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梅ちゃん先生 DVD/BDラベル
NHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」が終りました。すべてを録画していたので、
15分×全156話=2340分=39時間
の、録画したデータをブルーレイディスクにダビングする作業も終りました。HDDに久しぶりに余裕ができました。

DVDラベルを作りました。
プリンタに付属のCD/DVD/BDラベル作成ソフトで、プリンタブルのディスクにラベルが作れます。

ご自由にお使いください。

梅ちゃん先生DVDラベル

クリックすると拡大しますので、それを保存。プリンタのラベル作成ソフトへ。ソフトで回りが丸くなり、ディスクにぴったり印刷されます。
わざと余白を作っているので、録画日などの文字は適宜ソフトで追記してください。

  


| 梅ちゃん先生(NHK) | 20:27 | comments(0) | - |


梅ちゃん先生 平成24年の後日談 堀北真希・松坂桃李は今…
視聴率だけはよかったNHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」。本放送が終った10月にはスピンオフドラマ『梅ちゃん先生〜結婚できない男と女スペシャル〜』が1時間ずつ2話にわけて放送された。

スペシャルでは昭和37年11月までの物語で、安岡梅子(堀北真希)の医専時代からの仲間、松岡敏夫(高橋光臣)、沢田弥生(徳永えり)、山倉真一(満島真之介)をメインにした展開で、結局、弥生と山倉が結婚することになり、それに夫信郎(松坂桃李)の不倫疑惑を添えてのドタバタ恋愛コメディだった。

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これは楽しめた。
こういうどうでもいい話は尾崎将也の真骨頂だと思う。これまでバカだアホだと「梅ちゃん先生」を批判し続けたが、それは番組コンセプトが「戦後からの復興を震災からの復興に重ねる」「地域医療に貢献した女性医師」のような大上段に構えているにしては、内容がまったく伴わない違和感だらけだったからである。
NHK制作プロデューサーや編成の方向ミス、ボタンの掛け違いだと思うが、視聴率が良かったからなんでも良いことにしてしまっているのだろう。

さて、スペシャルは一種の後日談だったが平成24年にあの登場人物たちはどうしているのだろう。半年間、バカだアホだといいながらも実は楽しませていただいたお礼と罪滅ぼしに、さらに罪を重ねることになるのだろうが、勝手に平成24年版を妄想してしまおう。

主役は長男の安岡太郎である。あえて言うなら「たろちゃん社長」?
そう、太郎は54歳の仕事盛り。安岡製作所の三代目社長になっているのだ。

///////
平成24年9月、大田区本蒲田の、今では登記上の本社でしかない安岡製作所の社長室(元の工場)で、社長の安岡太郎は久しぶりに帰国したヤスオカベトナムの社長であり安岡製作所の専務である佐藤光男と、ハイビジョンテレビに映る中国の反日暴動をため息交じりに見ていた。光男は74歳になっている。

「先代は賢明でしたな、中国ではなくベトナムを選びました」
光男がぼそっと言った。
「ああ、そうですね」
太郎はうなづいて、壁にかかる先代社長つまり父親の安岡信郎の写真を見上げた。先々代の祖父幸吉の写真も飾られている。
先代の信郎は2年前、平成22年に83歳で亡くなっていた。

昭和39年10月1日、東海道新幹線が開通した。高速台車に使われるシリンダの部品を作った安岡製作所の技術は認められ、大量に生産されることになった新幹線車両部品はもちろん在来線の部品製作も舞い込み、銀行も手のひらを返したように融資するようになって株式会社に改組、多摩川を渡った川崎市高津区に大きな工場を建てるにいたったのだ。
当時の社長、安岡信郎は光男を大学の夜間部へも進学させ、光男は工場経営を学んで川崎工場建設にも力を発揮した。用地取得や工場建設は加藤の伯父の会社が採算度外視で引き受けた。木下(竹財輝之助)は専務取締役川崎工場長として70歳まで働き、郷里に戻った。

川崎工場では台車そのものを作ることになり、国鉄のみならず私鉄車両やヨーロッパの鉄道車両会社からの注文も増えた。輸出には竹夫伯父(小出恵介)の会社が尽力してくれた。さらに栃木県真岡市の工場団地に第2工場を建てるまでになったのである。
YASUOKAといえば鉄道台車の世界的メーカーに育っていた。

太郎は父信郎に似て機械の分解が好きだったが、母方の祖父下村建造にも似て「お勉強はできた」ので、帝都大学工学部機械工学科に進学した。卒業後は大手の鉄道車両製造メーカー(日本車両とか)に就職したが、祖父幸吉の死を契機に安岡製作所に勤めることとなった。あのとき、幸吉の遺体にすがりついてだれよりも大声で泣いていた"光男にいちゃん"の姿を、太郎は今でも鮮明に覚えている。

一方で弟の新(あらた)は母梅子の母校とも言える蒲田医科大学に入り、内科医となって蒲田第一病院に勤めていたが、母が65歳になった平成6年に引退すると言い出し、安岡医院を継ぐことになった。
すでに母を"梅ちゃん先生"と呼ぶ年上の患者たちはあらかた亡くなって、今では梅子は"おおせんせい"と呼ばれている。

太郎は、加藤の伯母(ミムラ)や下村の竹夫伯父からもかわいがられ、親世代が亡くなってもいとこたちと交流を続けている。
梅子は父建造から
「自分の仏壇を置く」、
「下村の表札を出し続ける」
を条件に、本蒲田の下村の屋敷を受け継いだ。本来は跡取りの長男竹夫も快く応じた。
昭和60年に医院ともども建て替えた時、大きな広間はリビングとして引き続き用意し、親戚一同が集まる場として今でも活用している。
その中心が母梅子になったことに時の流れを感じる。

梅子を訪ねるのは親戚だけでなく旧友の沢田弥生も頻繁に遊びに来る。二人とも83歳になるが、たいへん元気で杖も不要だ。

山倉は長男であったが沢田家の養子になり沢田医院を継いだ。弥生は研究を続け帝都大学医学部名誉教授にまでなった。引退後は「山倉さん=梅子と弥生の会話では未だにこう呼んでいる=の手伝いは息子がしてくれるから=弥生の息子は帝都大学医学部卒=私は遊ぶの」と、引退した梅子と小旅行や茶飲み話を繰り返している。
「新ちゃん=周囲は"あらたちゃん"ではなく"しんちゃん"と呼ぶ=も昔の梅子のように町の人たちに親しまれているようだし、よかったわね」
「蒲田第一病院時代の患者さんが逆にうちに来てくれて助かっているようよ」

ちなみに松岡敏夫は独身を通し、20世紀の終り平成12年に梅子たちに看取られた。

昭和の終り、安岡製作所の海外向け生産を一手に引き受ける海外工場建設の話になった時、父信郎は銀行の勧めで中国やベトナムの現地視察に奔走した。多くの同業者は中国へ投資したが、信郎は
「どうも中国人は信用ならない。腹の底で日本人を敵視している。その点ベトナム人は心の底から日本人を尊敬している」
と、「ベトナムなんて"戦後"間もないじゃないか」と揶揄する同業者の声に背いてベトナムに工場を建てたのである。
俺たちは戦後の焼け跡からここまで育ったんだ
と信郎はきっぱりと言った。

今、日本は大きな不況にあえいでいる。
だが中小企業ではあるが株式会社安岡製作所の経営は安定しており、信郎や太郎は何度も雑誌やテレビ(がっちりマンデーやWBS)で紹介され、信郎は叙勲まで受けた。

社是は
「ものづくりで日本に世界に貢献する」
「ものづくりは努力の積み重ねでのみ成立する」
「ものづくりは顧客に喜ばれてこそ価値を得る」

である。

安岡製作所は鉄道台車のトップメーカーではあるが、太郎の夢は航空機を飛び越して宇宙に向いており、息子の幸造JAXAに勤めている。
佐藤光男専務は高齢を理由に引退をほのめかしているが、まだまだ安岡製作所の"番頭"として力を貸してほしいと慰留しており、千恵子夫人にも母梅子を通じてそれとなく頼んでいる。

  


| 梅ちゃん先生(NHK) | 07:23 | comments(4) | - |


梅ちゃん先生 実は父建造の性格を治す物語だった?
NHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」が終った。
世にもくだらない低次元の番組だった。

最初から
懐かしの昭和で楽しく愉快に暮らした一家とお隣さんのコメディドラマ。ヒロイン梅子役は昭和ならおまかせの堀北真希!
とでも謳っておけば文句を言わないのに
震災からの復興を戦後の復興に重ね、地域医療振興に尽くした女性医師の物語
のように大義名分を言うからバカなのである。

■HPにある「みどころ」
昭和20年、終戦直後、焼け野原と化した東京・蒲田(現・東京都大田区)。復興、そして昭和の奇跡の経済成長を支えていく名もなき人々に寄りそって、命を守る医師になっていく一人の女性。挑んで、失敗して、笑って、そして泣いて・・・彼女の周りには、いつも家族や町の人々の笑顔があふれている。
『梅ちゃん先生』は、地域医療に生きようとするヒロインのひたむきで、にぎやかな日々を描きます。


このブログでは、
医療や医療従事者、患者、被災者をバカにしている
倫理観が欠如
時代考証がまったくなっていない
話の流れの整合性が取れない
リアリティがない

などの観点から突っ込みを入れたが、最後の最後もおかしな展開であきれさせてくれた。

梅ちゃん先生記事一覧>>>

それは、いつも仏頂面している父建造(高橋克実)がNHKのど自慢に唐突に出演しテレビの中で笑ったことを最後のエピソードにしたことだ。
戦前戦中戦後の父親像は、ここまで蔑まされ邪魔ものにされ、最後は笑いものにされて「お父さんも変わる」と家屋敷を担保にして医院を開業させてやった娘に、さもこれまでが悪かったように上から目線で言われるのか?

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建造がのど自慢に出た理由は「自分が変わるいい機会かもしれないと思った」と語るが、60歳過ぎまでずっとカタブツで来た大学教授で病院長が、何をいまさら変わる、変わらなければならないと思うのか。またそれがドラマの流れでどういう意味があるのだ。
第一、父親の性格を変えるのがこの番組のテーマだったのか?。

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実はノベライズでは「のど自慢に当たった人が入院で出られなくなり、代わりに出ないと治療は受けないというので仕方なく」とあり、これも厳しいけれどもまだ整合性が取れる理由かもしれないが、それでも昭和36年の病院長がそういう発想になるとは思えない。これをカットしたのは、のど自慢出場者同士が替え玉になるのをNHKとして是としなかったからだろうか、それとも時間の関係か。

そもそも当時テレビに出るのは雲の上のことで、仮に自分が変わらなければと思ったとしても、テレビに出ようなどと言う発想はあり得ない。あれから20年後の昭和56年だって、テレビにでるのは素人にとっては大きな出来事だった。出ていた私が言うのだから間違いない。

しかもそのスタジオは、安岡幸吉(片岡鶴太郎)が戦後まもないころ、ラジオ放送ののど自慢に出た時(第24回)と雲泥の差。ラジオのスタジオが豪華すぎる。※建造ののど自慢は昭和36年11月。

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何はともあれ視聴率はよかったが、ブログや掲示板サイト、ツイッターでは酷評も酷評で、「Yahoo!みんなの番組」は管理者側が悪いコメントを削除しまくっていた。
NHKや民放は、単純に視聴率だけで番組を評価しないで、インターネット時代に対応した評価の得方、アプローチの仕方を考えて、番組制作をしていくべきだ。
NEWSポストセブンでも好評とは言い切れないと指摘している。

■Yahoo!みんなの感想の評価


※初出記事でのど自慢の司会を当時の宮田輝アナの映像と合成したと書きましたが、別人との説もあり、その部分を削除して再UPしました。

  
| 梅ちゃん先生(NHK) | 23:30 | comments(6) | - |


梅ちゃん先生 当時の大井安正アナ合成のリアリティはき違え
NHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」が終った。
世にも低次元の番組だった。

最初から
ドリフもびっくり!昭和コスプレお医者さんごっこギャグドラマ
とでも謳っておけば文句を言わないのに
震災からの復興を戦後の復興に重ね、地域医療振興に尽くした女性医師の物語
のように大義名分を言うから批判を浴びる。

このブログでは、
医療や医療従事者、患者、被災者、東北出身者をバカにしている
倫理観が欠如
時代考証がまったくなっていない
話の流れの整合性が取れない
リアリティがない

などの観点から突っ込みを入れたが、最後の最後もおかしな展開であきれさせてくれた。

梅ちゃん先生記事一覧>>>

それは、いつも仏頂面している父建造(高橋克実)がNHKのど自慢に唐突に出演し、テレビの前で笑ったことと、のど自慢の司会者が往時の大井安正アナウンサーの合成をしたことだ。
※初出記事で宮田輝アナウンサーと書きましたが、別人ではとのご指摘をいただき、大井アナと教えていただきました。ありがとうございます。再構成してUPします。

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だいたい、のど自慢の司会者を俳優ではなく、当時の大井安正アナウンサーの合成にしたのはどういう理由か。これがリアリティというならリアリティをはき違えている。これまで何度もリアリティのなさに呆れて、指摘したはずだ。
NHKとしては映画「フォレスト・ガンプ 一期一会」のようなイメージでおちゃめに合成したのかもしれないが、のど自慢の設定と言い無意味な合成と言い、力の入れどころを完全に間違っている

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往時の大井安正氏ののど自慢
大井安正

最近の大井安正氏
大井安正

大井アナがのど自慢の司会をしていたのは1966年(昭和41年)で、建造が出たと言う1961年(昭和36年)当時は宮田輝アナだった。
宮田アナはのちに国会議員まで務めた知名度の非常に高いアナウンサーで、宮田アナの映像ならともかく、なんでわざわざ大井アナの映像を使ったのだろう。素材がなかったのか宮田家から拒絶されたのか(故人)。

最後の最後の最終回までおかしな設定で、視聴率はよかったもののSNSなどによる評価はサイテーだった。
NHKや民放は、単純に視聴率だけで番組を評価しないで、インターネット時代に対応した評価の得方、アプローチの仕方を考えて、番組制作をしていくべきだ。
NEWSポストセブンでも好評とは言い切れないと指摘している。

  
| 梅ちゃん先生(NHK) | 15:57 | comments(1) | - |


梅ちゃん先生 堀北真希も梅子に呆れてやる気ナシ?
くだらな過ぎたNHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」は今週で終りだ。

ドジな娘の下村梅子(堀北真希)は終戦直後、捨ててあった腐った饅頭を食べて腹痛を起こした戦災孤児の中谷広志を、父の帝都大学医学部教授の建造(高橋克実)が治療するのを見て医師を志す。

因数分解も知らないバカ娘がなぜか医専に受かってしまい、医専でも4科目に赤点を取り、その再試験を途中放棄するが同級生の懇願で再再試験になってなんとか進級する。

医師国家試験も受かって父親が面接官をしてコネで帝都大学の医局に勤めるようになる。

その後、実家脇に父名義の土地家屋を担保にして医院を開業し、幼馴染の町工場の跡取り息子と結婚する。

だが近くに大病院ができて医院は閑古鳥…、そこにあの中谷広志が製薬会社のプロパーとして現れる。

広志は戦災で父母を亡くし、叔父の材木屋で肩身の狭い思いをしながら働かされ、夜学に通ってやっと入った製薬会社も新興のため営業のハードルは高い。
屈折した性格の広志と、自分では余計なおせっかい以外は何もしないで周りのお膳立てでうまくコトが運んでしまうノー天気なバカ女梅子の対比で最終回を迎えるのか…。

広志は、建造の治療を受けている時、梅子から「頑張って、ヒロシくん!」と励まされ、
頑張った人には神様がきっとご褒美をくれる
と言われ、それを信じて生きてきたが、よいことなど一つもなかった。

そりゃそうだ、神様は梅子の面倒をみるのにつきっきりで、広志のところには現れなかったのである

このくだらないドラマへの批判や突っ込みは過去記事を読んでいただくとして、夏場も終った頃から主演の堀北真希ちゃんの演技に心がこもっていないように見えてきたのは私だけだろうか。
彼女は美形だけれども工員なら工員、女学生なら女学生の役柄をキチンとこなすまじめな性格らしいが、梅ちゃん先生の後半は医師役・母親役を、どうもうわべだけの演技、役柄に入り込んでない、片足を別に置いたような演技をしている。
役になりきれていないというか、役になりきりたくない、という気持ちが感じられる。

8月末にクランクアップを迎え、歴代のヒロイン役は花束をもらってみな涙を流すのだが真希ちゃんはスーーーとしていた。女優なら空気を読んで泣きマネでもすればいいのに、その気がないとみえてしなかった。次のヒロインの夏菜にバトンタッチをするプロモーションでも、さっぱりしていた。

NHKの番宣番組に出ても同じ話を繰り返し、しかも口に手を当てて口を隠すしぐさを何度となくした。いかにトーク番組といえども女優として出演しているのだから、女優が顔を隠してどうなる。
口に手を当てるしぐさは自信のない証拠だ。



息子の太郎役の乳児は何人か変わったけれど、二代目は抱くシーンがあまりなかった。もっぱら夫・信郎役の松坂桃李が抱いていた。
真希ちゃんが抱くと泣いて収拾がつかなかったのか。つまり母親役としての心が乳児と通じ合えなかったのだ。
視聴者はごまかせても乳児はごまかせない。心がないのが乳児にはわかったのだ

私は堀北真希が、物事がわかっている女性だからこそ、梅子という役柄にほとほと呆れ、撮影後半はただただセリフや演技をこなすだけで過ごしてきて、クランクアップでようやく安堵した、と思うのだが。

このバカドラマを作って放送した、脚本の尾崎将也や演出・美術・時代考証のNHKスタッフの罪は深いが、それで視聴率20%を越えたのだから、このレベルで視聴者を楽しませられる・騙せると思ったらさらに罪は重い。

「梅ちゃん先生」は戦後の復興を東日本大震災からの復興に重ね、地域の絆の深さを地域医療振興に賭ける女医で表現したつもりらしいが、見事にむごいまでの視聴者をバカにしたギャグドラマで終った。
その罪滅ぼしか、NHKは戦後の復興は「負けて、勝つ〜戦後を創った男・吉田茂〜」で、地域医療振興は福井県名田庄村の実在の医師を元にした「ドロクター(BSプレミアムドラマ)」でフォローしたのかと思う。この2作品は実に素晴らしい心にしみるドラマだった。

真希ちゃんには紅白歌合戦の紅組司会を上手にやって欲しい。

  

| 梅ちゃん先生(NHK) | 06:56 | comments(2) | - |


梅ちゃん先生(堀北真希)のライバル蒲田第一病院の秘密
やっと来週で終わるNHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」。困難にうち当たってもなんとかなってきた梅子(堀北真希)だが、今回の困難は近くに総合病院の蒲田第一病院ができること。建物は完成し、7月に開業だ。

梅子は義母の安岡和子(大島蓉子)が持ってきた大田区月報でそれを知った。

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んなことないだろ。だいたいそんなことは蒲田医師会を通じて建てる前の計画段階から知っているはずだ。梅子は医師会から仲間はずれ村八分にされているのか。可能性としてはあり得るかもしれないが。

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その蒲田第一病院は
「(安岡医院から)表通りに出てすぐ」
とのことだ。

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表通りに出てすぐなら、大規模な工事なのだから駅や買い物に行く途中に何ができるか、一般区民でもわかるだろうが。建物が出来上がってから知って慌てるのは、ドラマといえども安易すぎる展開だ。

電柱看板には
大田区役所前
と書いてある。

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ここでまた矛盾が生じる。
今の大田区役所は蒲田駅東口すぐで、これはバブル末期のいわくつきの建物を利用している。
この区役所であれば安岡医院の本蒲田6丁目(実際は5丁目まで)に近い。

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しかし梅子の当時の大田区役所は大森寄りの今の大田文化の森にあった。当時の住所は新井宿。今の大田区中央だ。



三連休でバイクに乗ってわざわざ視察してきた。

狭い路地にある医院を発見。安岡医院のモデルか?
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大田区民の誇り、心のオアシス「大田文化の森」。ここが旧大田区役所の場所だ。
ここなら想定の安岡医院からおよそ2.5km。歩いて30分かかる。

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その前の、病院があったと思われる場所には下駄ばきアパート(1階部分が店舗で2階以上が住居)が建っていた。

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ただし、目の前ではないが通りを隔てたすぐ脇に大森赤十字病院がある。近代的な建物だが、こちらが蒲田第一病院のモデルか?
HPの「沿革」を見ると、昭和21年に前身ができ、昭和32年に鉄筋コンクリート造3階の建物になったという。

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まず、安岡医院は大田区本蒲田六丁目三番地。これは架空の住所で当時の本蒲田は5丁目までであったが、国鉄蒲田駅東口の南に位置していると思える。今はこんな感じ。



ところが蒲田第一病院が「(現実の)区役所の前」ならば安岡医院からはかなりの距離で慌てふためくほどではない。
昭和の地図で本蒲田は5丁目まで。そのすぐ南には環状8号線ができたので、下村家・安岡医院は環八によって移転したということにしようか。



大田区は昭和22年(1947年)3月15日に、当時の「大森区」と「蒲田区」が一緒になって誕生した。その際、両方の一字ずつを取って命名された。だから今でも大田区には大森医師会蒲田医師会の2つが存在する。
当時の大田区役所は旧大森区役所を利用していたのだ。

これは舞台となっている大田区民には周知の事実だ。いろいろプロモーションに協力してもらっている(NHKは宣伝してやっているつもりだろうけど)大田区民や蒲田住民に、多少なりとも失礼と思う。

大森と蒲田の違いをNHKのスタッフが知らないで蒲田を舞台にしたドラマを作っているわけがなかろう。つまり当時なら大田区役所前なら蒲田ではなく大森第一病院のはずなのだ。

一方で、蒲田第一病院の事務長の名刺は「本蒲田7丁目」とある。6丁目の安岡医院とはすぐ近くになる。

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明らかに架空の地名。これは構わないがであるなら電柱看板の「大田区役所前」はいかがなものか。「蒲田駅南」くらいの表示が妥当だったと思う。

次に問題なのは病院の記事がある大田区月報である。これは小田原市月報をほぼそのままパクって作ったものである。なぜなら、記事に出てくる病院は小田原市立病院なのだ。
それがわかるのは記事本文の中ごろだ。記事の冒頭こそ「区民や当地方住民から大きな期待を寄せられていた…」とあるが、中ごろは「国をはじめ各方面の協力を得て…」「昨年四月同市久野四六番地に着工以来…」と、まったく直していない。

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そこで久野と言う地名のある市を探したら小田原市であり、小田原市久野四六番地に何があるか探したら、ピンポイントで小田原市立病院があった。



なにかひな形を参考に小道具を作るのはいいけれど、あまりにずさんでいいかげん。
ハイビジョン、ブルーレイレコーダー、ブログ、ツイッター、フェイスブック、2ちゃんねる、Yahoo!みんなの感想の時代に、これはないだろ。

ずさんな小道具、竹夫の定期券の秘密>>>

せめて「国をはじめ各方面の協力を得て…」「同区久原四六番地」くらいに修正したらどうか。大田区には久が原(くがはら)という地名があるから久原はそれをもじった架空の地名。

この小道具の月報をまじまじと見ている堀北真希や松坂桃李は「市」「県」と矛盾が記載されているのを気づかないのか。アップのシーンだけでも修正した月報に差し替えればいいのに。

こんな誤植?だらけの印刷物を作っていたら、刷り直しどころか出入り禁止になるぞ。

そして物語は、梅子が医師になるきっかけとなった戦災孤児の中谷広志が成人し、ヒポクラテス製薬のプロパーとして梅子の前に現れる。下村(建造)先生に助けてもらった命だから、命にかかわる仕事をしたいと小さな製薬会社に就職したのだ。
しかしおせっかいやトラブルメーカーは梅子以上。紹介してもらった松岡医師に新薬の治験をそそのかしたり、梅子に医院を畳んで蒲田第一病院の医師として勤めるよう画策したり…。
広志は復讐にとりつかれたように梅子を困惑させる…。
屈折した人生の広志は、自分は何もしないのに何もかも周りのおぜん立てでうまくコトが運んで医者になった梅子へのあてつけだったのだ…。


  
| 梅ちゃん先生(NHK) | 22:25 | comments(4) | - |


梅ちゃん先生 おかしな建造の名誉教授とねぎらいの言葉
9月で終了するNHK朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」は、すべての撮影は8月で終っており、あとは編集と放送だけである。

第24章「明日へのバトン」は父下村建造(高橋克実)の帝都大学の定年退職、食堂の娘三上千恵子(宮武美桜)の高校卒業と看護学校入学、安岡製作所の工員佐藤光男(野村周平)の定時制高校入学と、それぞれ新たなスタートの章だった。

昭和34年3月、梅子(堀北真希)の息子、安岡太郎の1歳の誕生パーティと建造の定年退職パーティが下村家で開かれた。
その席で、家族の者は口々に建造にねぎらいの言葉をかける。

「ご苦労様でした」
「お疲れさまでした」


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見ていて、なんとなく違和感を感じたのである。
つまり、目下の者が目上の者にかけるねぎらいの言葉で、何が正しいのだろうと思った。ちなみに建造より目上は養母正枝(倍賞美津子)のみ、強いて言えば安岡幸吉(片岡鶴太郎)は同レベルだろう。

ネットで検索すると、異論もあるもののおおむね

「ご苦労様でした」「御苦労さま」「ご苦労様です」
目上の者が目下の者にかける。
部下が上司や先輩にかけるのは不都合。
正枝が息子の建造に言うのは間違っていない。
時代劇なら殿さまが部下に「大義であった」。

「お疲れ様でした」「お疲れ様です」
目下の者が目上の者にかける。
上司が部下に使ってもよく、地位を問わず使える。

脚本の尾崎将也は「ビールのほう、お持ちしました(のほう)」とか「寝れなかった(ら抜き)」などの誤った言葉の使い方を平気でして、しかもNHKはリーガルチェックなしで放送する。
今回も、あまり深く考えないでフツーの言葉としてそのままスルーしたのだと思う。

賛否があるなら、「お父さん、ありがとうございました」なら問題ないだろう。

また、そのあと娘の松子(ミムラ)や嫁の静子(木村文乃)が
「頑張ってください」
と言うのも、いかがかと思う。特に竹夫の嫁の静子。

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目下の者が目上の者に「頑張って」はないだろう。

年齢的なものを加味して
「お身体に気をつけて」
くらいが妥当だと思う。

それに、千葉へ妻の芳子(南果歩)とともに移住して病院長になる話を、養母の正枝に相談しないのもおかしい。
建造は下村家の養子であり、家長ではあっても、そういう大事なことは妻の芳子にだけ話して老いた母親に話さないのは実母であってもありえない。うちのおばあちゃんだったら激怒していた。

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ちなみに建造は帝都大学医学部教授で、名誉教授を辞して千葉の病院長になる。狭山や松岡などの部下たちの活躍の場を作るためであるが、名誉教授は役職ではなく称号で辞しても辞さなくても千葉の病院長にはなれるのである。
尾崎将也は助手→助教授→教授→名誉教授と出世していくと思っているようだが。

むろん名誉教授になれない教授もいるし、現実に名誉教授を辞退する人もいるにはいるけれども、医学界に詳しい人の話では昭和30年代の帝都大学(≒東京大学)の名誉教授は学部長よりも権力を持ち院政を奮っていたと言う。また、当然のごとく勲章も授けられたと言う。
だが、病気にでもなろうなら(建造は脳軟化症で帝都大学病院にながらく入院していた)失脚して部下もろとも出されてしまいかねないそうだ。

医学界のそのあたりはドロドロで「白い巨塔」になってしまうから、朝ドラとしては避けたのだろうが、それでも松岡が建造の命令に背いて青森転勤から無断で帰京し、その後も重用されるなど、現代のフツーの会社でもあり得ない話である。


  
| 梅ちゃん先生(NHK) | 20:44 | comments(9) | - |


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