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葛飾区郷土と天文の博物館に行く
東京23区の全部とは言わないけれど、各区にプラネタリウムがあるんですね。郷土資料館は全部にあるかもしれない。

葛飾区郷土と天文の博物館は京成電鉄お花茶屋駅から北に歩いて7分くらいのところにある。

お花茶屋(葛飾区白鳥)にはかつて友人が住んでいるマンションがあり、一度訪ねたがそれ以来だ。成田空港に行く京成本線なので、何度か"通過"しているはずだ。

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郷土+天文なのは、プラネタリウムに郷土資料館をくっつけたのか、はたまたその逆かわからないが、区立小学校中学校の教育の場になっているのは間違いなく、いい環境だ。

二階が郷土資料館で、入り口ではマルチスクリーンの動画が流れる。原始人が出てきたりして、なかなかお金をかけている。

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大きな船が展示してあるが、これは大正時代まで「あるもの」を運搬していた船だ。

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葛飾区はいくつもの川にはさまれて、水田が広がっていた。稲作、農業に肥料が必要だが、当時は人糞を使っていた。しかし周囲は農村で人がいない、つまりうんこがない。そこで都心の日本橋などから肥料にする人糞を船で運んだのだ。陸路で運搬するには交通機関がない時代だった。
この船は下肥(しもごえ)、つまり肥料にするうんこを運んだ船の1/2模型で、漁業の船でも渡し舟でもない、うんこを運んだ船を博物館に展示しているのはここしかないのではないか。

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これが模型でなくて本物だったら臭くてたまらないだろうが、こうして人糞を運搬し肥料として撒いて食物を育てて葛飾区が発展したのだから、ありがたいものである。

昭和30年代までどこにでもあった木造家屋の模型も展示してある。

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内部は町工場になっており、工作機械が置かれていた。

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戦争末期、アメリカが日本全土に空襲をして非戦闘員である一般市民の多数を殺したが、そのときの司令官、カーチス・ルメイは「日本には住宅地に工場があり兵器を作っている。兵器工場を破壊する作戦だ」との大義名分を掲げて空襲をしたのもうなづける。

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木と紙と土と藁で出来ている昔の家。

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葛飾区はそれほどひどい空襲の被害はなかったらしい。

ビデオで戦前戦中の暮らしぶりも見られるし、戦後は台風で川が氾濫した様子を放映していた。このあたり、葛飾区の黒歴史で、たいへんな苦労があったのだ。

あとは掘れば出てくる土器類。

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打ち首になった人骨も出土したらしく、小柄な女性で二度斬られて二回目に首が切断されたと医学的にわかっている。

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複顔された顔はほっそりとしたお姫様で、敵の大将の妾でお世継ぎを孕んでいたのかもしれない。気の毒である。せめて一太刀で首を斬れよ。

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博物館の前は暗渠になった川があり、人足の像が立っていた。

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曳舟という駅(地名)があるが、狭い川(運河)に船を浮かべて荷物を載せ、左右の岸から人足が紐で船を引っ張って運送したらしい。まさに肉体労働である。馬や牛ではなくて人が船を曳いたのだ。

うんこを運ぶ帆船や人が船を曳くといった、まったく知らなかった交通史に触れられて、とてもよかった。
がんばれ葛飾区。寅さんだけじゃない魅力がある。
| 日記・つぶやき | 18:36 | comments(0) | - |


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