CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
Twitter




Amazon左

















MOBILE
qrcode
大三島の大山祇神社
大三島の宗方という小さな島にフェリーが付いた。みな、そそくさと何の感慨もなく車を動かす。
こちらもカーナビをセットして、大山祇神社に向かった。
DSC_2600.jpg
DSC_2600.jpg

この神社の読みは、大山祇神社(おおやまぎじんじゃ)ではなく、おおやまずみじんじゃと読む。読めない。

DSC_2603.jpg

広い境内で奥行きもあり、大木が随所にある。

DSC_2614.jpg

どういう言われか知らないが、せっかくあこがれてきたので参拝する。

DSC_2610.jpg

本殿は横長の美しい形である。

DSC_2618.jpg

苔むした木にコブができており、それがまた風情を感じる。人間ならば手術で切ってしまいたいだろう。

DSC_2622.jpg

大山祇神社の創建はかなり古く、約2600年前、神武天皇が東征(南九州地方より奈良地方へ東征)する以前に、御祭神である大山積大神の子孫「小千命」が、伊予二名国(四国)に渡って、瀬戸内海の治安維持を担当したのが始まりで、芸予海峡の要衡である御島(大三島)を神地と定めて、鎮祭したことにはじまると伝わる。

DSC_2624.jpg

つまりさっきの御手洗は広島県だが大三島は愛媛県なのだ。このあたり、島をいいようにギザギザに区画している。

| 旅行・鉄道 | 22:28 | comments(0) | - |


フェリーで大三島へ渡る
今日は大三島、因島方面に行って尾道から再び本土に出る。大部分は橋がかかっているのだが、岡村島から大三島まではフェリーになる。
そのフェリーが10時5分の次が15時で5時間も間が空くとんでもないダイヤ。しかしその次は15時50分でわけがわからない。
フェリーと言えば北海道に渡るフェリーしか経験がないため、30分前には港に行こうと、二度と来られないかもしれない御手洗を後にした。

DSC_2582.jpg

北海道へのフェリーは外洋に出るためか車検証を見せたり乗船名簿を書いたりした。その覚悟で乗り場に行ったら自動券売機しかない。

DSC_2578.jpg

そうか、島ではバスの代わりなんだ。30分前に着いたけど、船が来たのは定刻より5分遅れて、のんびりしている。
そして30分も走らないうちに大三島に着いた。

DSC_2598.jpg

大三島にはいくつか見どころがある。
| 旅行・鉄道 | 22:25 | comments(0) | - |


朝の御手洗の町並みを散策
広島県呉市豊町のゆたか海の駅とびしま館に泊まった。
美味しい朝食ののちチェックアウトして、再び古い町並みを歩いてみた。

潮待ち館は観光案内所の役目を果たしている。まだ開店前だ。

DSC_2541.jpg

祖父の家(右)と隣家の境目の路地。幼い祖父はここを何度となく行き来した。
祖父の家の木壁は一度焼いてある。

DSC_2545.jpg

若胡子の前ではCMの撮影をしていた。すごい人数で、まったく無駄だと思う。半分の人でよい。だいたいどこからやってきたのか。

DSC_2549.jpg

北川醤油醸造元。この辺りは北川という姓が多い。

DSC_2553.jpg

御手洗は道路の狭い町のため車が減速乗り入れられない。海辺に駐車場があり、そこに車を置いて徒歩で散策する。空き家を利用した休憩所があった。これは便利だ。

DSC_2570.jpg

| 旅行・鉄道 | 22:16 | comments(0) | - |


ゆたか海の駅とびしま館 呉市豊町 大崎下島の宿
今宵の宿は公共の宿でもある「ゆたか海の駅とびしま館」だ。

DSC_2528.jpg

2004年に来た時も泊まった。島内にいくつか民宿レベルの宿があり、それはそれで面白いと思うが、やはり設備的には劣るので、この宿になってしまう。

1泊2食付で10800円だ。4ケタでもいいと思うが、いまどきそうもいかないのだろう。

夕食は刺身や天ぷらがあれこれ出て、どれもおいしい。
刺身もきわめて新鮮だ。

DSC_2516.jpg

DSC_2520.jpg

酒は飲まないから先にご飯を持ってきてもらったら、土鍋で炊いた鯛めしだった。
これはすごい。

DSC_2519.jpg

おこげがおいしいんだよな。

DSC_2521.jpg

デザートのフルーツとチーズケーキはこんなものか。

DSC_2522.jpg

館内には「この世界の片隅に」の、呉市のロケ地マップが出ていた。大崎下島はロケ地になっていないが、アニメ「ももへの手紙」や「たまゆら」の舞台だ。NHKドラマ「火の魚」は原田良雄と尾野真千子の好演だった。

  
| 旅行・鉄道 | 22:50 | comments(0) | - |


広島県呉市豊町御手洗 祖父の郷里へ再び
今回の旅のハイライトは、呉市に属する安芸灘とびしま海道と呼ばれる島々を結ぶ橋を渡り、大崎下島御手洗に行くことであった。
ここは祖父の郷里である。明治25年1892年、祖父はこの集落の商家の四男として生まれた。

DSC_2433.jpg

御手洗は天然の良港で、当時の船は帆船だったため風がない時は風待ちの港として栄えた。今でも江戸時代から続く古い家並みが残っており、映画やアニメの舞台になっている。

幼い祖父はこの島でいたずらの限りを尽くしていたが、20歳も年上の長兄を頼って東京に出て軍人となり、応分の地位に就いた。当時も今も僻地だが、それでも勉強して人望を集めれば人は認められるのだ。私にはもったいなさすぎる祖父である。

この島々に橋がかかり、平成20年(2008年)には大崎下島まで呉市から車で行けるようになった。徒歩でも自転車でもよいが。

DSC_2388.jpg

2004年に竹原から船で行ったことがあるが、一度車で家から走ってみたい。そう妄想すること10年近く、ようやくその妄想が叶うこととなった。

まずは車でないと行きづらい歴史のみえる丘公園に。狭い急斜面を登って行く。

DSC_2406.jpg

ここから御手洗の街を見る。

DSC_2408.jpg

祖父の家もここにある。そう、残っているのである。

DSC_2425.jpg

下に降りて、狭い道を歩いてみる。

DSC_2437.jpg

これが祖父の生家だ。御手洗の街は重要伝統的建造物群として保存されている。狭い通りで引きがなく、28mmレンズでも全部が映らなかった。祖父の家を映すために15mmの超広角ズームレンズを買ったのだ。
祖父の生家は祖父が暮らしていた明治のままだ。なぜそれがわかるか。祖父が手記に間取り図まで書いていたのだ。

DSC_2447.jpg

2004年に来たときは空き家で、隣家の人に中を見せてもらった。今回は真新しい表札がかかっており、人が住んでいた。この付近によくある苗字だが、縁戚ではないだろう。しかたない。祖父は四男だから相続の権利もなかった。

御手洗の街はどこを向いても絵になる、写真になる。
どんな壊れた時計も治してしまうカリスマ時計屋。

DSC_2460.jpg

みたらい昭和館はレトロな看板だらけだ。

DSC_2462.jpg

乙女座は劇場だった。今でもときどき映画がかかる。

DSC_2465.jpg

越智医院は、やっているのかわからないが、裏の家が民宿になっていた。

DSC_2467.jpg

これが民宿。

DSC_2470.jpg

御手洗の港を照らした灯篭。

DSC_2497.jpg

今は灯らないようだ。

宿に徒歩で戻っていると、散歩している老婆が話しかけてきた。地図を前に説明をしてくれる。歌まで歌ってくれた。

DSC_2507.jpg

2004年に来たときに、乙女座の前で話しかけてきた老婆がいた。もしかしたら彼女かもしれない。記憶より一回り小さくなっていたが、そう思うことにした。

どこまでものどかで人の好い、御手洗の街だった。
| 旅行・鉄道 | 22:27 | comments(0) | - |


大和ミュージアム 呉市
広島市内でうろうろしたのち、呉市の大和ミュージアムに行った。

DSC_2312.jpg

実物の10分の一の、巨大な戦艦大和の模型で知られる。

DSC_2255.jpg

残念なのは艦首が建物側、艦尾がガラス窓側にあり、艦首が逆光になっていること。
せっかくの写真も、日中は逆光になってきれいに映らない。

DSC_2273.jpg

大変精巧で、造船会社が制作したらしい。

DSC_2272.jpg

どうせなら映画にでも登場させればよかったのにと思うが、あくまでこの博物館用であるらしい。

二階からは全貌が見渡せる。

DSC_2304.jpg

この大型模型以外の展示もとても充実しており、ディアゴスティーニの週刊組立百科も。こんなに精巧ではないだろう。

DSC_2261.jpg

海軍を主とした太平洋戦争の概要もよくわかり、みな、熱心に見学していた。

DSC_2264.jpg

沈んでいる大和から引き揚げた品々も展示されていた。そんなことしていたんだ。

DSC_2267.jpg

となりの自衛隊施設も見たかったが、時間がなくなり表の巨大潜水艦を観ただけであとにしたのは残念だった。

DSC_2328.jpg

大和ミュージアムは、右の人も左の人も、ぜひ見学してほしい。
| 旅行・鉄道 | 21:34 | comments(0) | - |


愛車プリウスで東京から広島までいっきに走る
遅めの夏休み。去年はアメリカグランドサークルの旅に2週間ほど出かけたが、今年は国内旅行。
かねてからの念願だった、愛車プリウスで東京から広島まで行くことにした。

広島は祖父母の郷里で、祖母は広島市の市街地出身だったが祖父の里は瀬戸内海の孤島。しかしここに橋が架かり、東京から車で行けるようになったので、一度は行ってみたいと妄想を繰り返していた。愛車プリウスはハイブリッドのため燃費がいい。満タンにして、朝6時40分に家を出た。

道はすいており、新東名の駿河湾沼津SAに8時過ぎに着いて朝食にする。

DSC_2137.jpg

いくつかの飲食店のうち、上島珈琲のモーニングにする。

DSC_2133.jpg

浜松SAではおやつ代わりのたこ焼きを食べた。とろとろでおいしい。

DSC_2141.jpg

DSC_2148.jpg

万博会場の跡地の脇を走り、太陽の塔を久しぶりに眺め、

DSC_2151.jpg

西宮名塩SAで遅めのランチ。この時点で雨がベチョベチョ降っており、イヤな感じ。

DSC_2155.jpg

自動券売機で買うと、その時点で厨房に注文が飛んで、ほどなく番号を呼び出しを受ける仕組み。

DSC_2156.jpg

カツ丼とミニうどんセット840円。

DSC_2157.jpg

夢にも見たことのないような道路標識を観つつ、

DSC_2160.jpg

道口PAで最後の休憩。この地名はまったく知らない。

DSC_2167.jpg

広島市内では渋滞に参加したが、19時にホテルに到着した。820kmを12時間20分で走った。この間、給油はしなかった。

DSC_2191.jpg

エレベーターにミサイルが飛んできたときの心構えが貼られており、ああそうかと納得した。

DSC_2171.jpg
| 旅行・鉄道 | 23:16 | comments(0) | - |


<< | 2/126PAGES | >>