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医師になるハナシ もしも医学部を受験していたら
「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」のような医師を主人公にしたドラマは枚挙にいとまがない。
ドラマはともかく、ブログに書いているように母の実家は医院であり、私にも医師と言う進路はなかったのか。
「梅ちゃん先生」を見ていればバカでも2カ月程度の勉強で医専に合格するのだから、私にも脈がないわけではなかろう。

もう40年以上も前の話だ。
高校生の時、今ではよくあるコンピュータによる進路指導が始まったばかりのころ。その実験で私がコンピュータ進路診断を受けられることになった。無料。
いくつものアンケートに答えたら、その結果はまったく考えていなかった
「医師にふさわしい」
と出た。
意外だった。

20170201nisseki-015.jpg

だが医師のDNAを引き継いでいるわけだから、不自然ではなかっただろう。
母方の祖父は外科医で、母の姉(伯母)は医師の元に嫁ぎ、母の弟(叔父)も外科医だった。

大学受験の志望校選択の時、家が貧乏で私立医大は最初から"圏外"だが国公立の医学部はどうだろうということになった。
けれど受験料や学費は安いが偏差値・難易度は高い。

そこで出たワザが「国立島根医科大学を受験する」というものだった。
島根医科大学(島根県出雲市)は現在は合併して国立大学法人島根大学の医学部だ。ちなみに島根大学はブルゾンちえみの母校(中退)。

細かい話だがそのときまだ島根医大はできていなかった。3年後に出来るので新設校への中途入学という裏技だったのだ。
出来たばかりの大学は入試が比較的易しく、合格可能性が高い。



それに、叔父の友人が島根県におり、さらには島根県浜田市(島根県西部)は父たちが幼いころ暮らした町で、隣人とは未だに懇意にしていた。
私は島根県に下宿暮らしとなるが、病気や万一の時に、バックアップできる環境があった。

しかし結局受験しなかった。
「そこまでしなくても」
というのが私を含めおおかたの考えだった。これがもうちょっと近くの国立医大だったら違う判断だったかもしれないが。

DSCF0616.jpg
むろん、受験して受かった保証はどこにもない。たぶん落ちただろう。さらには医師国家試験もある。

医師に嫁いだ伯母(母の長姉)が亡くなったとき、従兄(伯母の息子、母の甥)が地元の医師会長をしているものだからそれはそれは盛大なものだった。母は「葬儀の時はとてもじゃないけど逢えないから」と、前日に伯母の家で最後の対面をしたほどだ。

葬儀場に並んだ、医療・行政関係はもちろん、国会議員から女優までの花輪を見た母は、「あんなにすごいお葬式だけどお姉さんはわかっているのだろうか」と。

医師のドラマを見ていると、あのとき医学部を受験して医師になっていたら自分の人生はどうだったのだろうかと、ときどき思うのだ。



島根医大に行っていたら…
風光明媚な島根でのキャンパスライフ。
初めての下宿生活でのホームシック。
厳しい勉強と挫折。
卒業後の進路は大学附属病院か、叔父の病院(宇都宮)か。

たぶん、妻は同じ人だと思う。

  
| 日記・つぶやき | 19:30 | comments(0) | - |


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