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外付け地デジチューナーを買う
今年最後のお買いもの。アナログテレビにつないで地上デジタル放送を視聴できるようにする、地上デジタルチューナーを楽天市場で注文し、大みそかの今日届いた。

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妻のパソコンモニターは、ソニートリニトロンのテレビもパソコンも使えるすぐれものCPD−17MSで、1997年に128000円したものだ。
テレビが見られると言っても、もちろんアナログ放送。
パソコン本体はwindows95、98、XPとOSが変わるたびに買い替えていたけれど、モニターはそのまま使えるし、テレビも見られるので重宝していた。

しかし今年の7月24日で地上アナログ放送は終了。テレビが見られなくなった。
もう見なくてもいいやと放置しておいたが、それでも見られた方がいい。
そこで年末のこの期に及んで、地デジチューナーを買ってしまった。

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大きさは弁当箱よりも小さく、要するに目黒のラーメン屋:栄蘭のアナログテレビに接続してあるものと同等タイプ。
どちらかと言えば、地デジテレビを購入できない階層用の商品だけれど、まぁ当家もその一派ではありますが、むしろ特殊なモニターを有効活用するために今回の購入に踏み切った。

デジタル放送を受信するため、B−CASカードが必要。地上放送のみでBS/CS110は映らないタイプの青色です。

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モニターの裏の外部入力端子に赤白黄色のケーブルで接続し、アンテナ線はチューナーにつなぐ。



チューナーに電源を入れて初期設定で視聴地域(うちの場合は東京)を指定して電波をスキャンする。

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するとほどなく地デジ放送が映るようになった。わーい!。

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これで年末年始の楽しいテレビ番組がこのモニターでも見られます。

ではみなさま、良いお年を。




| 家電・AV | 17:30 | comments(0) | - |


ブログ記事で振り返る2011年
今年も大みそかがやってきた。生きていれば必ず来る時間の変わり目。365日という時間は長いような短いような、ちょうどいい区切りだと思う。
毎年恒例の、今年をブログ記事で振り返ってみよう。

●1月
目黒雅叙園 渡風亭豪華な新年会
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今年も目黒のランチシリーズ始め、飲食店記事を多数書かせていただいた。
ただし、食事は毎日必ずするものであるから、ブログネタとしてはいかがなものかと思っている。
よいお店は褒めたし感動したし、悪いお店はもっとこうすればと思ったし、ありのままを書かせてもらった。

●2月
まめぞうさんと目黒の居酒屋亭屋(ちんや)で遭遇
食べログで目黒グルメをはじめ飲食店レポを書いておられる方で、会社も自宅も近くだった。まめぞうさんは私を「目黒の大御所」と持ち上げてくれたが、暮れにその地位を攘夷した。mamezouさん、今後も目黒の飲食店の発展にご尽力ください。

GPSデジカメ カシオEX−H20Gを買う
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GPSの測位速度・精度はバツグンだったが画質が好みでなかった。そのため今では旅行のサブカメラとして使う程度だ。

妻と、茨城県真壁のひなまつりに行く。
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しかし年に数回は行っていた茨城県だが、今年はこれが最初で最後となった。理由は3月にある。

●3月
息子と志賀高原にスキーに行って東日本大震災に遭遇
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リフトは停まり、スキーどころではなかった。ただし東京にいなかったため帰宅難民にはならず、長野で食糧その他を買い出しして帰宅した。

自慢の、テレビ番組を全部録画するビデオが残した、テレビ各局のその瞬間。
高いビデオだったけれど、これだけでも買った価値があったと思っている。不幸だけれど安い買い物となった。



●4月
気を取り直して、妻と秩父の羊山公園に芝桜を見に行く。きれいだった。
震災でいつもの多摩境のコストコが閉店となったので、入間のコストコへの買い出しでもあった。
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連休に北海道へ行く。江別市世田ヶ谷を訪れた。
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●5月
連休は月がかわって ふるさと銀河線運転体験をする。日高三股さんには現地で大変お世話になった。
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連休の谷間に1日だけ出勤して連休後半は中部地方へバイクツーリング
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滅多に旅行に行かないエリアだったが、その地域ごとの良さを感じ取れた。そしてケータイ国盗り合戦は489カ国になった。

時流には逆らえずアンドロイドスマートフォンAQUOS PHONE SH-12Cを買う。電池が持たないのが難点。
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目黒のレストラン<モルソー>で美女とお別れ。今年は、というか今年もというか、別れてばかり。
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●6月
TBSのドラマ<仁-JIN->にはまる。タイムスリップものは大好き。これは後に戻りたいけれど現実には戻ることのできない、人生の後悔を誰もが持っているからだと思う。


東京ディズニーランドへ娘と行く。震災で客足が減ったためか、平日のためか、空いていてたくさんアトラクションを楽しめた。


●7月
地上テレビのアナログ放送終了
最後の瞬間をビデオは見届けた。


昔はこういうテレビだった。丸いテレビ画面に出たことも何度も。見ることでも出ることでも楽しませていただいた。
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●8月
三越前の八雲町酒場にて、日高三股さんから伝兵衛さんを紹介していただく。どら焼き屋のおやじさんである。 
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世田谷区のレプロットに妻と行き、決意を語る。今年の後半に起きたことの大部分は夏から決めていたことだよ。


●9月
家族で信州に夏休み旅行。台風が来ていてあまり楽しめなかった。
毎日見ているNHKの連ドラ「おひさま」のオープンセットを訪ねた(安曇野市の大王わさび農場の駐車場)。
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同僚Oクンと、アメリカグランドサークル一周ドライブに行った。奇岩が次々とおりなす光景、そしてレンタカーで自由に回る世界遺産。
今から振り返ると夢のような9泊11日で、まさしく卒業旅行だった。
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●10月
三連休に札幌へ行く
初秋の札幌を楽しんできたが、とあるプロジェクトは惨敗。後悔よりも不安のほうが大きかった。
ホルモン銀牙のおいしいホルモンに感動。
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世田谷区に放射線騒動。弦巻と八幡山で高い測定値が確認されたが、いずれも50年ほど前から放射性物質が地中に捨てられていたとのこと。けしからん。
この写真は12月30日の八幡山。こういう状態ではスーパーは商売にならないな。


●11月
同僚Bクンと南信州へ紅葉を愛でるドライブ。来年もこの時期に行きましょう。ケータイ国盗り合戦は490カ国となる。
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連日連夜の美女との宴席
自分への評価のようでもあり、逆に彼女たちへの評価のようでもあり、思われていたり無視されていたり、なるほどと思った。
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●12月
日本一周の旅に出かける。札幌から福岡、鹿児島へ。かねてから計画していたプロジェクトに成功し、まだまだやれると思った。
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連日連夜の忘年会の嵐
サンタさん並のプレゼントをいただいた。
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来年が「よいお年」になるのかならないのか。自然災害に遭ったとしてもそれを生き抜くのは自分。そして家族や仲間たちで合わせた力。
新しい旅立ち、新しいスタート

いつもぼくはここにいるから、これからもどうぞよろしくお願いします。

| 日記・つぶやき | 12:15 | comments(0) | - |


2011年12月30日のTwitterつぶやき
04:49
深沢のディナー:一房 お好み焼き http://t.co/A74F1M6X #jugem_blog
05:09
#NHK紅白 。AKB48にはSKE48、NMB48、SDN48、HKT48、JKT48も登場し、昨年の130人を大きく上回る総勢210人の大所帯>48*6=288なので、出ない人もいるってことか。 http://t.co/9Ak4JAMH
08:58
昨夜の忘年会は私以外は全員タバコを吸っていたので衣服がものすごい臭いだった。今度から放射能防護服を着ていけと言われた。
10:22
ヴィクトリア三鷹店なう。1030の開店を待ってます。今日は平日でした。休日なら10時開店だったのに。曜日の感覚がありません((T_T))。
16:24
連合艦隊司令長官の墓参 東郷平八郎・山本五十六・小林躋造 http://t.co/D9HDZe4g #jugem_blog
17:03
マイカーで帰省する人、来年1月1日から首都高と阪神高速は距離別料金になるので気をつけてね。 http://t.co/ZC55ijLb
21:53
#日テレ の #頭脳王 は #TBS の #wqc より面白いね。問題もルールも出場者もイケてる。 #zunou
23:43
トンネル内で衝突事故 はねて死なせたのは偶然、息子だった>母が車線をはみ出しぶつかったバイクは息子が運転していた。たいへんな不幸だが、よそ様の子息をはねて殺すよりかはマシか。 http://t.co/QTHz5Tv7
| 日記・つぶやき | 03:00 | - | - |


連合艦隊司令長官の墓参 東郷平八郎・山本五十六・小林躋造
年末恒例の墓参に行った。
来年こそよい年であるよう、ご先祖様にお祈りした。祈られてばかりでご先祖様もお困りであろう。いずれ私も祈られて辟易する立場になるのだろう。

ついでと言ってはナンだが、連合艦隊司令長官のお墓にも参ってきた。

東郷平八郎の墓。海軍大将で第3代4代の連合艦隊司令長官。日露戦争の英雄である。

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NHK「坂の上の雲」の渡哲也演じる東郷平八郎。2011年。

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東宝映画「日本海大海戦」の三船敏郎演じる東郷平八郎。1969年。

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東郷の墓の隣は山本五十六。海軍大将で第26代27代の連合艦隊司令長官。真珠湾攻撃の英雄である。

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東宝映画「連合艦隊司令長官 山本五十六」の三船敏郎演じる山本五十六。1968年。

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東映映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」の役所広司演じる山本五十六。2011年。

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さて、この人はご存知ないだろうが、第20代聯合艦隊司令長官の小林躋造(せいぞう)の墓。海軍大将で第17代の台湾総督でもあり、小磯内閣の国務大臣。山本より前の、支那事変時の長官である。

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実は小林躋造は私の大伯父にあたる親戚筋である。具体的には父方の祖母の姉のダンナ。

私が小学2年生の1962年に亡くなったが、何度か父らと世田谷区岡本町の家に訪ねに行ったことがある。葬儀のときには昭和天皇から供物が来たほどだ。
小林の伯母は高校生の時に亡くなったので記憶は残っており、もし今でも道ですれ違ったら声をかけるほど認識している。

1956年の正月にわが家を訪れた小林夫妻。左から大伯母のアヤ(祖母の姉)、母、私(1歳)、小林躋造(聯合艦隊司令長官、海軍大将、貴族院議員、国務大臣などを歴任)。

小林躋造

小林の大伯父がどれほど偉い人だったのか、まったく認識していなかった。
大伯母が病床にいるとき(1970年)、付添い(世話係)の老婦人に「この人は台湾の女王(台湾総督の妻の意味)だったんだよ」と伯父が言ったら、付添いの老婦人はそれがなんであるかわかったようで、畏れ入っていた。まだそういう時代だった。


↑ 小林あやの納骨。1970年4月26日。

私が小林躋造をどれほどの人か認識したのは、父が亡くなってからだと思う。
親の言うことなど誰も聞かないのだ。そして失うと、いろいろ知りたがる。その過程で祖父や大伯父たちのことを知るようになった。もっと先に認識していればよかったとこの件に限らずつくづく思うのだが、そうやって歴史は繰り返すのだろう。

※ご親戚関係あるいはそれに近い方は、ホームページの下部に「お問い合わせ」がありますので、こちらからご連絡いただいても構いません。メールアドレスを記していただいても公開されません。
https://kitagawa.tv/


  
 

| 日記・つぶやき | 16:23 | comments(7) | - |


2011年12月29日のTwitterつぶやき
08:41
日本No.1の頭脳王!大決定戦!!〜Top of the Intelligence〜 日本テレビ http://t.co/wuXxWkRn #jugem_blog
10:47
書斎は南に面した二階で、太陽がサンサンと降り注ぎ、陽の当たっている場所は30度を超えています。 http://t.co/3udpJEja
14:04
聯合艦隊司令長官 山本五十六 2つの映画 http://t.co/SkW83TWh #jugem_blog
19:42
お好み焼きで忘年会なう。世田谷区深沢の一房♪ http://t.co/AxRqEgQZ
| 日記・つぶやき | 03:00 | - | - |


深沢のディナー:一房 お好み焼き
今年最後の忘年会
忘年どころか、すべてなかったことにしたい1年だった。
けれども、イヤでもだれの人生にも忘れ去ることのできない2011年になってしまったと思う。

場所は某社最寄りの東京都世田谷区深沢の一房(いちふさ)、お好み焼きの名店。

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バスに乗ってたどり着いた。
このあたりは「陸の孤島」と揶揄する向きもあるが、そう思うのは貧乏人であり、このあたりに住んでいる人は小沢一郎クンをはじめ定期券はおろかSuicaすら持ってない、必要のない人々である。

大きな地図で見る

奥のテーブル席を借りきっての忘年会だが、テーブルの鉄板には火を入れてない。というのも、自分たちで作る楽しみがあるお好み焼きだが、オヤジさんの調理には叶わないのだ。

まずはサイコロステーキジャガイモバター焼き、それにポテサラ
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そして一口棒餃子とダシ巻き玉子焼き。
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どれもおいしいのである。

馬刺し。なんでも出てくる店だ。
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オヤジさんのお好み焼き調理。ふんわりと空気を閉じ込めるのがおいしい秘訣だと思う。
お好み焼きが主食で「オレの作るお好み焼きはみんなおいしいと言う」自慢の関西人も来ているけれど、オヤジさんの腕には叶わない。そしてオヤジさんはまったくのマイペースで調理をしていく。
カウンター席は満席だけれど、大部分のお客は食べたら帰る良い客だ。

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そして出てきたお好み焼き
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こちらは広島風モダン焼き
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うちの祖父母は広島出身だけれど、生前ただの一度も「お好み焼きが食べたいねぇ」という会話をしたことがない。つまり広島のお好み焼きは戦後の、いうなれば元祖ご当地B級グルメなのだと思っており、しかも成功事例だ。

牡蠣のお好み焼き
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そして出ました彼女自慢。超美人である。
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ほかには奥さんが元モデルという人もいる。
一方で彼女がいないあんちゃんもいて、なんぼでも紹介するでぇ。

イケないおっさんたちは意味不明の会話領域に突入するのであった。

よいお年を
と言って別れたけれど、去年もそう言った。
でもサイテーの1年であった。

けれども未来は自分で切り開くしかない。
♪栄光に向かって走る あの列車に乗って行こう

みなさん、よいお年を。
来年もよろしくお願いします。

一房お好み焼き / 等々力駅尾山台駅上野毛駅

夜総合点★★★★ 4.0



  

| グルメ | 23:30 | comments(1) | - |


聯合艦隊司令長官 山本五十六 2つの映画
東映系で公開されている映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」を観た。
予想をしていたけれど、観客はじじい主体。ゲホゲホとうるさい。

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山本五十六は太平洋戦争の英雄とされている。それは戦中においては真珠湾攻撃の立役者、戦後においては開戦に反対していた平和主義者としての姿がある。この2つは相反している事象だ。そこに山本の悩みもあり、それがよりドラマとして取り上げられる趣向となっている。

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山本は1884年新潟県長岡市の生まれ。当時の多くの少年の憧れであった海軍兵学校に学び、海軍軍人としての道を歩み日露戦争にも参加している。この時の戦傷で左手の人さし指・中指を欠損した。1936年海軍次官、1939年に聯合艦隊司令長官を拝命するエリート軍人だ。

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映画は半藤一利の監修で、彼の著作をベースにしていると思われる。
山本を演じるのは役所広司。先任参謀黒島亀人は椎名桔平、山本夫人禮子は原田美枝子で、狂言回しの東京日報記者真藤利一は玉木宏だ。玉木の役名は半藤一利から来ている。

真珠湾攻撃などのシーンはCGが多様されていて、なかなかの出来栄えだ。

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最初は連戦連勝だったがミッドウエー海戦の失敗から日本は転落を続け出す。
そして1943年、ラバウル基地から兵士激励のために一式陸攻機でブイン基地へ向かう途中、ブーゲンビル島でアメリカの戦闘機P38の攻撃により墜落、戦死する。享年60歳。
山本の巡視計画の暗号電報はアメリカに解読されており、待ち伏せにあったのだった。

ドラマでは役所広司の持ち味も出しながら、人間味あふれる山本を描いていた。

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ところで、「連合艦隊司令長官 山本五十六」という映画がある。山本を演じたのは三船敏郎だ。威厳の中にも人間味あふれる山本像を出していた。
古い映画ほうが連合の文字を新字にしています。

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こちらは1968年の公開であり、戦後23年しかたっていないため、観客の大部分は戦争体験者であり山本の国葬映画を観た人たちも多数いたはずだ。

山本は開戦反対を唱える人物として描かれており、これは本当にそうだったのだ。
なぜなら山本は2回にわたってアメリカに行っており、アメリカの国力をイヤというほど知っていた。そのためもし日米開戦となるなら、初戦でたたき早期講和に持ち込むしかない、でなければ日本は滅びると考えていた。

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ミッドウエー海戦前にも講和を考えていたが、世論は連戦連勝に浮かれておりあの時点で講和を言うものなら国賊であった。そしてミッドウエーで大敗し、講和どころでない泥沼にはまっていく。

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三船映画はCGなんてなかったから模型の飛行機をつりさげての特撮だ(今のCGも模型で撮影をして画像処理をしている)。飛行機のシーンはともかく、船のシーンは水はごまかしようがないため大きなツブとなってしまっている。これは世田谷区にある東宝の特撮用プールに模型の船を浮かべて撮影しているのであり、ゴジラが海から出てくるシーンもこのプールで撮影された。



実際に東宝撮影所でプールをみたことがある。
しかし、CGが一般化されてこのプールはなくなったと聞いている。



東宝映画と東映映画の山本のセリフはほぼ同じものもあって、これは史実に基づいての現実のセリフなのだろう。
開戦をうながす幹部に「勝てる見込みはあるのか」と問いただしたり、真珠湾攻撃直前でも「講和がいい出されたらただちに撤収せよ」というシーンなど。

現代の戦争はわずかな日数で終わる/終えると思っている人がいるかもしれないがそれは間違いだ。ベトナム戦争しかり、イラク戦争しかり。太平洋戦争以上の長期化・泥沼化するのが現実だ。
その結果、大義名分の平和はどこかに行ってしまい、結局は民間人の犠牲の山ができるだけだ。

いったん戦争に進んでしまえば、今も70年前もなんら変わりない。
戦争は国際間の最終的な解決手段と、決して思わないことである。

  


| 映画・テレビ | 14:04 | comments(0) | - |


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