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西日本豪雨災害 芸備線・福塩線の復旧は1年以上
7月上旬の西日本豪雨は死者200人以上を数え、家屋は崩壊し、各所の交通は寸断され、しかもその後の猛暑で被災者の心労疲労はいかほどかと心配する。

特にこの1、2年、西日本を中心に旅行をしてきたので、「あそこがああなったのか」と、余計に親近感が湧いて、気になってしまう。
お見舞い申し上げます。

JR西日本の被害も甚大で、7月18日の社長会見で復旧状況が見えてきた。


↑クリックで拡大

芸備線狩留家(かるが)〜備後落合間は、運行再開まで少なくとも1年以上を要するという見通しが示されており、不通区間の中ではもっとも深刻な状況となっている。
白木山駅—狩留家駅間では鉄橋の橋桁が流失した(写真は時事通信社より)。



そのため、三次(みよし)駅から狩留家駅が不通になっている。

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備後落合駅は山間(やまあい)の木次線と芸備線の乗換駅で、観光名所もないことから鉄ちゃんでないと訪れることはないだろう。

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その木次(きすき)線はスイッチバックが有名で鉄ちゃん推薦の路線だが、出雲横田駅から備後落合駅にかけて不通になっている。出雲横田駅は大社造りの立派な駅舎だ。

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幹線の山陽本線も寸断されており、三原〜白市間が11月中、白市〜瀬野間が10月中、瀬野〜海田市間が8月中旬、柳井〜下松間が9月末、下松〜徳山間が8月1日に運行再開の見込みとされ、11月中に全線復旧する見込みとなっている。JR貨物も山陰本線に迂回するなどの処置をしているようだ。

徳山には4月に泊まった。

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いっぽうで、岡山県の倉敷市真備町は小田川の氾濫で大きな被害が出たが、観光で有名な倉敷美観地区とは離れている。美観地区では観光客のキャンセルが相次いでいるらしいが、市町村合併で倉敷市に併合されてしまった弊害の風評被害と言えよう。しかし、いかに美観地区が無事であっても、旅行に行く気分にはならないだろう。

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おそらく、観光関連業者への補助金事業(クーポンなど)が行われると思える。これまでも被災地域によく適用されている。

山陽本線の支線で、三原駅(広島県三原市)と海田市駅(広島県海田町)を結ぶ呉線は三原〜広間が2019年1月中、岩国駅(山口県岩国市)と櫛ケ浜駅(山口県周南市)を結ぶ岩徳(がんとく)線は10月中の再開予定とされており、呉線の被災が深刻であることを物語っている。

途中にある竹原は、ニッカウヰスキーの創業者で朝ドラにもなった「マッサン」のふるさとで、レトロな町並みで知られるが、夏の観光客は激減だ。

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そして呉駅最寄りの大和ミュージアムも営業時間を短縮している。

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瀬戸内海の孤島で、古い街並の御手洗で知られる大崎下島は無事だそうだ。昨年夏に家から車で訪れたので観光協会に電話をしてしまった。

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呉市からかかる橋も無事だが、蒲刈島で一部迂回になるそうだ。

それにしても気になるのは芸備線福塩線の復旧に1年以上かかるという点だ。すでにかんさんとしており乗降客は少なく、三江線が3月に廃線になったように、災害での復旧をあきらめて、そのまま廃線にならないかと勘繰ってしまう。

住民の生活の安寧が第一だけれども、人やモノの交流に鉄道や道路は欠かせないから、キチンと復興してほしい。

  
| ニュース | 11:30 | comments(0) | - |


下山事件 69年目の夏 下山定則国鉄総裁怪死事件
今から69年前の1949年(昭和24年)7月5日、初代国鉄総裁の下山定則氏が行方不明になった。当時の日本は敗戦により連合軍の占領下にあって、下山総裁は米軍から国鉄職員の大量人員削減を命じられていた。前日も米軍担当者が大田区にある私邸に乗り込んできたくらいだ。

7月5日朝、いつもどおり下山は公用車ビュイックに乗って自宅を出た。普通はそのまま丸の内にある国鉄本社に行くのだが、途中で三越に寄って車を待たせ、行方不明となってしまった。国鉄本社では秘書が出迎えに立っていたがいつまでたっても公用車が来ないので私邸に電話をしたり、大騒ぎになった。
そして夕方のラジオニュースで総裁の行方不明を知った運転手は三越内を探したが総裁の行方は知れず、国鉄本社に連絡をしてようやく総裁の不明が知れるところになったのだ。

明けて6日未明、総裁は常磐線の北千住〜綾瀬間の線路上で死体で発見された。
当初は自殺とみられたが、生体轢断に見られる生活反応がなかったため、死後轢断、つまり他殺されて線路上に運ばれ、轢断されたという他殺説が浮上した。
以後、医学界やマスコミ界をあげての自殺他殺説が入り乱れ、こんにちに至るまで真相は明らかになっていない。
他殺説のほうが不謹慎ながらハナシとしては面白いので、何冊もの研究書が出ているし、ネットでも詳細な解説をしているサイトが多数ある。

下山国鉄総裁追憶碑が死体発見現場の近くにひっそりと立てられている。埋め込まれていると言ったほうが良いかもしれない。

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場所は東武線小菅駅から東京拘置所まで歩き、

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門の前をJR常磐線方面に歩いたガード下の親水公園の脇だ。

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当初は事件現場に建てられていたが、高架工事などでこの場所に移設された。



実際の事件現場はちょっと上野よりに行ったところと言う。このあたりだろうか。上を横切るのは東武線で、当時も東武は国鉄常磐線をまたいでいた。

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東武線から現場付近を眺める。当時とはすっかり光景が変わっている。

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ここまで歩いたついでに帰りは五反野駅まで行ってみた。
下山らしき人物が五反野駅前の末広旅館で休憩したという。他殺説を唱える人は影武者だったと理論づけている。

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末広旅館はこの辺りにあったらしいが、痕跡も残っていない。

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下山事件は謎が多く、簡単に自殺と結論付けられるものではないが、現代の医学や捜査技術をもってすれば、真相は明らかになったかもしれない。

常磐線は日暮里駅から北千住駅まで鋭角なカーブを描いて行く。今ではその上に日暮里・舎人ライナーが走っている。

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下山事件の真相どころか、そういう事件があったことすら知らない人が増えた。

  
| ニュース | 21:55 | comments(0) | - |


JR留萌本線と札沼線、根室本線、日高本線の一部を廃止へ
JR北海道は国交省や北海道と協議し、単独では維持困難とする12線区のうち札沼線など4線区について廃止する方針を示した。

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(HTBニュースより)

具体的には地元と協議のうえ、
留萌本線(全線)
札沼線(北海道医療大学〜新十津川間)
根室本線(富良野〜新得間)
日高本線(鵡川〜様似間)

の2020年度の廃止を目指す。

ちょうど一年前の昨年6月、この廃止を見越して北海道ローカル線お別れ乗車をしてきた。まともに客は乗っておらず、廃線は仕方ないと思う。根室本線と日高本線の一部は災害で不通のまま放置しており、莫大な経費をかけて復旧しても利用は見込めず、そのままなし崩し的に廃止にしたい考えだ。

留萌本線は先端部分の留萌駅〜増毛駅間がすでに廃線になっており、全線廃止も時間の問題であった。



札沼線の浦臼駅〜新十津川駅は1日1本しか走っていない超ローカル線だ。終着駅の新十津川駅は初電が終電車となって折り返す。北海道医療大学駅でほぼすべての客(学生)が下車し、先端部分はまさに秘境の雰囲気になる。

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むしろ見るも無残なのが災害で運休している根室本線と日高本線だ。いずれも代行バスが走っており、車窓から被害を受けた線路を垣間見ることができる。根室本線は中間部の廃止で分断されることになる。

根室本線落合駅の代行バス。
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日高本線代行バスからみた見た路盤が流されている区間。
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地元がどう騒いでも乗ってないのだからこれらの廃線はやむを得ない。ただし鉄道屋が廃線の決断を出すのはまさに苦渋の決断だと思うが、JR北海道はいとも簡単に廃線へと導いているようで、それが気に入らない。
もっと悪あがきをしてほしかったが、ここまでの放置が悪あがきだったのか。

JR北海道だけで維持困難な路線は全部で12線区が示されている。残りの8線区は国や道、地元に維持費用の負担を求めたうえで5年ごとに存廃を検証していきたいという。

また国に対しては、北海道新幹線の札幌開業が予定されている2030年度まで財政支援を求め、その後は経営自立を果たしていきたいとしているがどうだろうか。北海道新幹線については現在の想定よりも高速化し、札幌−東京間を4時間半で結ぶことで利用者増加へ繋げたい考えを示した。

2030年は一回り先の未来で、日本経済や世界情勢がどうなっているかもわからない。札幌冬季オリンピックを新幹線開通に合わせて2030年に開催したい考えがあるが、これまで2026年開催に立候補と言ってきたのにいまさら先延ばしはIOCが良い顔をしておらず、オリンピックが招致できたとしても、不透明感が続く。
| ニュース | 20:49 | comments(0) | - |


新潟少女殺害事件 死後轢断と下山事件
新潟市で小2の少女が絞殺されたのちにJR越後線の線路上に放置され、電車に轢かれた痛ましい事件。
警察は近所に住む20代の男を逮捕した。動機などは今後解明されていくだろうが、女児の冥福を祈りたい。
それにしても、1年以上前から不審者情報があったのに、特になにも手立てをしなかったようだがどういうことか。最悪の結果を招いてしまったではないか。

ところで、女児が死んでから列車に轢かれた、つまり死後轢断と聞いて、真っ先に下山事件が脳裏に浮かんだ。

まだ占領下の昭和24年(1949年)7月6日、初代国鉄総裁の下山定則氏が国鉄常磐線北千住〜綾瀬間で轢死体で発見された事件だ。

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↑NHKドラマより

その前日、7月5日、大田区の自宅を公用車のビュイックでいつもどおり出勤した下山総裁だったが、その後国鉄本社に現れず、夕方のラジオニュースで行方不明を聞いた運転手が届け出て事件が明るみに出た。
運転手は出勤前に三越で総裁と別れ、車に戻るのを待っていた。夕方までひたすら待っていたのである。

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↑NHKドラマでは小林桂樹が下山を演じた。下山は48歳で死んだ。

その朝、下山はまっすぐに国鉄に向かわず、行先をあちこち変えて運転手に指示し、最後に三越で別れたきりになった。国鉄本社では秘書がいつもどおり出迎えで待っていたが、いつまでたっても公用車が来ないので、大騒ぎになっていた。

下山はGHQ側から大量の人員削減を命じられていた。いわゆるドッジ・ラインである。
しかし国鉄一家として過ごしてきた下山はそれはつらいことだった。そのためか下山は睡眠薬を服用していた。

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↑ドラマでの事件現場。あくまでロケ地。

だから大勢は下山が自殺したとみられていた。出勤前にあちこちに車を行かせた常軌を逸した行動もそれをうなづかせた。
だが、東大医学部の司法解剖で下山の遺体は出血が少なく生活反応もないので、死後に轢断されたと判断された。それはつまり他殺されて現場に運ばれ、列車に轢断されたということである。
下山の遺体は大きく5つの部位にバラバラになっており、私は腕だけが線路上に転がっている写真を見たことがある。折からの雨で現場検証は困難を極め、遺品の回収も満足にできず、たとえば愛用のパイプは結局見つからなかった。それは殺害現場が別にあるのを示唆している。

いっぽうで、慶大医学部は列車の轢断遺体は生活反応が現れないケースも多々あるとし、新聞社も自殺派と他殺派に分かれる大論争となってしまった。

●自殺説の根拠の例
下山は米軍から国鉄の人員整理を命じられており苦悩していた。
睡眠薬を多用していた。
車を脈絡なくあちこちに行かせた。
下山らしき人物を現場付近で見かけた人が大勢いる。
夫人が「自殺したんじゃないかしら」とつぶやいた。
現場は大柄な下山の遺体を運ぶには数人がかりでも足場が悪すぎて困難であり、自殺なら本人が歩いて行ける。

●他殺説の根拠の例
遺体に生活反応がない(死体が轢かれた)。
鉄道を愛していた下山が鉄道を穢すような鉄道自殺はしない(知人たちの話)。
血がほとんど流れていなかった(別の場所で殺された)。
轢断した列車の一本前が進駐軍専用列車でその列車から遺体を落とした。
現場近くの小屋に大量の出血の跡があった(かつて大けがをした人がいたのがわかった)。
遺体の服から植物油や染料が見つかった(そういう工場で殺されたとの説)。
線路上にルミノール反応(血液反応)が出た(遺体を運んだ。⇔当時の列車は垂れ流しで、女性の経血がいくらでも落ちていた)。


その後、三鷹事件、松川事件の列車事故(事件)が相次ぎ、下山事件の捜査も米軍筋の動きがあって困難になり国鉄三大ミステリー事件と呼ばれ迷宮入りになってしまった。

下山事件は戦後間もない占領下で起きた事件で、真相は闇の中である。
松本清張は「小説・下山事件」で米軍の謀殺と推理しているし、取材にあたっていた朝日新聞記者の矢田喜美雄は「謀殺下山事件」としてやはり謀殺(他殺)を訴えている。

実際に捜査をした警視庁の名物刑事平塚八兵衛は「自殺に決まっている」と謀殺説を切り捨てている。

さて、なんでもそうだが、現代の医学や捜査技術を使えば、下山事件はキチンと解明できたのではないか、ということだ。今回、死後轢断とすぐに判断されたのも、医学のなせるワザだろう。
犯人は少女が鉄道自殺したと見せかけたかったのかもしれない。

なお、今でも下山事件に関心を持つ人は少なくないと見えて、下山事件資料館は非常に詳しい。
マンガ原作者の長崎尚志は「ビリーバット」と「闇の伴走者〜編集長の条件」に下山事件を登場させている。

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ちなみに現場はすでに高架になっている。移築されたが事件の慰霊碑があるらしく、一度行ってみたい。

  
| ニュース | 22:48 | comments(0) | - |


ケネディ大統領暗殺 謎の目撃者
TVドラマ「11.22.63」はタイムトラベルをして1963年11月22日のダラスに行き、ケネディ大統領暗殺を阻止する物語だった。この日に実際に起きたケネディ大統領暗殺はいまだに真犯人や事件の背景がはっきりしないことから、アメリカ人に今もって非常にショッキングな出来事として語られ、多くの書籍、映画、ドラマが登場している。

1963年11月22日、テキサス州ダラスを訪れたケネディ大統領夫妻は空港からオープンカーに乗って演説会場へと向かった。そしてテキサス教科書倉庫ビル前のエルム通りで狙撃され命を落とす。沿道には多くの人々が大統領夫妻を観に訪れていたので、暗殺の瞬間を目撃した人は多数いる。そしてアマチュアカメラマンの何人かは8ミリムービー(ビデオではなく8ミリ幅の映画フィルム)で撮影をしていた。

狙撃の瞬間をたまたま撮ったムービーは何本か存在しているが、その中で最も有名なのは婦人服商のエイブラハム・ザプルーダー(Abraham Zapruder)氏が撮影した、俗にザプルーダー・フィルムと言われる一連の動画である。

今ではYoutubeで容易に観られる。


高解像度スロー


この動画は血しぶきが飛ぶ暗殺の瞬間をとらえた映像であり、アマチュアカメラマンが偶然撮った映像としては世界で最も有名であり、研究し尽くされている。そしていくつもの興味深い点が明らかになっている。

交通標識の陰にオープンカーが一瞬隠れて再び車が見えると、大統領がのどを抑えているのがわかる。

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さらにその後、正面に血しぶきが飛び、側頭部が破壊されてジャックリーン夫人がオープンカーの後ろに飛び散った骨片を拾う姿が映り、後ろの車からシークレットサービスのクリント・ヒル氏が飛び移る。

この動画は雑誌LIFEが高額で買い取り、誌面に分解写真で掲載された。そして1975年まで動画として公開されることはなかった。

TVドラマ「11.22.63」では大統領の車列を待つザプルーダー氏の姿が映っている(もちろん俳優によるもの)。脇には助手役を務めた会社の女の子もいる。

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映画「JFK」では撮影しているシーンも登場する(もちろん俳優によるもの)。

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さて、このシーンで奇妙なものがドラマに登場する。それは黒い雨傘をさす男だ。俗にThe Umbrella manと呼ばれる。「11.22.63」も「JFK」でも再現されている。

11.22.63
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JFK
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実際にザプルーダー・フィルムにも映っている。それは交通標識の陰だ。黒い傘が見える(写真左下)。

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そしてほかの人の当時の現場写真にも写っている。大きく傘を広げて、高く上げているようにも見える。
ドラマや映画で傘男は忠実に再現されているのだ。

別角度からの実写。一番左側で傘を掲げている。
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良く晴れた11月の日、雨傘をさす必要などなく、事実この男のみさしている。日傘の習慣は今もアメリカにはない。
この人物は1978年に名乗り出た。ルイス・スティーブン・ウィット氏だ。黒い傘は抗議の象徴と証言したが、他を含めて彼の話に整合性は取れない。そして傘男は暗殺グループの一員で狙撃の合図をしたとか、傘に仕込まれた銃で大統領を撃ったという説を唱える者もいる。

もう一人、バブーシュカ・レディー (The Babushka Lady) と呼ばれる女性も謎だ。彼女のザプルーダーフィルム実写はこちらで、手前に男性がいるがその後ろで、狙撃場所のきわめて至近にいてカメラを構えているように見える。

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別角度からの実写
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バブーシュカとはロシア語で「おばあさん」の意味で、ロシアの老婆がかぶるようなスカーフをして映っていることからその名がついた。ドラマでも再現されている。
彼女の身元は特定できなかった。1970年になって名乗り出たが、オズワルドを殺したジャック・ルビーのナイトクラブで働いている女性だった。しかし彼女が使ったカメラは当時なかった機種で、しかもフィルムはFBIに渡して戻ってこなかったという。

11.22.63
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当時、何人かの目撃者が名乗り出なかった理由として、事件に巻き込まれるのを嫌がったとも考えられる。事実、目撃者の多くが「謎の死」を遂げているのだ。
そのため、ケネディ暗殺はCIAの陰謀説を唱える者もいる。映画「JFK」はその説に沿っている。ケネディはベトナム戦争の早期撤退を考えていたが、それが米国を支える軍需産業の反感を買った。そのために組織ぐるみで殺されたという。
暗殺犯は3人はいて、いくつかの方向から狙ったと唱える。実際、ケネディに致命傷を与えたという血しぶきが飛ぶシーンは、右側面から撃たれているように見える。オズワルドがいたという教科書ビルは背後なのだ。

しかし、関与者が増えれば増えるほど、秘密は明らかになっていく。私は陰謀説には賛同できないのだが。

いっぽうで、大事件が起きると、自分が犯人だと名乗り出る人が必ずいる。日本では三億円事件の犯人が数人名乗り出ている。が、病んだ人はアメリカのほうが多いと思う。

なお、これ以外にも忠実に再現されているシーンを紹介する。

道路の向こう側の、赤と青のコートの女性(実写)


11.22.63の再現
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道路の向こう側の、赤いスカートをはいた少女(実写)
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JFKの再現
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ザプルーダーフィルム以外の実写動画

Robert Hughes Film



Mark Bell Film



The Orville Nix Film



Marie Muchmore Film


もし、これが現代ならばその瞬間を撮影したビデオは100本を下らないだろう。そして、そもそも要人がオープンカーで通過する際に、ビルの窓を開けさせるような警護はしない。

  

  
| ニュース | 19:02 | comments(0) | - |


都議選 都民ファーストの会が圧勝
午前中は、この時期恒例のさいたま市でのセミナー講師があった。

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車で出かけ、余裕を持って2時間前に出発したら、道路は空いており1時間20分で着いてしまった。前回は目的地には時間通り着いたものの、駐車場に入れるのに渋滞が起きており、間に合うか焦ったので、かなりの余裕を持ったら、駐車場もスイスイだった。

この講座は4年以上やらせていただいているが大変好評で、今回も定員以上の聴講希望があったそうで、受講生の方々から熱心な質問が寄せられ、とても勉強になった。楽しんでいただければ幸いだ。

帰り、プリウスがピーピー警告音を発する。なんの警告音かわからない。サイドブレーキも解除しているしシートベルトもしているし…。

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路肩に車を止めて考えたが、どうやら助手席に置いたパソコンやタブレットを入れたバッグが「シートベルトをしていない」と思われたらしい。椅子に重量センサーが付いているのだ。それほど重かったか。以前は電車で行っていたので、どれだけ重たかったのか。エンジン再起動で警告音は鳴らなくなった。

帰宅後、休憩ののち東京都議会議員選挙に投票に行く。

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今回は小池都知事率いる都民ファーストの会と、昨年小池氏が都知事になる前からの因縁の自民党との対決だ。オリンピックや豊洲移転など細かい問題はいろいろあるが、今回の争点は単純で小池VS自民に尽きる。このような単純な争点は盛り上がりやすい。

結果、都民ファーストの会が圧勝したようだ。

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これは夜8時の投票終了直後にNHKが出した出口調査や情勢取材に基づいた報道だが、実は投票所にNHKとANNの出口調査員がいた。しかし、どちらも私にだれに投票したか聞かなかった。がっかりだ。
どのみちサンプル調査なので、時間帯や性別・年齢などにより聞かない場合もあるのはわかる。

小池氏は「自民党のドン都政」を批判して当選したが、今回の都民ファーストの会は「与党」というよりも、小池氏そのものであり、都民代表による都政のチェックという都議会の本来の目的がどれだけ機能できるのか、いささか疑問だ。


| ニュース | 21:28 | comments(0) | - |


焼きそばが名物 駅前飯店急行 店主が亡くなり閉店 北海道木古内町
いささか旧聞に属するがリクエストがあったので書きます。

函館の西、北海道木古内町の、新幹線も止まる木古内駅から徒歩7分程度のところに駅前飯店急行があった。

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徒歩7分なのになぜ「駅前」か。かつては本当に駅前にあったのだが、新幹線工事のため警察署のそばに移転し、名前はそのままにしたからだ。店主の垣内キミさんが作る焼きそばは、それはそれは優しい味でおいしかった。
この写真で後ろ姿で黙々と厨房で調理しているのがキミさんだ。

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残念なことにキミさんは5月に亡くなり、店も閉店してしまった。

メニューは焼きそばのみ。焼きそばだけなのだから作り置きすればいいものを、と思うが注文のつど炒めていた。だからなかなか出てこず、待たされた。

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焼きそばが出てくるまで、客は壁のキミさんの若いころの写真を眺めて待った。

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今の写真もあった。

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やっと待って出てきた焼きそば。和風の焼きそばでツンとくるソースの味はほとんどなく、まろやかな、どこにもまねのできない焼きそばだった。

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もともとは駅前でご主人と経営しており、ローカル漁村の木古内駅にも急行が止まればいいねということから、店名を「急行」にしたエピソードがある。
急行どころか北海道新幹線が止まるようになり、亡くなったご主人もさぞうれしく、そして驚いたに違いない。

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キミさんの臨終は見事だった。
倒れたのは5月16日。夕刊を読み、午後5時ごろにやってきた男性客に焼きそばを作ったあと「背中が痛い」と言って、厨房にある丸いすに腰を下ろした。毎日手伝いに来ていた知内町の宮西容子さんに「水が飲みたい」と頼んだ。宮西さんが湯飲みを取ろうと振り向くと、いすから崩れ落ちるように倒れていたという。大動脈瘤破裂だった。厨房で亡くなるとは本望だっただろう。

私が訪ねたのは2016年3月27日、北海道新幹線開業の翌日だ。そのためいつも以上に客が来ていていつも以上に待たされた。そしてこのときのエピソードは、2014年に亡くなった種村直樹氏が北海道新幹線に乗って店を訪ねる妄想に仕立て上げた

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享年88、合掌。ごちそうさまでした。
| ニュース | 21:22 | comments(0) | - |


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