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千歳船橋のランチ:大阪王将 中華
久しぶりのランチ外食。
千歳船橋の駅至近、洋菓子のヒロの跡に入った大阪王将だが、開店が4月の新型コロナウィルスまっさかりの時で、当座を「お持ち帰り」でしのいでいたが、ようやく店内に入れた。

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ランチタイムだがさほど密になっておらず、対面の二人掛けのテーブル席に一人で座る。
メニューには料理ごとに番号が振られ、卓上のタブレット端末で番号と個数を打ち込んで注文する。

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大阪王将と言えば餃子が真っ先にイメージされるが、町中華の料理ならなんでもアリの状態だ。

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箸やおしぼりはテーブルの引き出しみたいなところに入っている。丸い穴が二つ開いているが、これはビールのコップを置くところで、テーブルを広く使う工夫だろうか。酒は飲みませんけど。

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ラー油がポットいっぱいに入っており、蓋の裏がラー油だらけになっていた。

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こぼれてしまったので、引き出しからおしぼりを出して拭く。

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店内はそこそこ広くて、適度にソーシャルディスタンスできており、これはよいと思う。

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まずはラーメン。町中華の基本だ。
麺はボソボソッとして噛むとブチっと切れる感じだが、悪くない。醤油スープの味わいもおいしい。

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すると、餃子と小ライスも来た。

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実は普通の焼き餃子を食べたかったのだが、揚げ餃子になった。

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メニューのトップに焼き餃子がデカデカと出ていたのだが、あまりにでかくて番号1番を認識できず、下のほうの揚げ餃子を選んでしまった。

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カリカリっとした食感がおいしいのと、家庭では揚げ餃子はなかなか作らないのでいいのだけれど、焼き餃子を食べたかった。

もう一度メニューを見たら、ちゃんと元祖焼餃子[1] 241円+税と出ていた。

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あんまりでかいと見過ごしてしまうという好例だが、これを見過ごすことは、すでに危ない領域に来ているのかもしれない。

以前、散歩の途中で寄ったときは電子マネーが使えず、スマホ1つしかもっていなかったので持ち帰り弁当も買えなかったけれど、電子マネーもクレジットカードもなんでもOKになっていたので、クイックペイで支払いました。1120円。Tポイントも貯まります。

どれもおいしかった。また来られるといいな。
| グルメ | 21:10 | comments(0) | - |


「クイズの饗宴」 1993年に在宅ワークだけで作った本
新型コロナウィルスの影響で在宅ワークをしている人もいるだろう。緊急事態宣言が解除されたので、出勤や出張している人もいると思う。

そもそも在宅ワークができるのはインターネット環境の充実がベースにあるからだ。仕事もパソコン主体で作業をしている人なら、今では居る場所を限定しないで労働できる。会議もまったく別の場所から参加できる。ただし小売業・飲食業・工場などはそこに居なければならない仕事も多いので、すべてが在宅になるのは難しい。

今から27年前の1993年、20世紀末に、在宅ワークだけで27人の仲間が集まって作った本がある。当時は在宅ワークなんて言葉はなかったはずだし、みんなが別々の職場や学校にいたので、在宅ワークがふさわしい単語かわからないが。
それは「クイズの饗宴(きょうえん)--FQUIZが贈るクイズフルコース--」で、自費出版だったので知っている人・持っている人は少ない幻の本だろう。

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90年代はインターネットの前身であるパソコン通信(ネットワーク通信)Nifty-Serve(ニフティサーブ)のクイズ&パズルフォーラム(FQUIZ)で明け暮れていた。テレビのクイズ番組もまだあったけれど、テレビ局に頼らないで、どこにいても、好きな時にクイズが楽しめる環境を構築しつつあった。

1993年夏、FQUIZメンバーで亨有堂印刷所に勤めていた五十嵐実氏が、当時一般化しつつあった電算写植を利用した低価格文庫本制作システムを世に出す実験のために、FQUIZの有志でクイズの文庫本を作ることになった。

それぞれが得意分野のクイズを作り、掲載するのである。

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全部で26のジャンルのクイズが集まったが、私はその総論とも言うべき、クイズの歴史やネットワークにおけるクイズの世界を伝えようと「プロローグ クイズは時空を越えて--テレビからネットワーク通信へ」を執筆し、巻頭に配置していただいた。
それをホームページで公開していたが、「TVクイズ大研究」「TVクイズまる金必勝マニュアル」「アメリカ横断ウルトラクイズ クイズ王の本」に引き続いてレスポンシブ化した。

パソコンで見たデザイン。途中を省略しています。クリックするとリンクします。

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タブレットで見るデザイン。あまり変わりないですね。

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スマホで見るデザイン。

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この本の制作で集まって会議をしたことはない。

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それぞれが作ったクイズ問題を、Nifty-Serveの会議室というシステムを使って検討したり訂正したりして作り上げ、原稿をメールで送るなどして電算写植で作り上げた本だ。
私を入れて27人のメンバーは首都圏に住んでいるとは限らないので、要は全員が在宅ワークでネットワーク通信を利用して作り上げた本だった。

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紙の束の本が完成してからは、オフ会やネットを利用したそれこそ通信販売でそれぞれが売り、自費出版の負担を軽減した。

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27年後の2020年は当時と比べ物にならないくらいネットワーク通信が発達している。当時は文字だけのやり取りが、今ではテレビ電話機能で顔や資料の見ながら打ち合わせできる。
電算写植も、写植(写真植字)そのものがなくなって、レイアウトを含めてデータ入稿になった。

在宅ワークが華やか?なこのごろ、「クイズの饗宴--FQUIZが贈るクイズフルコース--」は、27年前でも出版の仕事ができたよ、という証(あかし)である。
| クイズ | 15:13 | comments(0) | - |


TVクイズ大研究ホームページをレスポンシブ化
1981年に、最初に書いたクイズの本「TVクイズ大研究」をようやくレスポンシブ化しました。パソコンのみならず、タブレット、スマートフォンでも最適化してお読みいただけます。

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この本は、1978年にアメリカ横断ウルトラクイズで優勝して調子づいているときに出版した本だ。私は単なるクイズマニアで終わるつもりはなく、自分のクイズのノウハウを余すところなく公開して、クイズ界の発展に寄与したいと思った。「本を書く」という手法はレイルウェイ・ライター種村直樹氏のもとでバイトをしていたから出版が身近であり、自分の本も書きたいと思っていた。朝日ソノラマから出版され、近所の書店にも並んでとてもうれしかった。

20世紀からネットで公開していたが、最初は稚拙なベタ打ちのようなHTMLで、2012年にホームページ制作講座を受講したおかげでなんとかサマになるホームページが作れるようになり、「TVクイズまる金必勝マニュアル」「アメリカ横断ウルトラクイズ クイズ王の本」ともども新しい見栄えのいいデザインで公開した。

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しかし時代はすぐにパソコンのみならずスマートフォンタブレットでもホームページを閲覧する時代になってしまった。それらで見ると小さな文字になってしまうので、スマートフォン最適化は喫緊の課題になった。技術的手法はいくつかあるが、もっともよいのはレスポンシブWEBデザインという、それぞれのデバイスの横幅を検知して、それぞれで最適化するデザインや文字の大きさにする方法だ。
2020年4月に、「アメリカ横断ウルトラクイズ クイズ王の本」「TVクイズまる金必勝マニュアル」を続けてレスポンシブ化したが、5月はそれどころでなく、6月も下旬になってようやく「TVクイズ大研究」に手を出せた。

パソコンで見るとこんな感じ。

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タブレットになると右がややケラれるけど、大勢に問題なし。

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スマホは右のメニューが下に来ている。

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しかし40年も前に書いた本をこうやって後生大事にするのはよいことなのか。

本そのものは製本が壊れてきているし、紙も茶色くなっている。

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クイズグランプリを知る人も少なくなった。

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改めて読み直すと、この人は本当にクイズに夢中になって、本当にTVクイズを「大研究」していたのだとわかる。
これは自身の研究をまとめたのであり、書き方を変えれば、修士論文くらいになったと思う。私は修士論文・博士論文どころか、卒業論文(卒業研究)すらしなかったので、そういう指導を受けたこともなく、大好きなクイズで論文を書いて修士や博士になろうなどまったく考えてもいなかった。私がもう少し深い考えをする人だったなら、そっちの方向に行ったほうが今現在の"将来"もよかったと思う。こういう本を出版しようという考えと実行しかなかった。

出版しただけでもよかったことだと思うことにする。
| クイズ | 16:25 | comments(0) | - |


鉄道落語 柳家小ゑん・古今亭駒次・桂しん吉・桂梅團治
北杜の窓さんより「鉄道落語」を教えていただいた。
鈴本演芸場は今のところ無観客のため、Youtubeで見られる。



3:40ごろから柳家小ゑん師匠の「鉄の男」という演題が、鉄道マニアの生態を実に細かく面白おかしく語っているので、鉄っちゃん友達の顔を思い浮かべながら笑った。

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内容は、鉄道マニアの友達が結婚して、彼女の家は京急の三浦海岸駅。松戸からデートのたびに送っていたが、実は京急ファンで京急に乗りたいためだった。
結婚するまで鉄道グッズで埋め尽くされた家には連れてこなかった。

極めつけは新婚旅行。ヨーロッパに行ったけれどそれは「レイルウェイ・ライター種村直樹先生と行く、ヨーロッパ鉄道乗り尽しの旅

彼女はヨーロッパ旅行を楽しめず、今は実家に帰ってしまっているという。

この、「レイルウェイ・ライター種村直樹先生と行く、ヨーロッパ鉄道乗り尽しの旅」は実際に催行された。TGVやユーロスターを乗り継ぐ旅だったが、種村先生は一通りの鉄道に乗ると客を置いて自分で行きたいところに行ってしまったいわくつきのツアーだった。

「鉄道落語」は初めて知ったけれど、これだけ鉄道趣味がメジャーになれば当然かもしれない。
しかも、交通新聞新書から2013年に「鉄道落語」という、小ゑん師匠ら4人の鉄っちゃん落語家の噺を書き起こした本が出版されていた。まったく知らなかった。だから10年前以上から鉄道落語はあったのだろう。そのため種村直樹先生と行くヨーロッパ鉄道乗り尽しの旅が出てくるのだ。

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鉄道落語 880円(Kindleは770円)

発売日:2013年2月15日
判型:新書判
ISBN:978-4-330-35213-8
著者:古今亭駒次、柳家小ゑん、桂しん吉、桂梅團治

落語会に風穴を開ける、新感覚エンターテイメント

「我々は鉄道落語という新たなるジャンルを創始し、生涯創り続けることを宣言する!」――噺家にだって鉄チャンはいる。東西4人の鉄チャン噺家が、これまで寄席や落語会でかけてきた、選りすぐりの鉄道落語8本を一挙掲載! 彼らの素顔が見える濃ゆ〜い座談会(東京編、上方編)もお楽しみください。

●本書の主な内容
鉄道落語宣言(古今亭駒次)

1両目 古今亭駒次『鉄道戦国絵巻』『都電物語』
2両目 柳家小ゑん『鉄の男』『恨みの碓氷峠』

鉄道落語対談―東京編(柳家小ゑん×古今亭駒次)

3両目 桂しん吉『若旦那とわいらとエクスプレス』『鉄道スナック』
4両目 桂梅團治『切符』『鉄道親子』

鉄道落語対談―上方編(桂梅團治×桂しん吉)

■著者紹介
古今亭駒次(ここんてい こまじ)
昭和53年、東京都渋谷区生まれ。平成15年、古今亭志ん駒に入門。平成19年、二つ目に昇進。数多くの鉄道落語を発表する鉄道落語界のホープ。

柳家小ゑん(やなぎや こえん)
昭和28年、東京都目黒区生まれ。昭和50年、柳家小さんに入門。昭和60年、真打ちに昇進。鉄道のみならず、天文、電気など多方面でのマニア知識を生かし、新作落語の名手として知られる。

桂しん吉(かつら しんきち)
昭和53年、大阪府吹田市生まれ。平成10年、故桂吉朝に入門。平成19年から毎年、桂梅團治とともに鉄道落語会「『鉄』の世界」を開催する。

桂梅團治(かつら うめだんじ)
昭和32年、岡山県倉敷市生まれ。昭和55年、三代目桂春團治に入門、平成9年、梅團治を襲名。鉄道撮影をライフワークにする上方落語界の重鎮。

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実はこの本の一部がGoogle Booksで読める。

鉄道落語 種村直樹

鉄道好きの芸人が鉄道番組を仕切るのだから、鉄道落語があっても当然だった。
笑わせてもらいます。

  
| 日記・つぶやき | 18:59 | comments(0) | - |


祖父母の写真をスキャンする
幼いころから、押し入れの奥に麻にくるまれた行李(こうり=荷物箱)があった。
中を開けることはなかったし、「中に何があるの?」とも聞かなかった。
どうやらアルバムがあるらしかったが、46年間は開けていなかった。

叔父が余命いくばくもない時、「あの写真を見たい。もう俺でも誰が写っているのかわからないかもしれない」と言っていたが、結局叶わず、昔のアルバムは日の目を見ることはなかった。

しかしいつまでも放置しておくわけにもいかず、祖父母を知る私自身が行李を見るたびに、多少不気味で、何かしなければならないがどうしようもない状態で、これを息子の代まで残すのはよくないと思った。

そこで昼から雨が上がったので、マスクと手袋をして濡れ縁(屋外)で開けた。

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写真の保管・保存・整理の方法はいろいろあるが、やはりデジタルになったとしても、紙焼きしてアルバムに貼って、日時と場所を明記するのが基本だと思う。さらにが写っているのか、どういうシチュエーションでの写真かもわかればいい。

というのは、結婚式や見合い写真がたくさん出てきたが、誰の結婚式でいつだかまったくわからない。
そういえば結婚式の新郎新婦の名前や日付は写真の台紙に書かないですね。

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言い換えれば、誰だかわかる代まで残せばよいということだろう。

祖母が頼まれたのか、見合い写真らしきものも出てきたが、誰なのだろう。生きていれば相当なお年のはずだ。

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心の重荷の写真だが、捨てるのも忍びない。これはスキャンして映像としては残しておきたい。
でも全部をスキャンするのも無駄なので、誰だか私が理解できる範囲でスキャンすることにした。
幸い、戦後の昭和20年代だろうが、父が祖父のバラバラの写真をB4の上質紙に貼り付けて、祖父が日時やコメントを書いているものが60枚以上でてきたので、手始めにこれをコンビニの複合機でB4でスキャンした。

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祖父が長崎勤務時代にお世話になった今村医師宅での写真。

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祖父は手記を残しており、
昭和16年(1941年)10月中旬、長崎にて10日間の防空演習があった。ある夕方、今村医師宅で遊んだら、主人(今村医師)は大いに喜んで写真を撮影し、下旬になって引き伸ばして持参した。見れば右目尻に泣きボクロがあり、薬師寺(大家の姓、寺ではない)の奥さんが言うには泣きボクロは長子(ちょうし=最初の子供)を亡くしたと聞く。

実際、祖父は長男を幼いときに疫痢で失くしている。大家の奥さんはそれを知っていたのかどうか。今村医師とは、当時長崎県医師会の理事をされていた今村豊光氏と思えるが確証はない。

北京の天国の寺院。

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今も有名な観光地だが、私はここに行っていない。黄河で泳ぐ祖父の写真もあった。

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写真の裏に日付や人名が記されている写真もある。

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祖父と一緒に写っている郭士さんをネット検索したが、同姓同名の若い人しか出てこなかった。旅順での撮影らしいから、中国人なのだろう。丸いサングラスは満州国皇帝溥儀がイメージされるが、当時の中国では意外と普通だったのだろうか。日本では要人の前で盲人でもない限りサングラスはしない。

若いころの父の写真もあった。
これは私が生まれる前の、今の調布市にあるキユーピータマゴの工場を建設中の写真だ。

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父もまだ20代で、そろそろ結婚が決まり張り切って仕事をしていたころだ。キユーピーからはその後クリスマスになると七面鳥を毎年贈っていただいた。今の日本はもっぱらチキンだけれども、欧米のクリスマスは七面鳥で、私は幼いころから七面鳥(ターキー)に親しんでいた。ジャムのようなソースをつけて食べるので、子供としてはおいしいとは思えなかったが。
10年ほど送っていただいていたが、その後キユーピーの仕事はしなかったと見えて、パタッと途絶えた。でも今でもマヨネーズはキユーピーに限る。
この工場は数年前に建て替わった。壊す前にしげしげとみればよかった。今では展示施設になっているらしい。

古い写真は思い出の連鎖を産み出すが、それも知っている世代まで。私の写真もいつまで保存されるのか。
この10年はほとんどがデジカメのため、消去も簡単だ。

| 写真 | 22:18 | comments(0) | - |


父の日に獺祭パックをいただきました
昨日21日の日曜日は父の日だったらしく、子供たちから獺祭パックをいただいた。どうもありがとうございました。

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小ぶりな飲みやすい瓶が3本セットで、いずれも純米大吟醸だが磨きの度合いが違う。二割三分、三割九分、そして45だ。

磨きがなんなのか、よくわからないのでネットで検索すると、精米の割合らしい。
精米歩合とは、精米(玄米から表層部を削った米)して残った米の割合を%で表したものです。逆に、削った部分を表すのは「精白率」と呼び、精米歩合70%と精白率30%は、同じ割合を表しています。
日本酒の原料として使われるお米は、私たちが普段食べている食用米に比べると、より磨かれた状態で使用されます。食用米の精米歩合はおおよそ90%程といわれていますが、日本酒造りに使われるお米の精米歩合は、70%前後が一般的です。
大吟醸酒になると、50%以下になります。大吟醸酒の場合は米の半分以上を磨いているというわけですね。


つまり米の半分以上を磨いて造られる大吟醸酒は、時間をかけて精米されたぜいたくなお酒ですということで、磨きの数値が低いほどぜいたく度が増す。
ただし、精米歩合が高い=良いお酒、とはならないのが日本酒の複雑さだろう。

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私は逆に思っていたので、今日はいきなり二割三分を飲んでしまったが、あとに残しておいたほうがよかったか。

そして、ケーキもいただいた。

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近所の名店のケーキが2個だ。
だが、昨年の写真を見たら、まったく同じケーキを2個食べていた。

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チョコのは食べた記憶があったが、いちごも食べていたのか。
好きなものは好き、おいしいものはおいしいので、別にかまわない。
ごちそうさまでした。

最近、父は肉体的にも精神的にもかなり疲れていて、越境移動自粛解除になったのにどこにも出かける気がしない。近所の飲食店にすら、行ってみようという気にならない。
仕事は4〜7月は何もないだろう。
つまり元気・やる気が失せている。しなければならないことはあるので、着々と進めるしかない。

| 日記・つぶやき | 20:21 | comments(0) | - |


サラ・ブライトマンのCDを借りる
よく聞くけど何という曲なのか、誰が歌っているのかわからない。有名な歌手なんだろうけど、知らない。
そんなことがよくある。

先日のフジテレビ「世界の絶景100選」のBGMはそんな曲ばかりで、曲名が分かるアプリShazamで調べた。

映画「アマルフィ」の曲は、タイム・トゥ・セイ・グッバイ(Time to Say Goodbye)、NHK「坂の上の雲」はスタンドアローン(Stand Alone)、ほかにもクエスチョン・オブ・オナー(Question of Honour)、青い影(A Whiter Shade of Pale)、アメイジンググレイス(Amazing Grace)などをよく聞く。

Shazamのおかげでこれらの歌手はサラ・ブライトマン(Sarah Brightman)というイギリスの女性歌手だと知った。
そこで久しぶりにTSUTAYAに行ってCDを借りてきた。TSUTAYAもどんどん店舗が減って、前はケンケンでも行けたのに自転車で行くような距離になってしまった。

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20枚くらいあったが、適当に選んで7枚。旧作になるので7泊8日だったが、1泊でも当日でもよかった気がする。

貸し出しは昔は店員がやってくれたが、今は基本的にセルフで自分で機械を相手にCDケースについているバーコードをスキャンしていく。私は得意に見えるだろうが、実は不得意でなかなかスキャンしてもらえない。
とにかく7枚をスキャンし、Tポイントを付けて、JCBカードで支払った。
袋に詰めて外に出るとピーピーと警報がなった。
あ、盗難防止タグを消していなかった。

実は店員がいて、奥から出てきて支払機の隣にあった機械に当ててデータを消してくれた。
支払機の最後にそうしろと表示が出るらしいが、支払いが終わってすっかり安心してそんなものは見ていない。

出口(入口)でCD1枚ずつに消毒液を掛けて拭いている女がいたが、考えすぎの気がする。

帰宅して、ちまちまとiTunesに録音した。



今や、Amazonプライムなどの定額ストリーミングサービスでも聞けるのだが、やはり現物のファイルが手許にあるのかないのかは違う。
それは自分が古い人間だからなのだろうか。

  
| 芸能・音楽 | 18:24 | comments(0) | - |


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