CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
Amazon左








マウスコンピューター/G-Tune






MOBILE
qrcode
<< ノートパソコンのSDカードリーダーが認識しない | main | HDD/USBメモリのフォーマットの種類はFAT32とNTFS >>
種村直樹 駅の旅 その1、その2 自由国民社
レイルウェイ・ライター種村直樹氏の著作を振り返っている。
今回読んだのは「駅の旅」で、その1、その2の2冊だ。

DSC06336.jpg

もともとは東京新聞(中日新聞)水曜日の朝刊レジャー面に、1995年11月から1998年7月まで、137回の長期連載をした、1駅ずつ紹介するコラムだった。連載開始後から自由国民社の宮下啓司旅行書編集長に目に留まり、単行本化の話が持ち上がっていた由。

だが連載を終えて東京新聞の許可をもらって本にしようと、テーマごとに駅をまとめてみたら、書いていない駅がいくつか見つかり、再取材と巻頭の書下ろしを加えて、その1が発行されたのは奥付から1999年5月、その2は2000年1月になっていた。

DSC06337.jpg

20年前の情報を読み返すと、駅を紹介するデータベースとしてはいささか古くなっているが、それでもwikipediaの無味乾燥とした説明とは違って種村氏の目を通した、味のある生き生きとしたライブ感が伝わってくる。

まず巻頭の書下ろし取材は、その1は「雪の奥飛騨信越気まぐれ列車」、その2は「ぐるり四国気まぐれ列車」で、いずれもカラーグラビア付き。カメラマンはおなじみの荒川好夫さんだ。



屋内の写真はカメラに取り付けたフラッシュを光らせて撮影しているので、ノペっとした写真になっている。当時のプロはリバーサルカラーフィルムを使っており、ISO100程度の感度での撮影だったからフラッシュは必須だっただろう。今のデジタルカメラは画像が多少荒れるけれどもISO6400くらいまで感度を上げられるから、室内でもフラッシュを使わずにきれいに撮影できるようになった。

このころはまだ「周遊きっぷ」というJRのトクトクきっぷがあり、これを利用している。そして時間効率のために飛騨も四国もレンタカーを借りて、冬の奥飛騨は荒さんの運転だが、夏の四国は種村氏も運転している!

書かなければいいのに、苦言の連発。駅弁の内容、下校の高校生、四国の山奥の駅に貼られた北海道ルスツのポスター(意味がない)などなど。

そして香川県の金蔵寺駅で周辺散策のため待合室にザックを置いたままぶらついて戻ってきたら、ザックがなかった。

DSC06338.jpg

どうやらガラの悪い高校生集団に物色されたらしく、ザックは倉庫に捨てられて、筆記用具、500円玉10個、撮影済みのフィルム3本、携帯用ルーペ、薬を入れた袋(女性読者の手作り)、ヘアブラシ、たばこなどが盗られていた。

これまで種村氏は「日本のローカル駅の無人待合室に荷物を留守番させて散歩しても大丈夫」と、日本の治安の良さを書いてきたのに、それが崩れたのが失せ物以上にショックだったという。
そうだろう、20年後は外国人旅行者も増えて、これまでの日本の常識がまったく通用しないのだから、今では無人駅の待合室に荷物を置いてでかけるなどあり得ない。

数年前、ドイツ国鉄のホームのベンチにスーツケースをチェーン錠で括りつけて遊びに出かけた日本人男性が、危険物を放置したと警察が出動した例がある。爆弾は入っていなかったが、お灸をすえられただろう。

DSC06340.jpg

後半の、本来の「駅の旅」は、東京新聞連載時から多少はリライトしているのだろうが、日本の東西南北の駅、高い駅、低い駅、温泉とつく駅などなどのリスト。読み物としては楽しいが、20年経ってもはや実用には適さないだろう。

DSC06339.jpg

意外だったのは、東京駅の復原に種村氏が反対していたこと。戦災で焼けて応急的に角ばった屋根の駅舎になっていたのを、そのままで補修して戦争の悲惨さを後世に伝えるべきとあった。
東京駅復原完成は、まだ種村氏存命の時だったが、外出がままならない身体になっており、その姿を肉眼で見ていない。

私は、さぞ見たかったことだろうとイラストを描いたが、見たくなかったのだろうか。



  
| 読書 | 19:41 | comments(0) | - |


コメント
コメントする