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馬場浩士君への手紙 オーストラリアのシドニーにて
馬場浩士君
今から3年前の2016年5月、君の写真展を観にオーストラリアまで行ったのだった。君とメルボルンのカフェでスイーツを食べたり、市内を散策したのはまたとない思い出だ。
なぜならその半年後に君は死んでしまったからだ。
もうオーストラリアに来ることはあるまいと思っていたが、また来てしまった。それは君のおかげと言っても過言でない。

死せる馬場浩士、生ける私を動かす。

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メルボルンで私が撮った遺影の君は、いつもはにかんでいる。
もし君が生きていたなら、私はそれを当たり前のように思い、君を誘い出し、悩みを話し、時に悪態をつき、他愛もない楽しい思い出を重ねていったのだろうが、もはや更新することはない。

今日はシドニー市街地にあるハイドパークという公園に行ってみようではないか。肌寒くなってきたが、天気は雲一つない快晴だ。

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ハイドパークには青々とした木や、紅葉も終わりかけた木などが林立している。北から射す太陽の逆光がまぶしく、この光を活かして、どう写真を撮ろうか。

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池があって、湖面に建物が映っている。風で湖面が揺らぎ、建物も揺らいでいる。
ここに入ってみよう。

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ここはANZAC戦争記念館だ。オーストラリアは連合軍だから日本と敵対していた。豪兵と日本兵との多少の戦闘もあったと聞く。

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だがこの記念館は妙な空気感で、まったく別の世界のような気になってくる。
日章旗への寄せ書きや、

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新旧の飛行兵のヘルメットや、

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麗しい旭日旗などが展示されていて、この脈絡のなさは何ともたとえようがない。

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馬場君、向こうにノートルダム寺院みたいな建物があるぞ。

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あの現世に、君がもう一度「オーストラリアに行きましょう」というなら、私は迷うことなく「行かない」と言っただろうが、もし君とのことが夢であっても一度でも叶うのなら、それは迷うことなく、何を差し置いてでも「行く」と言う。

馬場君よ、何をそんなところで寝ているのだ。
「どこどこに行きましょう、写真を撮りましょう、おいしいものを食べましょう」
そう言ってくれないと、私の妄想はますます私を縛り、どこにも行けず何もできない自分になっていってしまっている。

ともあれ、このオーストラリアの案件が無事に終わるのを見守ってほしい。

| 旅行・鉄道 | 21:25 | comments(0) | - |


ANAエコノミークラスでシドニーへ
もうオーストラリアなんて行くことはないだろう。

今から3年前、馬場浩士君の写真展がオーストラリアメルボルン郊外のホワイトホース市で開催されるので、自腹で観に行った。その足でメルボルン郊外のグレートオーシャンロードやシドニー近郊のジュノラン鍾乳洞などを観光して、それは絶景で楽しかったのだが、オーストラリアは物価は高く飯はまずくサービスも悪いので、少なくとも自分の意志では、二度と来ないと思っていた。

それが、インバウンドプロモーションは東アジア(中国、韓国、台湾、香港)と東南アジア(タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア他)が一巡し、欧米豪の掛け声が聞こえてきたのが数年前だった。欧米豪は距離もあって時間もお金もかかるから、多くは商用のついでに東京や大阪の大都市を観光する程度だった。だが、アジア圏が飽和状態になり、欧米豪にも大都市はもとより地方にも観光してもらいたくなってきた。そうでないと観光庁の掲げた人数に足りなくなる。

そして私のところにもついに、やっと、欧米豪を市場とした仕事がやってきた。コンペで見事勝ち抜いて、今回、オーストラリアのシドニーにやってきた。

もちろん、ずいぶん前から決まっていたことだが、1年前から自分の中の旅行熱が極端に冷えてしまっていた。それよりも厭世観のほうが強かった。旅行も何も、する気にならないのだ。ましてやまずくて高いシドニーに行く気はなかった。
だが仕事は取ったら最後まで責任を持ってしなければならない。そのため今回は往復夜行便で二泊のみという短期決戦型にした。普通ならもうしばらく自腹で滞在して観光を楽しむところなのだが。

その、往復夜行も難行に違いなく、イヤなうえにも嫌気が増していた。
だが、渡航の日は来てしまった。

夜行便なので朝からだらだらと荷物をまとめる。息子に運転してもらい、車で羽田空港国際線ターミナルまで来た。

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ANAカウンターで、ANAスーパーフライヤーズ会員の特典である、プレミアムエコノミーへのアップグレードを聞いてみたが、すでに金を払った客で満席とのことだった。この特典は香港便でしか使ったことがなく、他の便はいつも満席だった。そのせいか、この特典は今年9月で終わる。使えないサービスは客のクレームにしかならない。

ラウンジで夕食を食べる。
カレーはJALのほうがおいしい。しかし豚角煮は新メニューかもしれず、初めて食べたがおいしかった。2つ食べてしまった。

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サラダも食べないとバランスが悪い。

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ダラダラとスマホをいじって搭乗口に行った。

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そうしたら、最上級会員であるダイヤモンド会員の窓口にも長い列ができており、こりゃダメだと思った。



22時30分発と遅いから食事は出ないと思ったが、飛んでしばらくしたら出た。

どうやら「減塩メニュー」を頼んでいたようだが忘れていた。

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おなか一杯のうえまずいので、半分も食べなかった。申し訳ありません。

ビデオでロッキーシリーズの延長の「クリード 炎の宿敵」を観たけどさほどおもしろくなく、1時前に寝たと思う。

目覚めたら、脇にボックスが置かれていた。朝ご飯らしい。

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これも減塩メニューで、そのせいでなくてもさほどおいしくなく、なにやら丸くなったブリトーみたいなものに紙が巻かれていたが、暗いのと老眼とでよく見えず、紙をはがさないでだいぶ食べてしまった。
ムカツク。

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9時間半の長旅を感じさせない体調でシドニー国際空港に到着。
だんだんと旅行のカンが戻ってきて、おもしろくなってきた。

まずは両替をしないと市街地にも行けないので1万円を両替したら99.3オーストラリアドルだった。



ということは1豪ドル100円70銭である。このところレートを調べていたが85円前後だった。
ふざけるな。この両替商は「手数料無料」をうたっているが、15%以上もレートが高い。
街中だと78円程度の店もあり、完全にやられた。5000円両替にすればよかったが、市街地ではもっと高い錯覚もあり、うまくいかない。
またオーストラリアが嫌いになり、18.7ドルで切符を買って市街地にでる。

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この空港アクセス鉄道は以前も乗っているので、感覚がわかる。

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こうしてセントラル駅に出て、快晴の朝日を浴びたのだ。

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| 旅行・鉄道 | 21:00 | comments(0) | - |


しばうら鉄道工学ギャラリーに行く 江東区豊洲
芝浦工業大学附属中学高等学校内にある<しばうら鉄道工学ギャラリー>に行ってきた。江東区豊洲にあり、東京メトロ有楽町線豊洲駅からゆりかもめに沿って南下して徒歩8分程度だ。

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最近の学校は立派。守衛さんに告げて名前を書き、番号札をもらって中に入る。無料。

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芝浦工業大学附属中学高等学校は戦前に鉄道省が設立した東京鐡道中学の流れを汲んでおり、かつての教職員は国鉄OBであったり、今も卒業生で鉄道業界に進む者が多くいる。

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特筆すべきは鉄道に造詣の深い先生方のご遺族が寄贈したコレクションが充実していること。とかく本人の死後は散逸、廃棄されがちなものが、一同に集まって多くの人々の閲覧に供しているのは喜ばしいことだ。

[三谷烈弌(みたに あきひと)コレクション]
元NHKプロデューサー。鉄道関係の番組も多く手掛けた。自費出版の冊子を自由に閲覧できる。
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[菊地文雄・正雄(きくち ふみお・まさお)コレクション]
鉄道模型の第一人者だ。
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[築島裕(つきしま ひろし)コレクション]
切符のコレクター。こんなものまで保存されているのかと感心した。
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[井原元一郎(いはら げんいちろう)コレクション]
欧州メーカーのHOゲージコレクション。
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[岸由一郎(きし ゆういちろう)コレクション]
交通博物館、鉄道博物館の学芸員だったが、栗原高原で地震に被災し若くして亡くなった。
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寄贈された書籍やダイヤグラムなどのいくつかはまだ未整理である。

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鉄道雑誌はご自由にお持ち帰りください状態だ。節度を持って利用しよう。

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列車の運転台や、椅子も置かれている。

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鉄道雑誌はおもちゃの汽車に乗っている。

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古い鉄道ジャーナルに懐かしい記事がある。
種村直樹氏の鈍行ルポ。

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竹島紀元編集長と白井朝子カメラマンのエル特急ルポ。

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蔵書はバックヤードにあり、先生と学生、そして江東区民のみの閲覧となっている。

先人の労苦を知り、後に続く若い人のためになってくれるよう、祈るや切。
| 旅行・鉄道 | 19:12 | comments(0) | - |


白糸の滝・音止の滝 静岡県富士宮市
富士芝桜まつりを見終えて車を南下させる。
駐車料は500円で、公園の出口で駐車券を買って、駐車場の出口でそれを見せる方式だ。

20分ほど走らせて白糸の滝に出た。公共駐車場は500円だが、周囲の民間駐車場は400円とかそれ以下もある。だが、状況的に胡散臭い感じがして500円を出してしまう。きれいに整備された駐車場でトイレもあった。

ここから下るように歩いてまずは音止めの滝に出た。

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残念なのは柵が老朽化しているのだろう、柵の手前に柵ができており、肝心の滝が視界に入らない。
駐車場が立派なのだから柵は早いところ工事したほうがいい。
視界が悪いため、ひな壇ができておりそれに上ってみるようになっているのだが、これが急で段差がありすぎる。

基本的に日本人観光客は年寄だから、これに上って滝を見るのは難儀だし、転落事故も起こりかねない。いったい何を考えているのだろう。

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音止めの滝の名前の由来は、かつて源頼朝が挙行した富士の巻狩りの際に、曾我祐成・時致兄弟が父の仇である工藤祐経を討とうとした、その密議をしていたが滝の轟音で話が聞き取れない、そこで神に念じたところ、たちどころに滝の音が止んだという伝説による。曾我兄弟は見事に本懐を遂げた。
とのこと。

滝の音が聞こえるが、会話が不自由なほどではない。
音止めの滝はいかがなものかの観光名所で、これは白糸の滝に期待するしかない。もっとも、2008年7月にバイクで来ているのだが。このときの音止めの滝は柵がまだ壊れかけていなかったようで、迫力ある滝が見られた。

2008年の音止めの滝。


白糸の滝はもう少し下に降りる。

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周囲の崖の随所から小さな滝が流れ落ちており、全体で美しい滝が形成されている。

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メインの滝の前に、離れがたいようにずっとたたずんでいる小太りの女性がいた。

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写真撮影に邪魔だったが、あちこちに移動して滝を見ているので、それで助かった。どいたスキに写真を撮った。

芝桜と違って中国人がほとんどいなくて、その点はよかった。
| 旅行・鉄道 | 19:59 | comments(0) | - |


富士芝桜まつりに行く 山梨県本栖湖リゾート
毎年大型連休前に芝桜を愛でに行っている。例年、埼玉県秩父市の羊山公園だったが、芝桜がハゲてきて見るに忍びなく、昨年は栃木県のあしかがフラワーパーク市貝町の芝桜公園に行ってきた。
だが、羊山公園よりも狭く、かといって羊山公園は相変わらずハゲているようで、今年は山梨県の本栖湖リゾートで開催される富士芝桜まつりに行ってきた。

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今日は快晴の予報だったので、富士山もくっきりだ。

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芝桜は色とりどりの花がランダムに植えられており、色のモザイクがきれいだ。

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芝桜以外の花も植えられているし、ピンクだけをまとめて植えているところもある。

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小さな湖もあって、富士山が借景になっている。

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さらに、小さな"富士山"もある。

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展望台もあって、高い目線で公園全体を見渡せる。

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大型連休はさぞ人出が多かっただろうが、さすがに今日はすいている。しかしそれなりの人出だ。

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日本人のバス旅行や中国人のツアーが多く、中国人の子供がチャンバラをしてうるさいし危ない。そもそも学校は休みなのか。

昼過ぎに公園を出て、富士山を眺めながら南下していると、黄色い花が咲いている単なる空き地に出た。

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特段の手入れをしているとは思えないが、これはこれでとてもきれいだ。
八号線入口というバス停があり、レトロなデザインの待合室になっていて、もしかしたら光景を考えているのかもしれない。



さらに、田貫湖に出ると、湖と富士山が映えていた。

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2年、羊山公園に行っていないので、来年は羊山公園の芝桜を見てみようかな。
| 旅行・鉄道 | 21:35 | comments(0) | - |


小田急線代々木八幡駅がリニューアル
小田急線の代々木八幡(よよぎはちまん)駅が改装され、今日から新しいホームや改札口がオープンした。

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今日はJRグループはじめ、大掛かりなダイヤ改定のある日だ。車内販売が廃止される列車があったり、廃止になる駅があったりの悲喜こもごもである。

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これまでは上下線が北側と南側に分かれた二面2線のホームだったが、島式の一面2線に改装された。もっとも大きな理由は小田急線の10両編成の電車が止まれるようにしたことだ。これまでは両側に踏切があって8両しか止まれなかったが、ホームを移動して輸送力を拡大した。

これは1月のまだ工事中の写真だ。



改装後は島式ホームから二階にあがるようになっている。

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これまで地上にあった改札口は橋上になり、北口・南口に出られるようになった。

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今日は開業初日なので係員らしき人たちがたむろっている。不測の事態にも備えているのだろう。

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エスカレーター、エレベーターも、もちろんある。

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代々木八幡駅の最大の特徴は急カーブにある駅だった。
ホームとの間に隙間が出来て危なかった。

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そこでホームドアが作られ、さらにドア口はホームの下からステップがでるようになった。ベビーバギー利用者には朗報だ。

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いずれ、線路をまたぐ山手通りに出られるようになる。オレンジ色のシートで先端部分をくるまれた柱がその出口になる。

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日本の人口は減っているが、小田急沿線は海老名にショッピングセンターやマンションを作ってある程度の客数をキープしようとしている。2021年春には 海老名駅の隣接地に小田急の魅力が詰まった「ロマンスカーミュージアム」をオープン予定だ。海老名がキーワードになるだろう。

  

| 旅行・鉄道 | 15:02 | comments(0) | - |


1988年2月 マレー半島縦断鉄道の旅<2> バターワース〜シンガポール
イナバの物置から出てきた写真でたどる、31年前の小田急トラベルサービスマレー半島縦断鉄道の旅、第2弾、後編。
仲間内の会報誌に投稿した駄文を加筆修正してお目にかけます。

●バターワース〜クアラルンプール
 バターワースからは狹賤里凌深"と呼ばれるリゾート地ペナン島に渡り、ここのホテルで泳いだり海岸でパラセーリングをしたりして、しばし南洋の休日を楽しんだ。
 翌日も海岸に行ったら、昨日のパラセーリング屋が顔を覚えていたらしく遠くから手を振った。ものすごく遠くだ。しかし現地の人の視力は2.5くらいあるのが普通ではなかったか。

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 2月10日夜、再びバターワースに戻り、寝台特急<セラダンマナム号>でマレーシアの首都クアラルンプールに向かう。今度は個室一等寝台で、形式は日本の2人用A寝台個室である。個室内には洗面器も完備、なかなか快適だ。よその個室を訪ねたりしていたが、翌朝は6時40分着と早いので早々に切り上げた。

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 翌11日の朝6時30分着と、10分も早着してクアラルンプール駅に着いた。まだ薄暗い市内をバスでホテルに向かう。
 マレーシアの首都クアラルンプールは、緑が多くたいへん綺麗で、高層ビルが並ぶ近代的な都市。東京のコンクリートスラムが恥ずかしくなる。東南アジアの印象を払拭させてくれる素晴らしい景観で、少なからずカルチャーショックだ。もちろん、少し街を出ればトタン屋根の貧しい家になるのだが、少なくとも街中の住宅は「豪邸」だ。ホテルのプールで陽を浴びていると、日本に帰るのがいやになった。

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●クアラルンプール〜シンガポール
 市内ではバアサマたちの買い物旋風に付き合わされ辟易したが、いよいよマレ一半島最後の区間に乗る日が来た。13日早朝、まだ薄暗いクアラルンプール駅に再び行く。よく見ると王宮風の美しい駅である。昼行の国際特急<シナランバギ号>はすでに入線しており、みな、思い思いに写真を撮る。われわれの乗る一等車は前部がサロンになっており、通常の座席も1-2の横3人掛で快適だ。

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 7時30分発の列車は、左手に日の出を見ながらひたすら南下する。いままでのバンコク〜クアラルンプールは夜行で、景色を見る楽しみはなかったが、この車窓からは白く細く伸びたゴムの木と、やけに葉っぱが多くて大きい椰子もどきが交互に見え、単調ではあるがそれなりに楽しい。食堂車はタイのとは比べものにならないくらい綺麗で、こちらの制服はブルー。昼食におにぎり弁当を持ち込んでいたので食事は遠慮したが、紅茶を注文した。甘かった。シンガポールとの国境の駅「ジョホールバル」着。車内に女性も交えた出国管理官が乗ってきて、パスポートに軽くサインをし、手続きは完了。そしてジョホール水道を鉄橋で越え終着シンガポール駅へ。ホームでタイ・マレーシア両国の国鉄総裁の乗車証明をもらい、子供のように喜び合った。

●シンガポール地下鉄
 私たちはシンガポールの半日市内観光には行かず、勝手に路線バスに乗ったり、昨年12月に開通したばかりの、世界一新しい地下鉄に乗って遊んだ。こちらは地下鉄はサブウェイでは通じず、MRT (Mass Rapid Transit) と言わなくてはならなかった。サブウェイは地下道と理解されてしまう。

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 東京では銀座に相当する繁華街にあるオーチャード駅の、モダンなデザインの入口からエスカレーターで地下に降りる。主要駅にはショッピングアーケードまでつくられている。まだ南北に一本伸びているだけだが、この春には東西にも伸びて、たいへん便利になるはずだ。

 自動販売機にコインを入れ、料金のボタンを押すと、即座にオレカ大のプラスティック製のきっぷが出てきた。料金は50セント(約33円) から1ドル10セントまで。きっぷは薄いグリーンで「シングルトリップ」とあり、料金は明示されていない。裏面には2本の磁気ストライプがあり、これに購入駅や料金のデータが入っていて、集札したら磁気データを入れ換えて、何度も使うのだろう。オレンジカードのような10ドル分使えるきっぷもあり、このきっぷの色はブルーだった。このように乗り方の仕掛を考えながら、未知の土地を行くのはとてもおもしろく、レールファン冥利につきるのだ。
 自動改札機にきっぷを入れ、さらにホームへと降りる。大理石で作った階段もあって、豪華で美しい。日本のような「ただ人を運ぶもの」という機械的な感じをまったく受けない。ホームには転落防止のガラスの壁が延々とあって、電車のドア部分と揃えてドアがある。電車が止まってドアが開くとホームのドアも開く、ボートライナ一方式だ。

 車内の椅子はプラスティック製で、車両によってオレンジ・グリーン・ブルーなどに色分けされている。シルバーシートは各車両の前部に 用意されているが、特に老人は乗っていなかった。ドアロの横には禁煙マークが貼ってあり、その横には飲食禁止を示すマークも貼ってあった。中国系の人は食べ物を散らかすからなのだろうか。
 とりあえず北の終点まで乗ると、途中から地上を走る高架線となって、高島平のような団地に着いた。自動集札機にきっぷを入れると、10セントほど多めに買っていたのだがきっぷは戻らなかった。
 スコールにまみれながら駅前をうろつくが、郊外もとても美しい。クアラルンプールといい、本当に美しい都市だ。引き返して南の終点まで行って、ホテルへ戻った。

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 夜、みんなで会食したさい地下鉄の話をしたら、ことのほか興味を示し、「乗りたい、連れてって」となった。それではと、まず屋台街で有名なニュートン・サーカスへ団体バスで行ってちょっと見学。ここからホテルまで「にわかガイド」として、地下鉄を案内することにした。平見嬢を含め約10人の有志を引き連れ.小雨の中を最寄りのニュートン駅へ行き、地下鉄のサイン看板を前に、まず現在の路線網を講釈する。
 「エスカレーターのスピードが日本より早いのでお気をつけ下さい」と気を配り地下へ引率。自動券売機ではきっぷがなかなか出てこない人がいたり、自動改札をワイワイ言いながら通過して、さらにホームに降りると大理石造りの豪華な階段にオバサマたちは大感激。この前で記念写真を撮るほどだった。

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 ホテル最寄りのオーチヤード駅までわずか1駅ではあったが、単なるバスの移動にはない旅の楽しさを味わっていただいたつもりだ。このときばかりは添乗の平見嬢も神妙に着いてきたものである。
<了>

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この文章はレイルウェイ・ライター種村直樹氏の影響や行動を多分に受けている。上から目線で今読み返すと不愉快に感じるかもしれないが、それでも同行のオバサマたちには喜ばれていたと思う。楽しい旅であったなら、うれしい(これも上から目線)。

ところで、この旅で私は2つの失敗をした。
1つは寝台車のもの入れに腕時計を置き忘れたのだ。カシオのワールドウォッチという世界中の時間を表示できる機種だった。今ではその後継のカシオプロトレックを使っている。

もう1つは、シンガポールの即日仕上げのDP屋にフィルムを現像・プリントしてもらい、最終日の夜にみんなに写真を配って、驚かれたり喜ばれたりしたのだが、DP屋がいいかげんで、プリントとネガフィルムが違っていた。だれかほかのまったく関係のない人のネガが袋に入っていたのをホテルの部屋で気づいた。後にも先にもこんなことはない。そのため、この旅行のネガはない。だから手許に残ったプリントをスキャナーでデジタル化した。
写真の順番や撮影地も今ひとつ自信がない。

小田急トラベルはこのツアーが好評だったようで何年か続けて催行していた。今はJTBの提携販売店に成り下がっており、こんな面倒なツアーは造成しないだろう。でも楽しめた。ありがとうございました。

  
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