Kumata(なら・くまた)」と書いてある。

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杭全がなんで「くまた」なのか、全くわからないが、全は「まった・く」で「また」なのだろう。杭は「くい」なので、「くいまた」なら何とか許す。

道路の向かいにはお茶の水女子大学ならぬ「お水の大学」があり、

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その反対側には激安で知られる大阪市民の強い味方のスーパー玉出があった。

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たしかに激安で、ごはんに漬物が乗っている弁当を138円くらいで売っている。
だが、それよりも店の前の植え込みに立ちションをしているおっさんがいて、いまどき立ちション自体が珍しいが、するにしても夜とか路地裏の空き地とかならともかく、

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幹線道路に面したスーパーの自転車だらけのところでするかよと、カルチャーショックもはなはだしかった。

そこから歩いて通天閣へ。通天閣に登るのは初めてで、みやげ物屋や写真屋が多かったけれども、いまどき低くなってしまった展望台を最大限に楽しませて儲けようという大阪根性が見えて、すごいと思った。

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その通天閣からは宿敵?あべのハルカスが見えるので、プラプラ歩いて行ってみる。横浜のランドマークタワーを抜いて日本一の高さを誇るビルだ。

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天王寺動物園の脇のてんしばという芝生の公園を通り、

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だんだんと大きく迫ってくるあべのハルカスを眺めて、ハルカスに向かう。ちなみに「あべの」は阿倍野という地名であり、「阿部の」という人の持ち物ではない。この場合「安倍の」と書いたほうがいいのだが、あえて「阿部の」。わかる人にしかわからない。

実はあべのハルカス入場券付きのホテルプラン(ホテルグランヴィア大阪)にしていたので、内心楽しみにしており、

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さすがに地上300mの眺めはすごかった。

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東京タワーの特別展望台改めトップデッキよりも高い。

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四天王寺の五重塔も模型みたいで、

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眼下の電車はNゲージみたいに小さくてかわいい。

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きっとは上空から模型のような町並を見て、子供が模型のプラレールを脱線させたりゴジラごっこでビルに見立てた箱をつぶしたりしているのと同じように、時折フーっと息を吹きかけて屋根を飛ばしたり、地震を起こして、おろかな人間に「おまえたちの地球ではないぞ」と警鐘を鳴らしているのだろう。

あべのハルカスのビルのてっぺんのヘリを歩くエッジツアーというのがあって楽しみにしていたのだが、冬場はクローズされていた。これは残念だ。絶叫コースターはこりごりだが、がけっぷちを歩くのは好きだ。

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なのでガラス張りの床で我慢しておこう。

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iPhoneのコンパスでも「標高300m」と出たので、やはり高いのだけれど、

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このビルは商業施設とホテルとオフィスと、こんなに大きなビルが必要なのだろうか。眼下には低層の民家も多数あるのに、なんでかな〜と思った。
| 旅行・鉄道 | 22:27 | comments(0) | - |


ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ) ルパン三世に乗る
アメリカのユニバーサル・スタジオ・ハリウッドは2回行ったことがあるが、日本のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は行ったことがなかったので、行ってみた。

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今日からクールジャパン企画でルパン三世名探偵コナンのアトラクションが楽しめる。

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ルパン三世カーチェイスXRライドはNTTドコモの提供で、VRグラスを付けてライドに乗り、ルパン三世が奪った宝物を取り返しに行くというもの、しかし…。

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ルパン三世の吹き替えの山田康雄さんに、かつてCM制作でたいへんお世話になっていたので、今日から公開のアトラクションというよりも、山田さんの縁で乗りに行った。

VRグラスを付けているので、ライド自体はそんなに激しい動きはしていないと思うが、カーチャイスはジェットコースター状態で、冷や汗が出た。荷物はすべてコインロッカーに預ける。100円玉は返却時に戻る。

さて、園内は5割が韓国人、3割が中国人、残りが日本人とその他外国人(関西人含む)と思える(当社適当調べ)。欧米系をほとんど見かけなかったのが逆にすごいと思う。

東京ディズニーリゾートは外部の風景を極力遮断しているが、USJはあけっぴろげというか、ほとんど隠せないので見えてしまうものはしょうがないという考えでないか?

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ジュラシックパーク・ザ・ライドは濡れるので乗らなかった。乗っている人はレインウェアを着ていた。

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JAWS(ジョーズ)はアメリカはトラムで撮影場所として見学するが、USJは船に乗ってアメティ市を観光する設定になっている。

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ハローキティ、セサミストリート、スヌーピーは日本でおなじみのキャラクター、それぞれのアトラクションがあり、着ぐるみ(と言ってはいけないのだろうが)も登場する。

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覚悟していたが、食事は高くてこんなペコペコのロコモコが1500円以上する。

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ハリー。ポッターは2016年のアメリカでは3Dメガネが必要だったが、日本は不要で映像と実物を行き来して、すごい迫力だった。

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暗くなってからプロジェクションマッピングがあり、閉園の7時までいた。

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率直な感想は、やっぱり東京ディズニーリゾートはすごいということと、ジェットコースターのようなライドはもう乗れないということ。
悟りました。
| 旅行・鉄道 | 23:19 | comments(0) | - |


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