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ケータイ国盗り合戦山陰の巻 足立美術館と米子駅の思い出
砂の器」でおなじみの亀嵩(かめだけ)地区には原作者の松本清張の碑があった。

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神社の参道入り口にあり、鳥居から急な階段だったので、晴れていても参拝はしなかっただろう。雨だから当然パス。

この近辺に来て足立美術館を素通りするわけにはいかず、立ち寄った。ここは日本一の庭園として知られる。広い駐車場は雨のためガランとしていた。

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入り口には「足立美術館に一番近い宿」として、時々おかみがフェイスブックのシェアでタイムラインに登場する竹葉があった。

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入場料2300円は高く、入るのをためらったがここまで来たのだから入る。
雨で残念だが、やはり庭園は美しい。最大のポイントは奥行きがあり、向こうの山をうまく借景に取り込んでいるところだろう。

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一代で財を成した足立全康氏の、社会還元にもなっている素晴らしい業績だ。

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庭はどのアングルからも美しい。

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晴れていればもっときれいだろうが、四季それぞれ天気それぞれの美しさがあるというものだ。

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大部分はガラス窓越しに写真を撮る。

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ところどころ、開放されているところがあり、やはりくっきりと見える。
が、窓越しもちゃんと作品になるように考えられている。

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なお、足立氏が蒐集した横山大観や竹内栖鳳らの絵画や魯山人などの陶器も展示されているが、それらは撮影禁止であった。関西弁のおばちゃんたちが甲高い声で会話をしているため、警備員からあちこち注意を受けていた。

そしてCMで「べた踏み道路」として有名になった江島大橋を渡って、

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米子駅前のトヨタレンタリースに車を返却した。
18時の返却時間に5分とたがわなかったはずだ。走行距離は275kmだった。



米子(よなご)駅に来るのは40年ぶりか。
銀河鉄道999を模したのだろう、モニュメントが建っていた。

このモニュメントには30年ほど前のイヤな思い出がある。それを瞬時に思い出した。
旅と鉄道」に種村直樹氏の「汽車旅相談室」「列車旅行ニュース」にイラストを描いていたころ、このモニュメントの話題が書かれて、その絵を描く指示が編集部からあった。種村氏は「交通新聞」の記事をもとに原稿を書いたのだろう。編集部は深く考えず、いくつかの記事からこの記事の絵を描く指示をイラストレーターの私にした。
ところが、文字だけでどんなモニュメントかわからない。ここはモニュメントの絵を描くしかないだろう。ならば資料が必要だ。

私は当時の勤務先が交通新聞を取っていたのでバックナンバーからこのネタ元を探して絵にしたが、編集部には資料を添付するべきと苦言を呈しておいた。
そんなことがあって、旅と鉄道100号で私の絵は終わった。ギャラも安かったし、後任の芭蕉クンはどうだったのだろう。

そして米子駅のもう一つの思い出は、米子在住だった祖父の部下の田原恒春氏だ。いつも梨を送っていただいていた。
学生時代、祖母のお供で山陰を訪ね、せっかくだからと田原夫妻と米子駅で会った。寝台特急出雲で帰京する際、ホームまでお見送りに来てくれた。米子高島屋の包装紙のおみやげもいただいた。
出雲が発車するとき、田原氏は直立不動で閣下の令夫人をお見送りしたのだ。
祖父は死してもなお部下に慕われており、部下の方から祖父の偉大さを教えてもらっていたのだ。

悪い思い出、良い思い出とも、米子駅は持っている。

●本日の成果
582国⇒587国
1479空⇒1507空
| 旅行・鉄道 | 21:13 | comments(0) | - |


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