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樹木の茂る家
ヒマなので界隈を散歩していると敷地いっぱい、というよりも敷地からはるかにはみ出して樹木が鬱蒼と茂る家がいくつかある。

DSC_7550.jpg

この家はどこから入っていいかもわからないほど、植木が茂っている。
右側奥に路地があり、そこに玄関らしきものがあって、界隈の地主の苗字の表札がかかっていた。しかし木造の雨戸は閉まっており、人の気配はない。

奥に庭があってそこも荒れていたけれども、いつの間にか均されて駐車場になっていた。全部を壊してマンションにするのでないのは、それなりの事情があるのだろう。

この家ではないけれども、まるでトトロに出てくるような大木が界隈には残っている。
そのうちの一つは秋になるとどんぐりの実がなって、落ちているのを拾うのが学校帰りの子供たちの楽しみになっていた。
しかし実は周囲にも落ちる。

あとから引っ越してきたおやじがクレームをつけ始めた。
実など、それこそ戦前からそこに落ちていただろう。大木があるのを知って越してきたのだろう。
だが、これも最近の非寛容な世知辛い世の中。オヤジのクレームは止むことがなく、結局、その大木は切られてしまった。

そのオヤジはあとから越してきてクレームを入れて、自然が残る住宅街の風景を乱したのである。大木が切られ、自分の主張が通ったのでさぞ満足しただろう。ますますつけあがるに違いない。
こういうのは正論とは言えない。

ちなみに、我が家は春になると近所のの花びらが舞い込んで、ガレージの掃除を何度となくしなければならないが、だからと言って桜の木を切れとか、代わりに掃除をしろとか、言うわけがない。
その桜がいつからあるか覚えていないが、うちが引っ越してきた戦前以前からあったならもちろん、私が物心ついてから植えられたものであっても、春の1、2週間の行事みたいなものだから、黙々と掃除をして、桜の木をながめて春の体験をするのである。

もう一軒、この家の庭は狭いのだが、木の量が半端でない。高さもかなりある。左側は壁のように平らに刈られているみたいだ。

DSC_7560.jpg

いくつかの木が纏綿とからみあって伸びているようで、家主と話したら自然とそうなったという。
脇の路地は行き止まりで、冷蔵庫が捨てられていた。冷蔵庫を出すだけでたいへんだっただろう。

ほかにも、電線に木が絡まっている家。



欅の並木。重なっているので写真ではよくわからないが5本の大木が連なっており、区の保存樹になっている。



道路の左右から互いにはみ出している木々。



そして木塀も立派な古い木造家屋。



いずれ木は枯れるし、家主もいなくなったり代替わりする。
いつまでもその家があるわけでない。
しかしマンションだらけになりがちな界隈に、こういう木が茂る家が残っているのは心休まるのである。
| 日記・つぶやき | 15:40 | comments(0) | - |


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